【vol.220】濱松哲朗『翅ある人の音楽』典々堂
どうせこれも捨てられるつて知つてゐてそれでも揃へてかへす割り箸
ぶれぶれの写真に残るよろこびが削除の指を遠ざけてをり
冒険の途中のやうな顔つきでホットドックを立ち食ひしよう
耳で聴く風景ならば雪原は最弱音のシンバルだらう
白鳥を焼くをとこゐて私にもすすめてくれるやはらかい部分
よく死ぬと知つてゐて読む小説に不意に咲き乱れる沈丁花
ここだけがやけに明るく人生の急所としてのサービスエリア
またひとりここからゐなくなる春の通用口にならぶ置き傘
非正規で生きのびながら窓といふ窓を時をり磨いたりする
心身を病みてうしなふ職あればわれに値引きのパンやさしけれ
夢を持つためにも金の要ることを水のにほひに切花の朽つ
あいつの分も生きてやらうと云ふ声に不意に溺れたやうな気がして
ゴム印の角欠けをればうつらざる番地のうへに風のさまよふ
偶然を運命と言ひ張りながらおまへが俺のぬかるみに来る
エレベーターごとゐなくなる物語われに起こらず十階へ着く
匂ひからこはれはじめて桃の実をしづかに啜る夜の流しに
抑圧や諦念を抱えつつ、しかし柔らかい。世界は薄暗いが、そこには小さな灯がある。そんな印象の一冊。現代の生きづらさを丁寧に歌に昇華している。1988年生まれ、「塔」所属の第一歌集。2014年(26歳)~2021年(33歳)の420首を収める。