いしぶみ紀行(山梨市・塩山市・一宮町・中道町)

  中央線の笹子・新深沢の二つの長いトンネルを抜けると山梨・フルーツ王国が待っていた。山梨といえば「葡萄」。でも、今日は「桃の花と文学碑」。
  JR「勝沼駅」からの遠望は何時見ても心を奪われる。眼下にピンクに染まった甲府盆地。遠くに南アルプスの雪山が並ぶ。今が一番美しい景色である。思わず立ち上がってシャッターに手をかけた。その途端、桃源郷に迷い込んで行った。
       
                 
(勝沼駅からの桃源郷と笛吹川フルーツ公園からの富士山)
−歌枕と歌の旅−

  早朝に横浜を出て10時前山梨市に到着。駅前でトヨタ「プラッツ」を借り、市の北西部の丘陵地帯に広がる「笛吹川フルーツ公園」へいざ出発。高みから桃源郷と富士山の取り合わせを楽しむ趣向だ。   予想通り南に富士の霊峰が雪の残る白い頭を出していた。桃の花越しに見る白とピンクと青の競演に息を呑む。しかし、先の行程を考えるとゆっくりも出来ない。売店でお茶とオレンジを仕入れて岡を降り、笛吹川に沿って140号線を北上。
  この道は「秩父往還・雁坂道」と呼ばれる古くからの街道。2kmほど走って街道脇の「大嶽山神社」に乗り入れる。笛吹川を見下ろす50mほどの名勝「塔の山」。ここは万葉以来の数多くの歌に詠まれている「差出の磯」(富士山の遠景、河原を飛ぶ千鳥が多くの旅人を慰めた歌枕の地)を見下ろす所。真下に笛吹川、その向うに山梨市の街並みが広がり、遠くに小さな富士、東方遙かに歌枕の地「塩の山」の小山がこんもりと座っていた(この「塩の山」が塩山市の地名の由来である)。山頂にはこの地を訪れた窪田空穂の歌碑が八重桜を背景に健在であった。
     
「兄川に 並ぶ弟川 ほそぼそと 青山峡を 流れてくだる」
  だが、「差出の磯」は明治時代初めに往還の嶮しさを取り除く大工事をしたため、名勝の地を偲ぶよすがは、富士山以外には、全く無かった。もう誰も来ない筈だ。 「作っては壊し、壊しては作る。やれやれ人間というものは、忙しい生き物」と最近読んだ言葉を思い出しながら、消えた歌枕の地を眺めていた。
トップページへ戻る                                 −P.1−                      P.2へ進む