立ち止まってみる

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先日、塾生さんで、大学の栄養学部に通う方から、こんな質問を受けました。

「食品成分表に、タンパク質、脂質、炭水化物など、いろいろな栄養素の食事摂取基準量が掲載されています。」

「あの掲載されている数値は、どのようにして算出されたものなのでしょうか?」



食品成分表を見ると、例えば、タンパク質の場合、1日に摂取すべき推奨量として、

(成人男性)60g / (成人女性)50g

とあります。・・・うーむ、確かに!・・・これらの数値は、どのようにして算出されているのでしょうか?



大学受験に向けて高校生物を勉強するための問題集の中に、これに関する問題を見たことがあります。

1日に排出される窒素に相当するタンパク質量を、1日に摂取すべきタンパク質量と考えていました。



【計算プロセス】


まず、1日に排出される窒素量を計算しなくてはいけません。

タンパク質はアミノ酸が連なったものであり、アミノ酸にはアミノ基があります。

アミノ基には窒素原子が含まれており、この窒素原子が尿素として排出されるので、

1日に排出される尿量を計算しなくてはなりません。



1分間あたりの心拍数を60倍すると、1時間あたりの心拍数になり、

さらに24倍すると、1日あたりの心拍数になります。

その問題では、心拍数が「72(回/分)」となっていたので、

72×60×24=103680回が、1日あたりの心拍数になります。



これに、心臓の1回の動きで拍出される血液の量を掛けると、1日に心臓から送り出される血液量になります。

その問題では「70(mL/回)」となっていたので、70×103680=7257600mLになります。



このうち、25%が腎臓に流れ込む血液量。 7257600×0.25=1814400mL。

さらに、そのうち、10%が腎小体で濾過される量。 1814400×0.1=181440mL。

これが原尿量になります。



この原尿が濃縮されて尿になるわけですが、そのときの濃縮率はイヌリンを用いて計算されます。

イヌリンは多糖類の1種であり、糸球体で完全に濾過され、再吸収されることがないため、

原尿中の濃度と尿中の濃度から濃縮率を計算するのに利用されています。

その問題では、濃縮率120倍だったので、尿量は181440÷120=1512mLとなります。



尿中の尿素の濃度は「20mg/mL」でしたので、尿素量は20×1512=30240mg=30.24g。

尿素の分子式は (NH2)2CO ですから、窒素量に換算すると、30.24÷60×28=14.112gです。

これで、1日に排出される窒素量が計算できました。



その問題では、タンパク質に含まれている窒素の割合を「4/25」としていたので、

この窒素量「14.112g」をタンパク質量に換算すると、14.112×25÷4=88.2gとなります。



【数値の妥当性】


この値「88.2」は、食品成分表の値「(成人男性)60/(成人女性)50」とは少し異なっています。

もちろん、計算に用いた各値の妥当性を検証する必要があります。

しかし、問題集の例題ということですから、ひとまず、

「どのようなプロセスで計算されているのだろう?」

ということを知る手掛かりにはなるでしょう。



参考までに、計算に用いた各値の妥当性について、いくつか考えてみましょう!

まずは、心拍数の「72」ですが、試しに、自分の脈拍を測ってみたところ「66」でした。

次に、1回拍出量ですが、家で自力で測る簡単な方法を思いつきません。

調べてみると、「指示薬希釈法」や「熱希釈法」など、色々な方法があることが分かりました。

ここで各方法の詳細を述べることは省略しますが、だいたい70〜80(mL/回)のようですので、

問題に用いられた「70」は、的外れな値というわけではないようです。



では、次に、タンパク質に含まれている窒素の割合「4/25(=0.16)」は、どうでしょうか?

先述したとおり、タンパク質はアミノ酸が連なったものです。

アミノ酸は、ある炭素原子を中心においたとき、

水素原子、カルボキシ基、アミノ基の3パーツと、あと1つの原子団の計4パーツを備えています。

この「あと1つの原子団」が何者であるかによって、20種類のアミノ酸が存在するわけです。



「あと1つの原子団」を、ここでは「R」で表しておきましょう。

「R」=「H(水素原子)」のアミノ酸を「グリシン」と言います。

グリシンの分子量は74なので、含まれている窒素の割合は「14/74(=0.19)」です。

「R」=「CH3(メチル基)」のアミノ酸を「アラニン」と言います。

アラニンの分子量は88なので、含まれている窒素の割合は「14/88(=0.16)」です。

このように、「R」が変わると全体の分子量も変わるので、当然のことながら、

アミノ酸ごとに「含まれている窒素の割合」は異なります。



アミノ酸ごとに「含まれている窒素の割合」が異なるので、

タンパク質に含まれているアミノ酸の種類や割合が異なれば、

タンパク質によって「含まれている窒素の割合」が異なってくるので、

それを「4/25」という1つの値で代表して良いのか?・・・という疑問が生じます。

どのような平均計算から出てきた値なのでしょうか?・・・非常に難しい問題です。



この他にも、原尿量を求めるときに必要な2つの値について、

腎臓に流れ込む血液量が、心臓から送り出される血液量の25%なのか?

腎臓に流れ込んだ血液量のうち、腎小体で濾過される量は10%なのか?

や、イヌリンの濃縮率「120倍」など、検証すべき値は、多々あります。



【立ち止まってみることの大切さ】


私が大学(学部)を卒業したのはちょうど2000年。

各個人が、スマホはおろか、携帯電話を持つ時代ではありませんでした。

そこから20年余り経ち、あっという間の情報化社会。・・・何事もスピーディーに動いています。

ちょっと心配なのは、「知る」ということと「学ぶ」ということの勘違い。



「知る」の後に続く「考える」まで含めて、はじめて「学ぶ」だと思うのですが、

何でもスピードが重視される現代社会においては、時間のかかる「考える」が省略されて、

「知る」≒「学ぶ」になっているような気がします。



数学や理科の学力低下が危惧されていますが、

訪ねてくる生徒さんの勉強法を聞いていると、やはり「解法の暗記」になっている。

「解き方」という知識を仕入れようとしているのです。

これだと、見たことある問題しか解けず、見たことない問題に取り組めない。



大学は、本来、新しいことを発見し、開発していく場。

既知のことしかできない人材は必要ないわけで、未知なることに取り組める人材が求められています。



知識をたくさん詰め込んでも、それだけでは、学んだことにはなりません。

1日に摂取すべきタンパク質量は60gや50gなのでしょうが、

その値を知っておくことも、もちろん大切ですが、どうして、そのような値なのか考えてみることも大切。



1回拍出量を求める方法に「指示薬希釈法」や「熱希釈法」があるようですが、

これらについて高校で学ぶことはありません。・・・だったら、大学に行って学ぼうか!

タンパク質が20種類のアミノ酸で構成されていることは高校でも学ぶけれど、

どんなアミノ酸が、どのような割合で含まれているかは知らないな〜。・・・だったら、大学に行って学ぼうか!

このような向学心旺盛な状態で大学に進学してもらいたいものです。



何でも「資格」の世の中で、(大学)=(資格試験の予備校)という認識が浸透しつつある。

大学のスタッフには、そのつもりで学生に接しているような方もいらっしゃる。

(大学)=(未知なるものを見出す場)ではなく、(大学)=(既知のものを確認する場)になりつつある。

日本の学力・研究力が国際的に低下してきていることが危惧されていますが、

情報化社会に振り回されないよう、情報の利用法を間違わないよう、気をつけないといけませんね。


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