いしぶみ紀行(軽井沢)−2003.08−  
 
   南軽井沢・塩沢湖畔の「軽井沢高原文庫」。  
裏庭には、昨夜の雨に濡れたアカシアの緑の中に、中村真一郎「夏野の樹」の詩碑が白い布を被って佇んでいる。緑の絨緞に一枚の白いハンカチをそっと置いたように・・・。
   私は息を弾ませていた。もうすぐ幕が開かれるというのに。
   何時もの事ながら欲張ったスケジュールの所為であった。詩碑の除幕式に参列かたがた、懸案の五島茂・美代子夫妻歌碑と堀辰雄記念館とを訪れるために、早朝、長野新幹線「あさま」で碓氷峠を越え、中軽井沢、信濃追分と駆け巡ってきたから。

   順を追ってお話しよう。
   夏の初めの避暑地は、心地よく朝寝坊のようで、まだ人影も薄い。数人の地元の乗客と軽井沢駅からバスで中軽井沢の別荘地に向かう。
   五島山荘の庭にある歌碑を訪ねるのは、これで三度目である。広大な千ヶ滝別荘地は、苦労して入手した住宅地図も役に立たず、闖入者を拒み、彷徨わせた。この地に詳しい何人もの人に情報をもらって、今度こそはと、まだ雨戸の閉じられた山荘の名前を一つ一つ確かめながら歩いた。三度めだから見慣れた風景だが油断は禁物。何時もの道の一本手前で慎重に左折する。昨夜はひどく降ったのだろう、横を流れる小川の音が大きい。曲がりくねった道を進むと、地図に「五島」と記された北側の一角に、歌碑らしいものが目に飛び込んできた。
   そこは、五島山荘の裏手で、住居の建つ地面から小川に向かって一段低くなった場所。これでは前回訪ねた時に正面入口からは見えないはずだ。浅間山の溶岩石の歌碑が、昨夜の雨の跡を残したまま、五島山荘を背景に緑の額縁に収まっていた。昭和51年、作者の金婚式のお祝いに門下生が建立した歌碑である。
                           
        (中軽井沢・五島山荘 歌碑)      (信濃追分からの浅間山−02・09撮影)
「火の山の虚空に充てる秋風のあふるるごとく土に音たつ」
「うはずみざくらの朱実につどふ山の鳥朝け夕けのとき定まれり」
美代子

   やっと巡り会えた恋人たちのように、気持ちの静まるのには時間がかかった。これで軽井沢にある50基ほどの文学碑は、どうしても場所の特定できない数基を残して全て調査完了。「軽井沢文学碑散歩」の準備は終わったが、肝心の筆力は一向に進歩しない。勉強にと信濃追分に足をのばした。
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