ようやく息が収まってきたが、まだ幕は開かれない。
  雨男の中村真一郎だったから霧雨の寒い軽井沢を予想していたが、特別の日だからと、雨は昨夜の内に木々のお化粧を済ませて、浅間山の向こうに隠れていた。その所為か、落葉松とアカシアは一層緑を鮮やかにしていた。木々に取り囲まれた文学館の裏庭には、旧軽井沢の堀辰雄の山荘が移設されている。堀辰雄に師事した中村真一郎としては、その山荘に対峙して文学碑を建ててもらって満足しているに違いない。いい場所を選んだものだ。中村真一郎夫人の佐紀えりぬ(女優・詩人)を始めとして、今日も美人が除幕を待つ詩碑を取り囲んでいる。加藤周一、加賀乙彦、堀多恵子(堀辰雄夫人)の顔も見える。何時もは人気のない広い裏庭に開幕を待つ人々のざわめきが満ち溢れていた。
                 
       (軽井沢高原文庫庭・堀辰雄旧居)                        (同・立原道造詩碑・詩は「のちのおもひに」)
 文学碑建設世話人会・事務局長の型通りの挨拶が終り、詩碑を隠していた白い布が、佐紀えりぬとその妹の本間美佐子の手で静かに取り除かれた。
  碑を囲む人々から、あっと驚きの声があがった。
  誰もが予想しなかった詩碑であった。  2mはあろうか一枚のガラスの板が、ほんの少しだけ地面に頭を出した黒御影石の上に浮かぶように立っていた。よく見ると、高原の緑のタピストリーの上に詩句が散らばっていた。
  文学碑と言えば石に刻んだものを見慣れているので、その斬新なデザインに驚かされる。今まで5000基以上の文学碑を訪ねたが、初めてお目にかかる碑面である。中央少し上に原稿の青色インクを再現した直筆の詩「夏野の樹」が浮ぶ。
            
     (軽井沢高原文庫・中村真一郎詩碑)             (同・碑面)
  詩碑への献花に続いて、設計・制作をした磯崎新の挨拶があった。「詩碑は印刷されたフイルムを最先端の技法を用いて二枚の強化ガラスでサンドイッチして製作した。ガラスを通して軽井沢の緑に詩句を溶け込ませよう、更に、文学碑自体も透明人間のように自然の中に埋め込んでしまおうと考えた・・・」と設計の意図を話してくれた。さすがに世界を舞台に活躍し、日本を代表する建築家の考えは・・・と感心する。が、碑面の詩が読み取り難く、撮影もままならないこと、小鳥たちが誤って衝突してしまうのではないか・・・といらぬ心配も持ち上がってきた。碑面では読み取りに苦労するので、詩を採録しておこう。
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