【vol.227】外塚喬『不変』いりの舎
盛り上がる蔕(へた)にナイフを入れるときデコポンはおのづから笑ひだす
こはれたる皿より逃れ大空にはばたく鳥はわれかもしれず
迷ふこと少したのしゑ街中の漢方薬店にて蛇に遇ふ
捨てる物まだあればわれを捨てるのを先延ばしして花咲くを待つ
これはもう死に欲なのか全国の桜行脚(あんぎや)をしてみたくなる
樹になると思へばなれるくすのきの翳りに入りてわが影を消す
つくづくと見れば嶮しく見ゆる顔われを許さず鏡の顔は
花終へて青葉こくなる人はみな善根(ぜんこん)をつみて死ぬとかぎらず
孤独とはさみしさならず一輪の花がこころの内深く咲く
〈ドラえもん〉の〈どこでもドア〉のやうなものパソコンにゴビの砂漠を歩く
誉(ほ)めそやすときの相手のしたごころふにやふにやのゴムまりのやうだな
わが骨をひろへぬわれはかしこみて拾ひたり父の骨母の骨
憩(いこひ)には甜(てん)と心があればこそ夏の日の妻とのアイスクリーム
猫なりの悩める顔をわが知れば猫の会議のこゑが聞こえる
ゆづれざる一線といふのが連れ合ひにありてハーフのマヨネーズ買ふ
いくたびとなく伊勢海老をさばくうち命を取るといふコツを知る
充電の完了ランプ灯りゐてシェーバーは夜の孤独ふかめつ
つやつやの椿の実あり目を洗へ心洗へといふがごとくに
ひといろに暮れゆく川に飛ぶ鳥のこの世の忘れ物のごとくに
黄金(くがね)なる瑞穂をわたる風をきく瑞穂はわれの産土(うぶすな)の村
使はない鍵といへども心奥(しんあう)の扉を開ける鍵かも知れぬ
丸い部屋に育つたことのなきわれはゐる心地せず丸い地球に
人間の世界を見ないはうがよい首を隠して甲羅ほす亀
押し波にまさる速さの引き波に大き海石(いくり)のうごく気配す
第14歌集。2020年の1年間に詠んだ628首ということで、1日2首弱詠んでいる計算だ。そのためか、緻密に技巧を凝らすような歌ではなく、日記のような自然な作品群。「ゴムまりのやうだな」等、つぶやくような口語の歌もある。言葉は仏教用語~どこでもドアまで、実に自在。コロナ渦ということで、自己を見つめる歌も多い。