【vol.217】菅原百合絵『たましひの薄衣』書肆侃侃房
魂を揺らす鞦韆(ふらここ)しづかなりサン・サーンスのスワンの眠り
ほぐれつつ咲く水中花ーゆつくりと死をひらきゆく水の手の見ゆ
会ふことと会はざることの境目に待つとふ不可思議の時間あり
たましひのまとふ薄衣(うすぎぬ)ほの白し天を舞ふときはつかたなびく
ノアのごと降りこめられてゐるゆふべcorps(からだ)をcorps(かばね)と訳し直しぬ
掬ふときなにかを掬ひのこすこと 〈ひかり〉と呼ぶと死ぬる蛍(ほうたる)
水差し(カラフ)より水注(つ)ぐ刹那なだれゆくたましひたちの歓びを見き
触れあへぬ間隔もちてたつ並木それぞれ違ふ影をおとして
スプーンの横にフォークを並べやり銀のしづかなつがひとなせり
ブラインド越しの光のずたずたに曝されてをりきみの午睡が
語源なるpassio(苦)の泉よりpassion(情念)の潮(うしほ)吹きだすまでをたどりつ
風吹きてゆらぐ水鏡(すいきやう) 夕さりを存在(エートル)灯るほどにひと恋ふ
「わたしの夫(モン・マリ)」と呼ぶときはつか胸に満つる木々みな芽ぐむ森のしづけさ
心の花の作者の第一歌集。印象をひとことで言うと「まったき」。旧仮名・文語であり、破綻がない。作者はフランス文学の研究者であり、フランス語と日本語をルビ等の表記の工夫により使い分けている。随所に水の気配がするのも特長。