韓国愛想  第五日目
  
 ホテルの周りを散歩していたら、後ろから若い女の子に声を掛けられた。こんなに朝早くから客引きが居るのかと思った。思い出した。鄭嬢だった。大学四年生でI教授のお弟子さんである。日本に留学している時にお会いしていた。釜山市内を案内するよう指示を受けていると言う。鄭嬢の前で鮑粥を食べることになってしまった。これがまた絶品だった。ホテルの支配人が朝早くから鮑を仕入れに走り回ったらしい。
 地下鉄でチャガルチ市場に行くことになった。広大な土地に海鮮や干物の店が列なっている。韓国の女性達は、本当に元気だ。日本人と見れば日本語で声を掛けてくる。どうして日本人と分かるのだろうか。太刀魚、石持、鮫、エイ、烏賊、蛸、貝類、海鼠・・・グロテスクな魚もある。本当に種類が多い。体育館のような大きなビルには、干物屋や食堂がぎっしりと集まっている。「キムチを買いたいんだけれど」「私、ここでは買ったことがないんです」
 国際市場に行った。ここは雑貨や衣料品の店が多い。韓国の民俗衣裳を売る店もある。ブティックといった趣の店が並ぶ通りもあった。若者がウインドーショッピングをしながら歩いている。ブランド・ショップが並ぶ通りに出た。銀座と同じように、世界のブランドが集まっていた。U嬢が捜し求める化粧品の店がなかなか見当たらない。あった。間口は狭いが奥行きのある店だった。日本で手に入り難い商品らしい。お土産を含めてと言って大量に仕入れている。女はいくつになっても化粧品にうるさい。
 丁度、釜山国際映画祭が開催されていた。映画館街に立ち寄った。韓流の有名スターが集まっていると聞いていたが、静かだった。ノベルティ売場の声ばかりが聞こえた。昼飯時だったので、日本の中年叔母ちゃん達はどこかに入り込んでいるのだろう。
 元山麺屋に入った。冷麺で有名なお店で、韓国では珍しく三代続く老舗である。冷麺が二種類といくつかのショウロンポウしかない。水冷麺(ピョンヤン冷麺)と蟹シュウマイとを頼んだ。これがまた評判通りの美味さだった。いくらでも食べられそうだ。ガイドブックに載っているせいか日本人のお客が多かった。中年のおばちゃんが多い。後で聞けばホンオフェが具の激辛冷麺があったという。残念。
 龍頭山公園に行った。小高い丘の頂上に李舜臣の大きな銅像が立っていた。「私、ここ初めてなんです」と鄭嬢は言う。それじゃタワーに登ってみようかということになった。釜山の街が一望できる。釜山の街を囲む山々の中腹までマンションが林立している。港には、豪華客船が泊まっていた。東京タワーから見る東京と同じだ。晴れた日には、対馬や九州が見える。U嬢は、高所恐怖症であって、壁に張り付いたり手すりにしがみつき足元が心もとない。その姿が可笑しかった。しかし人の不幸を笑うわけにはいかない。
 公園のベンチというベンチは、我々と同世代の男達に占拠されている。将棋のようなゲームをしている。それをはやし立てている人も多い。お弁当持参の人もいる。朝から日暮れまでここで時間を過ごすのだろう。吾が明日を見るようだった。
 キムチを買わねばならない。女性陣も買いたいものがあると言うのでロッテデパートに案内してもらうことにした。何しろ大きなデパートだ。迷子になりそうだ。男性陣は、さっさとキムチを買い噴水の脇のベンチで女性陣を待つことにした。三十分経っても一時間経っても女性陣が出てこない。今日の宴会が待っている。気が気でない。O嬢との待ち合わせである。
 ホテルに寄る間もなく待ち合わせ場所に急いだ。O嬢が飛び出してきた。今年こそ、今年こそと言いながらの三年ぶりの再会である。O嬢は、KBS―Rで長年番組をやっている。おばあさん役で有名な声優さんで、日本の北林谷栄と同じような方である。釜山を動かす女性の一人として今年表彰された。貿易やブティックなどさまざまなビジネスをやっていると聞いていた。小さな体は、ヴァイタリティの塊である。釜山市内を夜夜中まで案内していただいたことがあるが、男勝りの運転であったと記憶している。日本と同じで女性が元気である。朝早くから夜遅く迄、仕事仕事だと嬉しそうに嘆く。結婚なんて考える暇もないと言う。
 今回の旅行で初めての焼肉である。地元で高級焼肉店として名の通った店である。不味かろうはずが無い。骨付きカルビの焼ける匂いがたまらない。思わずうめ〜と叫んでしまった。山羊でもないのに。加えて野菜焼きを少し食べただけで満腹になった。ボリューム一杯であった。まっこりは、洗練されすぎている。上品で美味しいが面白くは無い。学生と飲んだ場末の汚い飲み屋で洗面器のような器に入って出てきた泥臭いまっこりの味が忘れられない。
 ウォンが安くなり、景気がどんどん悪くなっているらしい。ADIDAS商品の輸入ビジネスは順調だけれど高級品が売れないと言う。番組もスポンサーが降りたりして維持していくのが大変だとO嬢は言う。KBSは、国営放送局だからその辺は安心だと言う。
 T氏の福岡の友達が偶然釜山に来ていて、この宴会に飛び入り参加してくれた。詩吟が得意とかで一曲披露してくれた。座が盛り上がった。I教授も詩吟らしきものを唸ってくれた。思い出が尽きない。楽しい時間は、経つのが早い。韓国最後の夜であったが、十時そこそこにお開きとした。O嬢もI教授も明日が早かった。我々も朝が早い。名残惜しかった。王子からはどうしても都合がつかないとの丁重な電話があった。ホテルに戻る。Kリーグを見ているうちに寝てしまった。
 金海空港から金浦空港そして羽田への帰国である。I教授がバス停まで送ってくれた。これで今回はお別れである。
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