【vol.231】睦月都『Dance with the invisibles』角川書店

春の二階のダンスホールに集ひきて風をもてあますレズビアンたち

女の子を好きになつたのはいつ、と 水中でするお喋りの声

あかねさす銀杏並木のはつ冬の黄葉(くわうえふ)するつてきもちがよさそう

会ひたきといふ感情もすでに恋なのかな 同じ夜を眠る犀

昨日と今日がまちがひさがしの絵のやうにならぶ九月の朝の食パン

風の夜あなたの捲毛をほぐしてゐる小さなソファーが箱舟になる

わたしの彼女になつてくれる? 穂すすきのゆれてささめく風の分譲地

けはひなく降る春の雨 寂しみて神は地球に鯨を飼へり

婚なさず子なさずをれば一日がシロツメクサのやうな涼しさ

娘われ病みて母きみ狂ひたまふ幾年まへの林檎樹の花

人らみな羊歯の葉ならばをみなともをのこともなくただ憂ふのみ

鳥獣保護区に入りつつ反芻してゐたり女のひとの子どもを産む夢

お母さんわたし幸せなのと何度言つても聞こえぬ母よ 銀杏ふる日の

ハンドベル奏者の右手左手の音のあゆみせり少女ふたりは

わが気配泥にひとしく冷たしとわれを産みたる母は告げきぬ

靴ずれを見むと路上にかがむとき雨の路上の音量あがる

いつか小さなアパートになつて冬の日の窓辺にあなたの椅子を置きたい

夢のなかでの殺意は罪に問はれえず卵ふたつでつくるオムレツ

夏の白い光がさしてわたしいま大きな保健室にゐるのかもしれず

流し台に立つたままプラムへ齧りつく 憎しみの跡地に憎しみが来る

人間のからだにありて爪だけが作りものめいてうつくしいこと

革靴に差し挿れる舌 恋といふあなたを損ふもの思ひつつ

さびしさの補償をあなたは求めすぎる 千の夜 月の土地の権利書

感情を人質に取るやうなことをしてたし、されてゐた、恋の洞

その日からいまも降りつづく白い雨 あなたが姉妹都市になる夢


主体はレズビアンである。独創的かつ幻想的なイメージにより、繊細な感情を昇華している。文語旧仮名が「言葉のコスプレ」「言葉を虚構化する装置」として機能している。1991年生まれ。「かばん」所属の第一歌集。2017年角川短歌賞受賞。

2024年10月01日