【vol.233】斎藤美衣『世界を信じる』典々堂
ひきだしのサクマドロップスの缶の底 ざざん、ざざんと波音聞こゆ
ぬいぐるみ型の爆弾あるといふ 人は抱くもの、抱きしめるもの
夕飯のさなかに仕事の電話来て口はわれより上手に話す
たましひの抜けゆくごとしティッシュペーパー最後の一枚引き出しをれば
わが身より離れてしろきブラウスはやさしさうなりわたくしよりも
冬をする けふは一人で冬をする 金木犀はだまつてなさい
広場には雨に降られて重そうにあほらしさうに四月の噴水
体内に充つる真みづはたゆたひぬかたはらの人ねがへりうてば
反抗期ただなかの子がまだあれをくつつき虫と呼びて摘まみぬ
医学書の巻末付録のカラフルな血液癌の生存率表
雪の午後ながくひらかぬ踏切のむかうでわたしが手を上げてをり
思春期の「ああ」に多様な「ああ」ありて今夜の「ああ」はいい方の「ああ」
肩並べ上る坂なりわたしたち違ふ高さに心臓ありて
くるほしい愛ではなくておほぶりの薬缶を持つて春になります
取材受けながらかぞへる〈起業家〉の前に〈女性〉が付いた回数
うたがはず夫を社長と呼ぶ人のネクタイ光る午後の銀行
右足のいつもほどける靴紐を結びなほして世界を信ず
アイロンをかけたシャツ着てシャツのため身をまつすぐにひとひを過ごす
きみの書く「衣」の字はいつもやはらかい わたしはすこしやはらかくなる
コスモス、COCOONの仲間、斎藤美衣さんの第一歌集。14才で作歌をはじめ、今年(2024年)で歌歴34年。その内の2007年~2024年迄の17年間の歌を収めたもの。白血病を克服し、子育てしながら抱っこ紐の会社を立ち上げた作者。「やはらか」「影」「水」等が多い印象。常に自身を離れて見つめるもう一人の自分がいるよう。