【vol.222】福士りか『大空のコントラバス』柊書房

御包(おくる)みから顔のぞかせる児(こ)のやうに中一男子詰め襟高し

受胎告知ほどにあらねどパーキンソン病の告知のわけのわからなさ

病院から帰る頃には病人となつてしまつて歩幅の狭さ

津軽弁「空骨(からぼね)病み」とふ地ビールを飲めばゆるゆる空骨が病む

いいいるか ららららいおん きききりん弾む名前を持ちたし秋は

羽はもう水を弾かず残年をかぞへて中学主任退きたり

「ドーナツは穴があるからゼロカロリー」どこか政治の理屈に通ず

グランドにひびく歓声そのこゑの真中に立てば夏空ふかし

床も壁も白く塗りたる化粧室出でむとすれば見失ふドア

投薬と運動のほか治療法なければ歩く 歩くために歩く

オオデマリ、コデマリ揺らす夏の風さみしいときは一緒に揺れる

この雪はいつまで続く空深くコントラバスの鈍き音する

何をするにしても名前を問はれればいつしか名前は記号のかるさ

さみしいと言へばさみしくなるこころ鷺はひつそり片足で佇つ

クリスタルのペーパーウエイト置く窓辺 ひかりは虹を虹は希望を

恥の多い人生の終はることなきか『人間失格』二〇九刷

はつゆきは〈歓〉をふぶきは〈憂〉を連れ津軽野づらを白く染めたり

散る花ありつぼむ花ありつなぐ手のぬくみが今のかけがへのなさ


教師の歌、雪国の歌、ほのかな相聞に加え、難病までも福士さんの詩の世界へ昇華し見せてくれる。2018年~2023年の400首を収めた第五歌集。福士りかの歌は次の章へ移ったのだと感じた。

2023年12月03日