【vol.221】後藤由紀恵『遠く呼ぶ声』典々堂

蛇口はた床や言葉の少しずつゆるむ家にてちちははと暮らす

まだ少しこころ残して東京に降るはつゆきのニュース見ており

路地に咲くほたるぶくろの鈴なりのひとつひとつに入れるかなしみ

すべらかな幹として立つ青年のそのまま口を開かずにいよ

性別を持つ淋しさよ実の落ちぬ銀杏並木を見上げておりぬ

お悔やみをメールに述べてなにとなく壁にむかいて正座をしたり

風のふね木のふね水のふねとなる女のからだ夜を浮かびぬ

育ちよき方を兄(え)として朝ごとに水を遣りつつ弟(おと)を励ます

陽の当たる場所から咲いて散ってゆくその正しさにさくらよさくら

浸されて色を変えゆくひとひらの白布のように春の心は

どこへでも行けるからだは雛の日の陽ざしの中を職場へとゆく

契約社員(けいやく)も育児休業(いくきゆう)取れると改正を誇らしげに告ぐ天からの声

声ならぬ声は火となりわが喉の金の小鳥を焼き尽くすまで

スカートの裾をゆらして百合のごと人を待ちたる季節のありき

くらやみをほのかに照らす希望とはこんなかたちとデコポンを見る


第三歌集。2013年~2021年の481首を収める。まず韻律の美しさに魅了される。韻律がないがしろにされがちな現代短歌において、重要なことのように思う。歌集全体にしんとした淋しさが漂う。まだ真冬ではない、少し寒くなりかけた初秋のイメージだ。

2023年11月04日