【vol.215】有川知津子『ボトルシップ』本阿弥書店

凍て初むる湖面に月のひかり差す小鹿を誘ふごとくやさしく

あやとりの相手を待つてゐるごとし送電線をむすぶ鉄塔

ふるさとのあらたしき日のおほぞらよ何を隠してかくまで青し

うみかぜにひらき初めたる浜木綿のはなびらほそしつよし真白し

母の手に手をかさねたき衝動が冬のみかんのなかよりあふる

ぴんと飛ぶハマトビムシは〈磯のんぺ〉島を出づれば不思議な名なり

いとよりもいとよりに振る海塩(うなじほ)も振り手のわれもこの島の産

卓上にこほり枕の口金(くちがね)が置かれてありてむかしのごとし

椅子の人なにをカウントしてゐたかわが通るときカチャリと鳴らず

いのちからいのちいただくいのちです鯨供養を今年も終へる

小数点以下の気持ちをひきつれて星の林をゆくははきぼし

パックの中の苺にのこるはなびらは船に手をふる島のやうです

蝶なりしころの記憶が湧き出でてスティック糊がころんとうごく

ベルリラがパート練習してをりぬ空を見上げてたたくベルリラ

自然界には今はもう無い天然痘いまはもうない、自然界には

せりなづなすずなすずしろすずやかに小鈴鳴るなり祖母の待針


コスモス、COCOONの仲間、有川知津子さん待望の第一歌集。有川さんは長崎、五島列島の出身。意図的にそう編集してあるようだが、一冊を通して波音が通奏低音のように流れている。ゆっくりして懐かしい時間だ。

2023年05月04日