【vol.213】水原紫苑『快楽』短歌研究社
わたくしの溶けゆく空に星星の生老病死きらきらと在り
鏡持つ人類さびし 鳥、けもの、石、夕焼も鏡見よ 狂へ
くれなゐの萩に黄蝶がとまりけり神は死すともまなこ残らむ
自由人太陽は奴隷なる地球に命ず〈言葉をもちてわれに仕へよ〉
自転車に乗らずは宇宙にゆかれずと欺きたりしグラジオラスよ
萩の枝に四十雀乗り地球外生命のごとくゆれゐたりけり
流れ星とよばれたること限りなき幸ひとして大気圏に入る
黒妙(くろたへ)のたましひひとつ泛ばせてにんげんのごとく湯浴みせりけり
凶器幾つかばんに入れて上りゆくこの坂道は神のひたひか
井戸なりしわれより夢を汲みてゆく少年少女銀髪にして
自己愛の指輪外せばひかりけり夜(よる)と葡萄と山羊と帆船
消え残る雪のさびしさ汚れたる白は叫びと白鳥が言ふ
背後より死は迫りけりまひるまをかへり見すればかぎろひにけり
疲れたる天使はつばさ外しつつけむりぐさ吸ふ月光の中
透明のわたくしならむさよならと言ひしかば樹樹はふりむきにけり
くちびるのふるへいづるをわだつみゆとほく来たれるゆゑとおもひき
「宇宙を浮遊する魂の歌」そんな印象を持った一冊。魂は実に自在であり、姿かたちを変え、場所を変え、時空を行き来する。通底して宇宙への憧憬が感じられ、日常から非日常へ飛躍する壮大な世界観がある。言葉そのものが持つ力を活かし、怖くて美しい。