【vol.214】永田淳『光の鱗』朔出版
すみません火を貸してくれませんかのごとき気軽さに戦争前夜
寂しさのいろ持ち寄りて純白とならぬ桜を創りたまいき
川辺には川風吹けり同時には二つのことを悲しめざるに
盈ちるごと霧は岸辺を鎖しゆけり支笏湖の上にわれら浮きいて
没り際の山に大きく響きいん春の夕日の沈みゆく音
紅しとも蒼しとも見ゆ 高瀬川の桜は夜に浸されてゆく
伏せらるるカップの抱きいし小さき闇朝のわが手が展きていたり
ゆかざれば常に憧れ行きてまたさらに思ほゆ子規庵の玻璃
遅れ来し四人は釣りの仲間なりまだ思い出は誰も語らず
朧ろなる花の下道(したじ)のほの明かりすずろすずろと人の行き交う
夜は秋 禾をゆらして渡りくる風は生身の寂しさの中
軋みつつ日々は過ぎゆく風中のあかまんじゅしゃげしろまんじゅしゃげ
あるなしの四月の風にひかり曳き高きより降る芽鱗(がりん)数片
時折に光集むる一筋の繊きにたより降りてくる蜘蛛
翳を出て翳にもどりて飛ぶあきつ微温の風に翅脈ふるわせ
第四歌集。「塔」の選者となった2015年以降の445首を収める。前歌集では、叙景歌しか作らない時期があったと「あとがき」に書いていたが、お母様のご逝去等を受けて人が登場する歌も多くなった。本歌集の題材は実に豊富であるが、わたしはやはり叙景歌がいいように思う。