【vol.228】金田光世『遠浅の空』青磁社
遠浅の海は広がる生徒らがSと発音する教室に
ひつそりと標識は立つ夕空に記憶を捨てた木立のやうに
裂くやうにきりんは歩く青空の水琴窟の底に目覚めて
波紋とは水の肋骨 現れては消える体に抱かれてゆく
風を裂いて坂を下れば十月が空港のやうに開かれてゐる
納豆の糸の切れつつひかり帯びて微笑みたるか半跏思惟像
風つよき夜を帰りて温めたる糸こんにやくの結び目を嚙む
消えようとしてゐるものがさいごまでそつと消えゆくためのまばたき
あるだけのマスクの白を鳥のやうにすべて抱へて東京へ来し
浮遊できぬからだは土地にとどまりて矢車菊と石鹼を買ふ
塔短歌会。十代の学生時代から歌を詠みはじめ、20年を超える作品をまとめた第一歌集。抽象画をずっと眺めていると急に花や鳥が見えてきてはっとする、そんな印象の歌集。選んだのは歌意が取れる歌だが、淡い印象の歌も多く、解釈するより感じる歌集なのだと思った。