ねこたび日記

2023年5月19日(木) 雨のち曇り 
朝起きたら、雨は止んでいました。とはいえ、予報では午前中いっぱい雨。今止んでいるのは一時的でしょうね。
波もこころなしか昨日より高いような。

それでも、堤防の上には数匹の猫。堤防も道もそこそこ乾いているところを見ると数時間前に雨が上がったのかな。

昨日より20分近く遅いけど、また朝の散歩へ。ただし念のため折り畳みの傘を持って。

八幡神社。たぶんここにいる二匹は神社の本殿で雨宿りしていたんでしょうね。

本浦集落にて。
「また降って来るかな~?」
塀に登ってちょっと空をうかがうようにしている子。

あの仲のいい夫婦もいました。

でもやっぱり…またポツポツと降ってきましたよ。

瞬く間に地面の色が黒っぽくなっていく…。

でも猫たち、意外に動じません。平気で雨の中を歩いてる。さほど強い降りでもないしね。
もちろん雨宿りする場所はいくらでもあります。現に私の体で雨宿りしてる子も。(^^;

お店の猫たちは庇の下。

傘をささないとちょっときつい降りになっているんだけど、それでも平気で歩いている子もたくさんいました。

彼らにとって夏のシトシト雨は苦ではないのかもしれないですね。冷たい雨じゃないから。土砂降りだったり風があったりでもない限り。
なんだか、雨降りを楽しんでいるようにも見えたりしました。

♪Raindrops keep falling on my head♪
♪And just like the guy whose feet are too big for his head…

私も思わず唄いたくなるような。

キミも唄う?(^^;
お茶目にウインク♪悩殺されそう?(^^;

背中はびしょ濡れだけど、そんなことはお構いなし。ご機嫌で歩いています。

でも私がちょっと休憩しようと集会所の庇の下で雨宿りしてたら、そのまま膝に乗ってきました。
ジーンズちょっと濡れちゃうけど…ま、いいか。

神社の周りの石垣で三匹がなにやら相談?

そんな会話が聞こえてきそうな。(^^;
八幡神社に戻ってみると…三々五々と雨宿りに来る子が。

本殿に上がって濡れた体をお手入れ。神様もいつものことだから笑って見ていることでしょう。

あれ?右端のキミはさっき石垣のところで「平気じゃね?」って言ってた子では?

いいえ、別に。(^^;

なんだかんだで雨の中、3時間近く外を歩いていました。いや実際は屋根のあるところで座っている時間もあったんですけど…でも、雨降ってても猫たちの姿を見ていられれば苦にならないものですね。これが都会の猫たちだと雨が降るとすぐに軒間や軒下に隠れて姿を消してしまうけど、ここの猫たちは常に見えるところにいてくれるから…。
8:30過ぎ。ちょっと雨が強くなってきたのでホステルに戻って朝食。
今日はチェックアウト。とりあえず食事の後に部屋を開けて、荷物は帰りの船まで預かってもらうことにしてます。今日は最終17:10の船で帰る予定。
たぶん昼前には雨が上がる…とはお天気サイトの予報。でもまだかなり降ってる。
だからしばらくホステルの猫たちをスナップ。

食堂のすぐ脇には、こんなのがあります。(^^;

マンション型?いやホテル型キャットタワー。猫たちの入り口は一番下の横に穴が開けられています。三階建てですね♪
ゴハンもらって、

お水飲んで。

雨降りでもここにいると退屈するということがありません。いつも猫たちがいるから。

そろそろ雨が小降りになってきたかな…。

そうこうしてるうちにお昼。
この島にいられるのもあと半日。食事を終えた頃、雨も上がったようなので再び外へ。
残された時間を猫たちの姿を静かに見守りながら過ごします。

ここの猫たちは幸せです。
それは必ずしも「恵まれている」ということではないです。宮城の田代島のようにお医者さんが通ってきてくれるわけではないし行き届いたさまざまなケアがあるわけでもない。でも少なくとも彼らは本来の生き方を誰にもジャマされることなく全うできる。それは確かに病で倒れる猫もいる、縄張り争いに敗れる猫もいる、冬を越すことが出来ずに死んでしまう仔猫もいる…でもそれは、どんな動物でも(本来は人間でも)当たり前に起こること。
その上で、優しい島の人たちに見守られて彼らの本来の生き方を全うすることができている。どこを歩こうと怒る人はいない、どこで寝ようと文句を言う人もいない。人間によって作られた垣根の中に閉じ込められて暮らすのではなく、のびのびと自由に生きている。

私が佐柳の猫たちに魅力を感じるのは、その人懐こさとともに、その自由奔放な生き方を全うできている姿があるからです。瀬戸内でも九州でも、どこの島でも大抵は「猫が多い」と言われながらも猫がいる場所というのは非常に偏っています。ポイントポイントの比較的狭い場所に集まっている。それはやはり、彼らが入って行きづらい場所があるということです。
それがここ佐柳では、人の家があるところほぼくまなく猫がいる。これこそが本当に猫たちと人が共存できている証左ではないかと思います。
おそらく日本全国探してもこういうところはこの佐柳島と田代島だけではないでしょうか…。

偽りの「保護区」のようなところで暮らさざるを得ない島猫もいます。
観光の目玉として客寄せのために祀り上げられながら、その実ガリガリに痩せている子ばかりという島が…幸い瀬戸内にはそういう島はない(と信じたい)けれど、「猫ブーム」のおかげで人間の欲に踊らされてしまっている猫たちがいるのもまた、悲しい事実なんですよ。

人と猫が、互いに共生するってどういうことでしょうか?
いや、それは果たして改めてしゃちほこ張って論ずることなんでしょうか。
お互いの本来の生き方を全うして、互いを認め合えば済むことでしょう。私はそう思います。
古来、猫と人間は「持ちつ持たれつ」の関係でした。
猫は米や漁網をネズミから守る。その代わりに人は餌をやる。そんなごく単純な関係を続けるうちに互いの信頼関係が醸成されていったはずです。
日本での猫の歴史は、今までは奈良時代後期に大陸から渡って来たものと言われていました。確かに万葉集には猫を読んだ歌は皆無で、猫が和歌に登場するのは古今集からです。しかし近年の研究では実は弥生時代後期にすでに半島から渡来人に連れられて渡って来ていたらしいということがわかっています。彼らは穀倉をネズミから守る番人として飼われ、やがて愛玩動物としての地位も獲得していった。おそらく家畜から愛玩動物への変化が顕著になったのが平安時代だったのでしょう。
現代でもネズミ対策となればこれはもう猫に勝てるものはありません。何といっても天敵ですから。(^^;
でも今は彼らの役割は「人に癒しを与える」存在としての部分が大きくなってきています。その上で、人と猫が本来持っていた「持ちつ持たれつ」の関係を取り戻すことが必要なのではないかと思います。意外に今はそれが忘れられているような気がする。「ペット」という言葉のおかげで。
私は「ペット」という言葉は大嫌いです。それは猫や犬を一段高いところから見下した言葉に他ならない。
犬や猫を飼う人にお願いです。決して「ペット」として飼おうとしないでください。
対等な「パートナー」として一緒に暮らしてほしい。猫も犬も、あなたの「所有物」ではないんですよ。彼らには彼らなりの猫生・犬生があるのです。それをまず尊重してあげてほしい。

そして、ここ佐柳島では島民の方々は猫たちを自分たちの「パートナー」として認めてあげている。だから彼らは幸せなんです。
それは、この島だって猫嫌いの人が全くいないわけじゃない。でもだからと言って彼らを排除しようとしたりはしない。離れて静かに見守っているだけです。
都会でもこのような本来の「猫と人の関係」というものが取り戻せればいいのですが…難しいのかな。

山路商店の前。午後2時前までいつもおばあちゃんは家の中でお昼寝休憩。
ちょっとお腹が空いた猫たちは「まだ起きないのぉ?」と言わんばかり。

雨がやんで、ちょっと気温も上がって来たので猫たちは堤防に上がって体を虫干しす。

家の傍らに渡された板は、かっこうの爪とぎ場。後で順番待ちをしている子がいます。(^^;

待ちきれなくて、二匹並んで「重連」で爪とぎ。

そんなところを見られて恥ずかしかったかな?「エヘヘ」と照れ笑い。

もう一匹は大あくび。

15:25の船が出て行きました。帰りの船までもう1時間半ちょっと。
ホステルに荷物を取りに行きます。

「もう帰るの?」と言うように見つめる子。うん、またね。秋に来るから。

名残り惜しいけど、ゆっくりと港へ。
道々、猫たちに挨拶をしながら…。草の中から見送ってくれた子。

あっという間の三日間だったなぁ。

キミもお別れがさみしい?え?顔洗ってるだけ?(^^;

帰りの船が来ました。

曇っていた空から陽が漏れて…明日はまたいいお天気になるのかな。
佐柳島。やはり私にとってこの島はナンバーワンです。いつまでもいたくなる島…。
猫たちと島の人たちの優しさをいただいて、また新たなパワーをもらったような気がしました。今度は秋に!
島の皆様方、今回も本当にお世話になりました。ありがとうございました。
第四部「塩飽本島・豊島」に続く
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