遥々、ここまで来たのには訳がある。奥社の境内に中村雨紅の詩碑があるはずなのだ。しかし、探すほどの広さの無い境内の何処にもそれらしき物はない。見つからないのはお参りを済ませてないからだ・・・と慌てて「二礼二拍一礼」。もう一度探す。誰も見ることもない社殿の裏側まで隈なく覗く。社務所でお守りを買って尋ねるが要領を得ない。

  童謡「夕焼け小焼け」で有名な中村雨紅は、長く神奈川県厚木市に在住していたから、「神奈川の文学碑」には欠かせない人。雨紅の文学碑の大半を訪ねて、残り少なくなった文学碑の一つだけにどうしても見ておきたい。疲れがどっと押し寄せてくる。隣から「歴史を誇る奥社にしては新しいね」「雪崩で古い社は流されたのよ」との会話が聞こえてくる。私の探し物はその時に流されたのだろうか。呆然と「日本の秋」を見やる。まあこの絶景を見せてくれたのだから来た甲斐はあったと重くなった足で下山することにした。
  随身門まで戻り参道から鏡池まで2kmほど伸びる山道に入る。先程までの太陽は顔を隠し戸隠山も樹木に遮られて見えないし、木々の紅葉もいまひとつ。どうして雨紅碑を見つけようかと足は重い。
  最後のひと登りをこなすと眼前が開け、芝生の鏡池の園地が飛込んできた。良くぞ来たなと太陽も歓迎してくれる。池の向こうには戸隠連峰の切り立った岩壁が紅葉の帯を巻いて聳えていた。頂上付近は雲に隠れ、湖面は風が流れていたので、「鏡池」の名が示す湖面の紅葉は現われなかったが見事な展望である。望遠レンズの行列が雲の動きを待っている。写生を楽しむ人々が三々五々池の周りを取り囲んで筆を動かしている。みんなが今年の紅葉を残そうと懸命であった。こちらもブルーな気分が晴れて、戸隠村推奨の「日本の秋」を堪能する。
   湖畔の村営「どんぐりはうす」で少し遅めの昼食。無論ここでは「戸隠蕎麦」。窓の外には降り注ぐ秋の日差しに紅葉は一段と美しさを増している。窓枠を通して見る景色に、今年の春に見た一枚のタブロー「戸隠高原」が重なって見えた。

        
               (鏡池の紅葉)      (戸隠奥社の紅葉)

           前(P5)へ       −6−        次(P7)へ