【vol.242】白川ユウコ『ざざんざ』六花書林

死の恐怖に負けた死にたい死ねなくてかっこわるくてほんと死にたい

引っ越しの荷づくりすれば生活は直方体にはこばれてゆく

ハンガリー・センテンドレの土産屋のマチョーのばらやカロチャのすみれ

日本が平和なうちに眺めよう曲芸飛行を口あけたまま

かもめらは肩いからせてうみねこは肩なだらかに海沿いの空

立体駐車場(りっちゅう)に三つ車をねむらせて夫はあるいて通勤しおり

退屈で静かな映画観にゆこうふたりならんで居眠りしよう

真っ白な花と硬い葉くちなしは声を出さずに泣いている花

ほつほつとおもだかの咲く水の辺に白鷺はほそき脚挿して立つ

友達に無理しないでとメールしてハエトリグモにがんばれと言う

「倒します」一人が言えば「倒します」「倒します」「倒します」夜行バス

ひとりずつ壁を隔ててひとりずつ涙を流す〈雨〉という字は

ドーナツのお店の窓にいもうとの噓泣きみたく降っている雨

世界一かわいい人は夫であるお肉を焼いてやるとよろこぶ

駱駝より駱駝の影はおおきくて砂漠の西に沈む太陽

遠き方を指しモスクかと父問えば姉「ラブホテル」母「ラブホテル」

しまい込むことは大事にすることと違いますわなノリタケチャイナ

家康の見しものとして見てみれば大きく見ゆる富士の山かも

バックログばっか残って晩夏(おそなつ)の挽歌いくつも馬鹿、莫迦、バカ、ばか

折り畳み傘のようなるさびしさをあの子の前で一度ひろげた


 

COCOONの仲間、白川ユウコさんの第三歌集。白鷺や駱駝の歌のような正統派の叙景歌からラブホの歌まで、振れ幅が大きいのが魅力。ご結婚後の穏やかな日々を明るく元気に歌っているが、巻頭に若き日の自殺未遂の一連があり、平穏の重みが増す。発見の歌もいい。

2025年08月31日