「みかん・絵日記」考  〜我が家の動物誌〜


3
私が小学校二年の時に転機が訪れました。
それまでの六畳一間の生活から解放される時がきたのです。
父がそれまでの臨時工から準社員を経て正社員となり、勤めていた会社の社宅に入居が許されたのでした。
二棟続きの棟割り住居。部屋は六畳と三畳、それに便所と台所がついた「長屋」でした。
犬猫を飼うことは許されていたので、当然ながら私は「猫がほしい!」と。(^^;
その数カ月前、土手で子猫を拾ってきたものの飼うことが許されなかった、ということもあったんですが…。
正直なところ父は犬を飼いたかったそうです。同じ社宅の斜向かい裏に住んでいるすぐ上の兄(私にとっては伯父)のところではきれいな白いスピッツを飼っていて。「オレもああいう犬がほしいな」と言っていたそうで…。
でもかわいい一人息子???の涙目には勝てず?
「しょうがない、猫をもらってくるか…」と。
こうして我が家にやってきたのは、父の会社にほど近い石門通り商店街にあった魚屋さんで生まれたメスの子猫。
最初はブーブー文句を言っていた父も三日もしないうちに文字通り「猫かわいがり」するようになり、我が家の「お姫様」となりおおせたのでした。
この猫、メスだったのですが、なぜか父は「チーくん」と呼んでいて…。
「女の子に「くん」はおかしいよ〜」と最初のうちは私も母も言っていたのですが、なぜか父の呼び方は改まらず、やがてはそれが定着してしまうことに。(^^;

チー

けっこうおとなしくて気立てのいい猫でした。「みかん・絵日記」の中で言うなら「キリー」タイプだったかも。
魚屋さんで生まれた割には食事もガツガツしたところはなくお行儀よく食べていましたし。家族でサシミ食べてたりすると欲しそうな眼はするけどチョコンとおとなしく両足揃えて見てるだけ。そうやってしおらしくしてると却ってあげたくなるんだよね。
当時は猫カリカリはおろかキャットフードなんてものがなかった時代。人間と猫と、食材は一緒でしたね。
ただ、イタズラがすごかったな〜。(^^;
毛糸とかヒモなんかにはあまり興味示さないんだけどボールとじゃれるのがやたらと好きで。
その頃、私もご多分にもれず野球で遊び始めた時期だったんですが、「野球」といっても実際には空き地でのゴムマリ使った三角ベース。そのゴムマリが部屋の隅に転がっていようものならもう大変。マリと一緒に転がって母親がやっている内職の箱を壊したり、ちゃぶ台にぶつかってお醤油の小瓶ひっくり返したり。このテの遊びは子猫の時期だけだとよく言われますが、なぜかチーは結構大人になってからもやってましたね。
夜になると、私の布団の中に入ってくるのですが、私は寝相があまりいい方ではなかったのでチーも苦労したと思いますよ。(^^;
でも一度もひっかかれたりしたことがなかったのは、やはり性格が穏やかだったのでしょうね。
ただ、参ったのは、毎朝起こしにくるんですよね。
当然私よりも早く起きて歩きまわっているんですが、なぜか朝7時頃になると決まって私の枕元に来て、前足で私の頭やら頬やらを軽く叩きます。今でいう軽い「猫パンチ」でしょうか。それで起きないとなると今度は私の首の上に両前足かけてのしかかったりして。平日は目覚まし代わりになっていいんですが、朝寝坊したい日曜日なんかにコレをやられると…。(^^;;;
この社宅、あちこちで犬や猫が飼われてましたね。
今だと猫を飼っているとなるととかく苦情を言う人が多い。家の中で飼うだけならともかく、放し飼い同然にしていると怒鳴りこんでくる人なんかもいたりする。でもね…私たちの頃は猫は放し飼いが当たり前。ノラか飼い猫かの区別は首輪や鈴がついているかどうかで見分ける、という時代でした。
二軒おきくらいに猫飼ってたし、どこも放し飼いだからお互い様のようなもので「お宅の猫がウチの庭にフンしていった!」なんて怒る人もいなかった。「猫ってそういうもんでしょ」と皆が思っていたから。
軒と軒とが重なるような下町の狭い路地。それこそ猫の額のような小さな庭。そんな中を猫がゆったりと歩いて行く。
それが私が子供のころ目にしていたごく普通の風景でした。
今、私が育った社宅のあった場所は新しい二階建ての家が立ち並び、かつての面影はなくなってしまいました。
あれだけいた猫もすっかり見なくなった。そして路地で遊んでいた子供の姿も…。
猫も子供もいなくなってしまったかつての路地を見ると、なんとなく寂しさがこみ上げてきますね。

小学校5年の秋、チーは死にました。
車にはねられたんですよね。当時交通量も少なかったのですが、家の近くの道路で…。
私は学校に行っていて知らなかったのですが、帰ってくると母親が「チー、死んじゃったよ…」と。
「なんで?」
と言っても母親は答えない。
「もういないんだよ…」と言うだけ。
そう言われても、死んだ姿を見ていない私には納得できませんでした。その日からしばらく泣きべそをかいていましたね、私。
「新しい猫、もらってあげるから」と言われても「チーじゃなきゃダメなんだ!」とダダをこねて…。
そう、猫って(犬もだけど)モノじゃない。なくなったからって代わりを買ってもらえばそれでいいというものじゃない。
猫にせよ犬にせよ、あるいは小鳥にせよ、生活を共にしている以上、私にとっては「家族」以外の何物でもない。
よく「ペット」という言葉があるけれど、こと我が家についてはその言葉は当てはまらないと思います。父も母もそうだったけれどどんな動物でも家族同然に扱っていたから。
世の中にはアクセサリー代わりに動物を飼っている人もいるけど、そういう人にはこういう気持ち、一生わからないでしょうね…。

チー

チーくん 天国は楽しいですか?
たぶんまた 雲の玉を転がしてはしゃぎまわって
みんなを困らせているのかな?
もう ずっと昔のことだけど
僕は 君を忘れていないよ
もう ずっと昔のことだけど
僕は 君の声が聞けるよ
君は ずっと幸せだったと
信じても いいよね?
Back Home Next