いしぶみ紀行(埼玉・飯能市)−2004.01−

  老いとは一つ一つと大切なものを引き剥がされることなのか。
  やって来た新しいページは、昨日の続きと信じていたのに、明日に続くと信じていたのに、信じられない出来事 で始まった。夢であればと願いながらお別れに出かけた。大きな仕事を成し遂げた人は、何時もと違って、黙って微笑んでいるだけであった。夢ではなかった。 お別れの後、小さな旅に出た。唯ひたすらに歩き回ることによって、突然訪れた「サウターデ」(孤愁) を見つめてみようと思った。こんな時はじっとしていたらいけないと経験が教えていた。
                                                                *****
   H・N様。
   厳しい冬の寒さだけでなく、悲しい知らせが身を縮こまらせる朝です。
   貴方の愛したポルトガル・コインブラの風景が、私に、「saudade(サウダーデ)」を届けにやって来ました。作家・新田次郎が在日ポルトガル人のモラエスの生涯を描くに当たって重低音として響かせ、「孤愁」と名づけた「サウダーデ」は、多分、今の私が感じているものに相違ありません。ポルトガル人にしか理解できないらしい「愛する人が遠くへ去ってしまった時の懐かしさ、悲しさ、切なさなどを合わせた、深い感情」だそうですが・・・。
   昨年11月には、戸隠の秋を貴方と一緒に見る不思議な体験をしたお便りを差し上げ、12月には、葉書一杯を細い小さな文字で埋めたお便りを頂戴して、お元気に銀座を歩かれたとのお話を頂いたのに・・・。突然舞い込んできた悲しい知らせがもたらしたこの気持が、低く垂れ込める冬の雲に閉じ込められて、私を取り囲んでいます。
   貴方はビジネスの世界でも「いい仕事」を積み重ねられました。それらの作品は後輩の私には良き手本となりました。しかし、私は、ビジネスの世界から引退され、第二の人生において積み重ねられた作品の方に惹かれます。
   それまでの生活にきっぱりと決別して、見事に転進し、その世界でも「いい仕事」を積み重ねられたからです。退職後に初めて絵筆を執ったとは到底信じられない世界を見せてくれました。数々の展覧会での受賞が証明するように、紛れも無くそこには貴方の世界があって、おずおずと新しい日々を歩み始めた私には、どんなにかその世界が輝いて見えたことでしょう。どんなに勇気を頂いたことでしょう。 見事な作品で落日を飾られましたね。時を越えて、みんなの心の中で元気に生き続けるために・・・。
  退職前は、その片鱗を誰にも気付かせることなく密かに研鑚を積み、ある日突然、手品のように万国旗を取り出してこられたことに何時も拍手、拍手でした。拍手しながら考えました。きっとこの手品の種は「密かな研鑚」にあるのだと。そして、ある時から私のメールアドレスを換えました。「kensan」を採用したのは、名前を愛称に変えたことでもありますが、そんな見事な生き方をするには、日々の「研鑚」が大切だと貴方から教わったからです。

  昨年の1月、親友を見送った時には南九州「知覧・坊津」の「いしぶみ紀行」を書き、ご覧頂きました。その最後はこんな文章で結びました。今一度、それを読んで頂きたく書き記しておきます。リルケの詩に託して、私のお願いとして。

     貴兄と一緒に籠もった雪の山中湖畔は忘れられない貴重な財産です。
あの当時は、リルケに夢中であっ たことなど思い出しながら、250行も続く彼の親友への鎮魂詩 の一部を書いておきます。心からの感謝を込めて・・・。
                     帰っていらっしゃるな。
                     そうしてもしお前に我慢ができたら、 死者の間に死んでおいで。
                     死者にも沢山仕事がある。
                     けれども私に助力はしておくれ、お前の気を散らさない程度で、
                     屡々 遠くのものが私に助力をしてくれるように――私の裡で
                                                          (R・M・リルケ 「レクイエム」一節)
 

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