「わたしのもとに来て、わたしのことばを聞き、それを行う人がみな、どんな人に似ているか、あなたがたに示しましょう。その人は、地面を深く掘り下げ、岩の上に土台を据えて、家を建てた人に似ています。」(ルカ6:47〜48)
| 私たちは毎日、多くの言葉を聞いて生きています。ニュースを聞き、人の意見を聞き、学校や職場でさまざまなことを学びます。しかし、「聞くこと」と「行うこと」の間には大きな隔たりがあります。主イエスは、この箇所で、みことばを聞くだけで終わらず、それを行う人とはどのような人なのかを教えておられます。 | |
| 1、 自分の罪を主の前で知る人 | |
| 主は、「盲人が盲人を案内できるでしょうか」(39)と言われました。また、「まず自分の目から梁を取り除きなさい」(42)とも語られました。人は他人の欠点には敏感ですが、自分の問題には気づきにくいものです。罪は、自分の欠けや弱さを見えなくし、他人の欠点ばかりを大きく見せます。そのため人は、自分を正しい側に置き、知らず知らずのうちに人をさばいてしまいます。では、どうすれば自分の本当の姿を知ることができるのでしょうか。それは主の前に立つことです。ペテロは大漁の奇跡を経験した時、「主よ、私から離れてください。私は罪深い人間ですから」(ルカ5:8)と告白しました。主の聖さに触れた時、自分の罪深さが見えたのです。みことばを聞いて行う人は、まず神の前で自分の罪を認め、主のあわれみを求める人です。 | |
| 2、主によって心を変えられる人 | |
| 主は「木はそれぞれ、その実によって分かります」(44)と言われました。良い木は良い実を結び、悪い木は悪い実を結びます。また「人の口は、心に満ちていることを話す」(45)とも言われました。私たちの言葉や行いは、心の状態を映し出します。怒りや不満、ねたみがあふれる時、まさに心の中にあるものが表れているのです。そのような私たちに、主は外側だけを整えるようなことは求められません。主は私たちの心そのものを新しくしてくださいます。みことばに聞き、悔い改め、主に信頼して歩む時、聖霊が私たちの内側に働き、愛や喜び、平安といった良い実を結ばせてくださいます。み言葉を聞いて行う人とは自分の力で変わろうとする人ではなく、主によって心を変えられ続ける人なのです。 | |
| 3、主のことばの上に人生を建てる人 | |
| 主は、「なぜあなたがたは、わたしを『主よ、主よ』と呼びながら、わたしの言うことを行わないのですか」(46)と問いかけられます。そして、みことばを聞いて「行う人」は、地面を深く掘り、岩の上に土台を据えて家を建てた人のようですと語られます。人生には病や苦しみ、不安や試練など、洪水のような出来事が必ず訪れます。その時、自分が何を土台として生きてきたかが明らかになります。岩の上に建てられた家は洪水が来ても倒れませんでした。それは土台がしっかりしていたからです。同じように、主のみことばを聞き、それに従う人は、どのような試練の中でも支えられます。みことばを聞いて行う人とは、感情や状況ではなく、主のことばを人生の土台として歩む人です。 | |
| 主が求めておられるのは、ただ聞くだけで終わる信仰ではありません。まず主の前で自らの罪を深く知り、主によって心を新しくされ、その結果として主のことばに従って歩むことです。聞くだけで終わる者ではなく、主のみことばを聞いて行う者として歩ませていただきましょう。その人生は、岩なるキリストの上に建てられた揺るがない人生となるのです。 |
日本イエス・キリスト教団 香登教会
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