【vol.246】小島なお『卵降る』左右社
階段に座れば月が大きくて大きい月に似合う階段
吹き出しの余白もことばはつなつはガードレールをすり抜けて来る
死ぬことが怖いのではない朝ごとに牛乳の白注いで立たす
死ぬほどというその死までそばにいて泡立草の泡のなかなる
産んでいない子を思うこと増えながらあかるいパンジー大きなくらやみ
ホロコーストはなかった線路に降る雪はなかった雪産む空はなかった
噴水に両手を入れて濯ぐとき水になる手と手になる水と
初めから心が外にある季節 屋上にある扉に鍵を
その前に立てば身体を喪えり向日葵というポルノグラフィ
頭さえあれば胸さえ脚さえとやがて身体のいらない驟雨
時刻表撮るため向かいのバス停へ、帰るつもりのまだ旅だから
箱にある見本みたいなシチュー でも見本はさびしい シチューはさらに
北京ダックの黒いソースが汚す皿 打ち明けるには広すぎる部屋
いてもいい、いなくてもいい 選ばれし花びら散って きみにいてほしい
木の実降る径は私に続きおり卵(らん)降る日々をきみと歩めり
眠ってる間に終わる採卵は植物の生殖のかそけさ
精液を携えてくる淋しさを針穴だらけのからだが思う
同姓のふたりで借りる日産車助手席に座るほうが蝋燭
モルックの木片倒す夕べには暖炉のように歳取りてゆく
ライブカメラに覗く火口湖生き物の棲めない青を峰は孕みぬ
弱い手は強い部品を作れない山羊と兵器と女学生たち
2021年~2025年までの作品をほぼ時系列に並べた第四歌集。身辺の変化、身体の変化に伴う葛藤を詩に昇華している。特に採卵→卵子凍結に至る一連を詠むには勇気がいっただろう。きみ、卵、身体、裸……等々が頻出ワードだろうか。社会詠の連作がいくつかあったのにも注目した。