小夜の中山や大井川は何時もの通りで難渋したが、無事に過し、名古屋に到着。  千鳥の名所として名高い、鳴海の宿(星崎)で浮かんだ句が気に入ったので紹介したい。
  
「星崎の闇を見よとや啼く千鳥」
  「星崎」だが「星」ではなく「闇」を詠んでみた。この対比がどう受け取られるか。「無明の闇」の中に「星」の輝きを想像して欲しいものだ。希望に満ちて歩きだしても、雨に打たれて帰ることの多いのが人生だから、せめて、この深い闇の中にも小さな星の微かな光を見つけることが出来れば心が休まる。天空に見つけることが出来なくとも、きっと「心」の中にもあるはずだ。

  名古屋には当地の豪商の弟子たちが今か今かと待ち受けていて歓迎された。この地にも漸く、私を慕ってくれる人々が増えて、「蕉門」が確立し始めたのは嬉しかった。気にかかっている愛弟子・坪井杜国の消息を聞くと、商売上の不都合で一昨年から渥美半島に流罪になっているらしい。夢にまで見た愛弟子だから、何としても見舞ってやりたい。豊橋に戻り、そこから南へ田原街道を行くことになるが、幸い、当地の弟子の一人が案内してくれるという。
   11月10日渥美半島に向った。道中、田圃の中の細道は海からの寒風が吹きすさび難渋した。ほうほうの態で、何とか渥美半島・保美の郷に辿り着いた。途中の句を書き留めておこう。
   
「冬の日や馬上に凍る影法師」(愛知県豊橋市・宝林寺に句碑)
 
 「すくみ行や馬上に氷る影ぼうし」(愛知県田原市・龍泉寺に句碑)
   
「雪や砂馬より落そ酒の酔」(愛知県渥美町句碑公園に句碑)
   

       
 (豊橋市・宝林寺句碑:田原市・龍泉寺句碑:渥美町・句碑公園句碑:伊良子岬・句碑)
  杜国は無事で、元気であった。吉野への旅を一緒にすることなど、夜更けまで歓談した。よき宿と、よき草鞋を求める以外に旅には何もいらないが、旅先での人との出会い、特に「風雅」な人との出会いほど嬉しいものは無い。ここ保美には、旅に求める全てがあった。
  保美から一里ほど南には、万葉以来の歌枕の地、伊良湖岬があるので三人で出かけた。先師・西行が「巣鷹渡る伊良湖が崎を疑ひてなほ木に帰る山帰りかな」と詠んだように鷹(サシバ)の飛来地でもある。恋路ヶ浜の白砂には言霊たちが埋まっていた。西行を思い、杜国との再会の喜びが句になった。
  
「鷹一つ見付けてうれし伊良湖崎」(愛知県伊良湖岬に句碑)

 
12月中旬に名古屋を発って故郷・伊賀上野に帰った。昨年、江戸の句会で詠んだ「古池や蛙飛び込む水の音」の評判がもう届いていた。空前の俳句ブームの中、その頂点に立っての帰郷であり、故郷に錦を飾る気持ちであった。越年は何時になく賑やかであったし、父の33回忌法要も盛大に執り行うことが出来た。
 
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