蕎麦を食べながら「雨紅詩碑」を思案して、電話を掛けまくる。三軒目の「戸隠資料館」が、「よくぞ訪ねてくださった」とばかりに親切に庭にある碑を教えてくれた。しかし、そこは今朝一番に訪ねた奥社入口のバス停の近く。ここから又引き返したのでは中社にある津村信夫の詩碑は見ることが出来ない。バスを一時間あとに遅らせて・・・と必死で行程を組み直す。予定通り中社まで歩き、車で引き返せばなんとかなると決心して歩き始めた。

  ここから中社までは基本的には下りの道の筈だが意地悪にアップダウンを繰り返す。途中「指呼すれば 国境はひとすぢの白い流れ」(津村信夫「小扇」)とでも形容したくなる展望地では、鬼無里の里や霞む白馬連峰が見え疲れた足を癒してくれた。「熊に注意」の看板が点在していたので、おしゃべりでもしなければ不安が増してくる。誰にも出会うことなく歩いた一時間の行程は結構きつかったので戸隠中社の数本の見事な紅葉を見たときには正直ほっとした。熊に出会わなかった御礼にお賽銭をはずんだ。
                 (戸隠中社・津村信夫詩碑と紅葉)
  前回は名残の雪の中で見た「津村信夫詩碑」は変わらず暗い杉木立の中  に静かに座っていた。少し離れた所の一本のもみじがスポットライトを浴びて 燃え上がり訪れる人の少ない詩碑を守っていた。詩碑には作者の自筆で代 表作「戸隠姫」が刻まれていた。再会を喜び、落ち葉を掻き分けて詩碑に近づき手を添えた。
   山は鋸の歯の形
   冬になれば 人は往かず
   峰の風に 屋根と木が鳴る
   こうこうと鳴ると云ふ
   「そんなに こうこうって鳴りますか」
   私の問ひに 娘は皓(しろ)い歯を見せた
   遠くの薄は夢のやう
   「美しい時ばかりはございません」 

   初冬の山は 不開(あけず)の間
   峰吹く風をききながら
   不開の間では
   坊の娘がお茶をたててゐる
   二十を越すと早いものと
   娘は年齢を云はなかった


       前(P6)へ        −7−        次(P8)へ