【vol.247】笹川諒『眠りの市場にて』書肆侃侃房

チェロの隣で眠った記憶 すぐ逃げる憂いは猫のようだと思う

もう消えた記憶の成れの果てとしてセイタカアワダチソウ群れて咲く

とうめいな野原にとうめいな野原を 痛むのは縫い合わすときだけ

青空にブローチの針を刺すような痛みのことをうまく言えない

レシーブで上げたボールが冬の昼の月に変わって落ちて、目覚める

窓に映る楡の鏡像 この世には誰かの忘れものが多すぎる

はつなつの伸びるこころの先端にアラザンを振る大いなる手よ

それは夏、それは光のしゃれこうべ、あなたを留めおくすべがない

初雪が窓の外では降っている優しいだけの帽子のように

蜜柑ではなくて何かの記憶かもしれずジューサーがんがん回す

詩の中に帽子を置いて去るのにも適した季節がある、と棕櫚の木

三月の雪によく似た後輩とみさかえの園行きバスを待つ

チョコレートを食べて悲しくなっているみたいなジュアン・ミロの一枚

これは日々、でも所詮日々 優美という言葉はブルグミュラーで知ったよ

ひとすじの光を曳いて去り際のあなたは青いオーボエだった

今日というカードがあればその裏に紫陽花のさびしい鉛筆画

鏡よりずっとさびしく友人のトランペットが鳴るのを待った

次会えば何を話すのだろう でも牛乳みたいな言葉で話す

この世のことはほぼ難しいうっすらと同時に思うレモン・巡礼

空自身が壊れぬように空がまだ試さずにいる一色のこと


 

『眠りの市場にて』というタイトルの通り、静かな眠りの中にずっといるような歌集。夢の歌、夢の源泉である記憶の歌が多いのが特徴。前後の場面は関連が無いようでいてうっすらと繋がるように展開し、それでいて鮮やかな色彩や痛みなどの感覚が残る。絵画や音楽、特に西洋の香りのする固有名詞を多く配しているのも特徴の一つ。楽器はなぜか鳴っていないことが多い。第一歌集『水の聖歌隊』で現代歌人集会賞を受賞。「短歌人」所属の第二歌集。

2026年02月01日