夏野の樹
光を浴びて野中の樹/緑に燃えて金の絵を散らし/
しじまの凍る真昼時/大地の夢を高く噴き出し
白いお前の歌の中/優しく匂ふ乙女の生肌
明日の記憶の眠る墓/茂みの髪は永遠の夜中だ?
酔はせよ遠い時を解き/堅い乳房に青い日含み/
流れよ重い葉の動き/吹き上げのやう愛の波生み
光を浴びて野中の樹 !
作者は、前に記したように、大学卒業直後に「マチネ・ポエチック」を結成して、西欧の押韻詩を日本の風土で実験している。残念ながらこの試みは成功したとは言い難いが、果敢な挑戦であった。この「夏野の樹」もその時代の押韻詩の一つである。
続いて、友人代表として挨拶した加藤周一の挨拶は、日頃活字を通じて親しんでいる薀蓄は語られず、あっさりとしたもので終わった。が、ゆっくりとした話の中には、親友の記念碑の完成に満足している様子が溢れていた。
(除幕式 記念撮影)
(除幕式 加藤周一挨拶) (軽井沢高原文庫)
無事に序幕が済んで、しばらく休憩の後、詩碑完成祝賀会に移った。
現館長の作家・加賀乙彦の挨拶の後、野外朗読会と音楽会が待ちうけていた。それらのひと時は、予期していなかっただけに深く心に残った。 特に、佐紀えりぬの中村真一郎「夏野の樹」の朗読は、さすが元文学座の女優の本領を発揮して爽やかに高原の空に響いたし、私が同じものを二冊も愛蔵する福永武彦の詩集からの詩の朗読も次の詩句と共に何時までも私から離れないに違いない。
「忘却の灰よしづかにくだれ/幾たびの夏のこよみの上に」 (詩集より「火の島」一節)
中川いづみが作曲した「夏野の樹」の披露でソプラノ独唱が小鳥たちを驚かせ、故人が愛したドビッシーとショパンのソナタが演奏される中で、私は、ビールを飲みながら二度とないような贅沢な時間を満喫していた。
心地よい酔いの中で私は充たされ、また一つ軽井沢に来る口実が出来たことを喜びながら碓氷トンネルを下った。車中、小冊子に記された詩碑建立の有志635名の名簿を丹念に読んだ。文学者は当然として、政財界の著名人が大勢名を連ねていて、中村真一郎の懐の深さを偲ばせた。端っこのほうには自分の名前が居心地悪そうに座っていた。(除幕式 2003.07.26)
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