【vol.230】川島結佳子『アキレスならば死んでるところ』現代短歌社

オンライン会議のために上半身着替えてわたしケンタウルスのよう

包丁でキャベツを二つに割るときに新雪を踏みしめてゆく音

カーテンの隙間から差す夏の陽はジョン・F・ケネディを撃つかのように

私が桃ならばここから腐るだろう太腿にある痣撫でている

シャーペンの先から芯を入れる眼をして蜜蜂を食おうとする猫

ハリガネムシに寄生されてる蟷螂のようにふらふら初冬の池へ

走れば息は血の香りするいつだろうマスクが季語を取り戻すのは

美容師に掃き集められる髪の毛は地獄で売られる綿あめのよう

まず倒すそれから剥がすボス戦に挑むみたいにミルフィーユ食う

昆虫をやがて食べる日今は目に近づく虻を追い払っている

ミステリーの双子トリックを思い出す見分けのつかないAのねじaのねじ

無理やり死者を蘇らせる強さにて締めつけてゆく六角ボルト

殺された女性見習い看護師の写真 笑顔では殺されてない

風を受けて海岸をゆくロボットの動きで走る犬とすれ違う

穴を掘るうさぎは知らない穴を掘って埋めるを繰り返す拷問を

えっ、と思いそうかと思い「いいえ」って答える「戸籍は変わりますか」に

トマトの皮を直火に当てれば思い出した怒りのように弾けはじめる

足首を何度も何度も蚊は刺してアキレスならば死んでるところ

洗濯槽のドア引き開ける人質を閉じ込めていた扉の重たさ

熊でないから嚙みつかないだけである目の前で眠るサラリーマンに


通常「雪のような肌」と喩えた場合、多くの人が雪を知っているので、白く美しい肌をイメージできる。しかし、川島の比喩は「雪」にあたる部分が独特で、共通認識を持たない。この歌集は、ほぼ二〇二〇年三月以降の作品を編年体で収録したもの。コロナ渦の生活の変容を、この時代を生きた人類の記録のように細部まで詠み込んでいる。また、自らの身体をさらして、日常を滑稽に表現するのが特徴。

2024年08月24日