説教要旨

日本イエス・キリスト教団香登教会

 聖 句

それからイエスは一緒に下って行き、ナザレに帰って両親に仕えられた。母はこれらのことをみな、心に留めておいた。イエスは神と人とにいつくしまれ、知恵が増し加わり、背たけも伸びていった。(ルカ2:51〜52)

 

2026年2月1日(日) 第1主日 聖餐式礼拝

題:「主イエスの幼少期に学ぶ」
説教:坪内信治師
聖書:ルカ 2章41-52節
讃美:263、98、99
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  今日からルカの福音書を見ることにします。主イエスの幼少期の出来事を通して、信仰がどのように育まれ、使命がどのように与えられたかを覚え、信仰継承の働きを見ることにしましょう。
  1、礼拝の習慣 ー 家庭の中で育つ信仰(41〜45)
  イエスの両親は、過越の祭りのために毎年エルサレムに行っていました(41)。「毎年」という言葉から、その信仰が一時的な熱心さではなく、生活の中に根づいた習慣であったことがわかります。過越の祭りは、神の救いを記念する大切な礼拝でした。律法では成人男子に参加が求められていましたが、ヨセフとマリヤは家族ぐるみでこの慣習を守っていました。二人は信仰を個人的なものにとどめず、むしろ、家族全体のものとし、一家揃って主の前に立ったのです。イエス様は礼拝する民の中、すなわち礼拝することが当たり前という価値観の中で育てられました。やがてイエス様は12歳になり、自分自身の信仰を告白するための準備の時期を迎えます。家庭礼拝や教会での礼拝は、形式的な儀式としての礼拝を行うことが目的ではありません。短くても、途切れながらでも、どんな状況でも、主の前に立ち続けることです。そのことを通して、やがては次世代へと信仰がつながっていくのです。個人としてはもちろん、家族そろって心から主の前に出ているでしょうか。
  2、使命の意識ー使命への目覚め(44〜50)
  祭りの期間が終わり両親は帰路につきましたが、イエスはエルサレムにとどまり(43)、宮で教師たちの真ん中に座って、話を聞き、質問しておられました(46)。そこで聞いていた人たちはみな、イエスの知恵と答えに驚いていました(47)。そこへイエスを探すために戻ってきた両親は、イエスを見て驚き「どうしてこんなことをしたのですか」と心配しました(48)。するとイエスは、「わたしが自分の父の家にいるのは当然です」と答えられたのです(49)。イエスは、神を自分の父と呼び、ご自分の使命に目覚めておられました。使命は、突然に、はっきりと分かるものではありません。礼拝の中で、家庭での信仰教育の中で、少しずつ明確になっていくものです。また、神様の召しは、時に家族の期待や人の理解と一致しないこともあります。それでも父の御心を第一にすることが、大切です。神様は、私たち一人ひとりに計画を持っておられます。まず、一人ひとりが自分自身に与えられた使命に生きる者とならせていただきましょう。とりわけ、若い方々、学生、教会学校の子どもたちが、神様からの計画、使命を意識して歩めるように祈り、励ましていきましょう。
  3、神と人に愛されての成長ー仕える道を選ばれた主(51〜52)
  イエスは使命を意識しながらも、すぐに公の働きを始められたわけではありません。ナザレに帰り、両親に仕えられました。神の子でありながら、従順に仕える道を歩まれたのです。成長とは、急いで何かを成し遂げることではなく、神の時を信じて歩むことです。イエスは神と人とに愛されて、成長されました。
  人となられた主イエスは、礼拝の習慣の中で信仰が育まれ、使命への意識が静かに芽生え、神と人に愛されながら成長していかれました。私たちも、急いで結果を求めるのではなく、子どもたち孫たち、教会の若い方々を愛し、祈り、神の時を信じて待つ者とならせていただきましょう。子どもたちの礼拝生活、家庭における霊的な教育を大切にしましょう。どの子も神様からの使命が与えられているという見方を持ち、個人的に、家族として、教会として愛をもって忍耐し、祈っていきましょう。

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