裏方 その4(その他)

ここはチェコの作曲家:マルチヌーのページの舞台裏です。


2004/1/5 mon
・ 春にはマタイを歌いたい話の続き。
 私はクリスチャンではないけれど、だからクリスマスはそう嬉しくないのだけど、ただ生まれたというだけなら私とそうそう変わらないではないか、とさして気に留める気にもならないし、でも死んだのちに復活する、という話にはわくわくするものがあるのです。そんな大それたことをまことしやかにいい、大掛かりな曲までつけて、しかも信仰心を高めるだけの効果まで望めるほどの感動的な作品を作らせてしまうくらいの事実みたいな究極の伝説(まだこう言ってしまうのだけど)なのだから。地球上の多くの人々が信じているのかと思うと、知らずにいていいことだとは思えないし。
 武蔵野音大合唱研究部OBOGが元になっている山田実氏率いるムジカ・サクレ・トウキョウでは、マタイを日本語の口語で歌っています。マタイを日本語で、口語ぉ、ふんっ、と鼻で吹く向きが多いのは知っているけれど、日本人クリスチャンにとってはようやく念願叶った大変ありがたいものなのであり、いっぺん聴いたらわかるけれど、口語なので日本語としての不自然さがなく、わけもわからずパンフレット片手に聴くこともなく、イエス復活の話がようくわかるものです。ネイティヴとして理解しようと努力せずともお話がわかる、ということはすごいことであり、ならばオリジナルのドイツ語がわかる民にはもっとすごい感動があるのだなと推して知れると同時に、バッハの偉大さがもっとよくわかります。歌詞とバッハの音楽をリアルタイムでわかって歌える(聴ける)、というのはやはり重要なことであって、今更のように言葉の意味合いと音楽とがぴったり合っているのがわかり感心します。私は当時の復活のときというのがかくもドラマチックで感動的だったのであり、ではやっぱりとイエスは実在の人物だったのか、とかなり本気でキリスト教を考えるようになりました。であるから、マタイを日本語で?んーなもん、といぶかりたい方は、ぜひ歌ったみてからにしていただきたい、と思うのです。というわけで、一緒に歌いませんか。と言っても今年はあと3回歌ったら本番(新大久保のルーテル新東京教会)なのですが。。ちなみにムジカ・サクレ・トウキョウ、今年の定期公演は「メサイヤ」です。

2003/12/18 thu
・ ヴァイオリニストの遠藤香奈子さんと『デュオ・チェルネー・オツィ』なるアンサンブルを結成してコンサートをやった。12月の中旬で、音楽関係者にとってはコンサート続きの季節であり、当日体調を崩してしまってきていただけなかった友人・知人もたくさんいたのが残念だったが、でもなんとか無事終えることができた。内心一番に思ったことは、本番に事務的な作業がないというのは、こんなに楽なものなのだ、ということである。翌日の疲れ方が全然違う。協会の例会ではあれもそれもこれもどれもを私がやってしまっていて、それでいいような空間になっているのだが、言う人は言う。演奏以外のことをやりながら演奏するなんて最悪中の最低。そんなでまともな演奏ができるわけない、と。全くその通りで、毎回不本意なまま時間が過ぎていっている。どこもそうだが、協会というところは経済的ににきゅうきゅうとしていて、しかもそれを改善するノウハウを知らないまま運営しているのが大きな原因で、私が弾けば経費がかからない、という理由もあってこういうことが続いているが、そろそろ本気でなんとかしないと協会の質と存続に影響していくだろう。

 今回のコンサートでは、自分たちの運営でやるわけだから、好きにできる。受け付けや楽屋まわりなどの世話すべてを、音楽畑にいる要領のわかった人にお願いできて、自分たちは本番だけを考えていればよい。もちろんそんなことにかかる費用も自由に出せる。本番前なんて尋常な場面ではないので、共演する演奏家同士でも互いに相手に迷惑にならないように気を使いあう。しかし協会関係では当然いろいろな人が出入りするわけで、これから演奏するのであろうと、こちらが気を使わなければならない。それプラス煩雑な事務。結局気持ちが集中しだすのなんて、舞台に立つ2,3分前ということになってしまう。

 今回、私の気分が楽だったのには、もうひとつ理由がある。本番で正面に立ってお辞儀をすると、ヴァイオリニストの遠藤さんがお人形さんみたいにかわいい人なので、観客の視線が一斉にそちらに集中することが感じられたのだ。私は元来人見知りな上に視線恐怖症みたいなところがあるので、自分に視線が来てないと実感することは、絶対的な安心感に繋がる。そういう意味でとても気が楽で、自分の家で練習しているような気分で弾けた。これだけでも私自身はかなり満足である。演奏がどうであったかとはまた別に。

 そういって思い出すことは、初めて遠藤さんにお願いしたときのことである。これは95年にマルチヌーのキッチン・レヴューを1回目にやったときで、おおいに好評だったときのこと。バレエのチュチュのような、肩を出したかわいい衣装の遠藤さんと、あれはおそろいにしたのかな、遠藤さんの友人のチェリストの方とあと4人、結局みんな若くて溌剌として可愛らしかったのだと思うが、舞台に勢ぞろいしたら、客席の真ん前にいた、ときのチェコ大使……ハヴラス氏だったか、大柄で立派な口ひげを蓄えていた……がすっかり相好をくずして、ニッコニッコの満面の笑みに、目にはピンクのハートが張り付いていて、もうレロレロ~いった表情で拍手をしていた。それを見て私はあやうく噴出しそうになったが、笑いをこらえながらもなにか力が湧いてきて、まさしくキッチンやるのにふさわしい気分になった。私の位置は演奏家の後ろになって人々からは見えないな、という安心感があり、あの大使の笑顔だもの、この演奏はうまくいく、という予感が持てたのである。

 遠藤さんはかわいいだけじゃなく、テクニックもさることながら思い切りのいいのびやかな演奏をする人で、ぱーっと胸のすく思いがした、とか、元気をもらって自分も頑張らなくっちゃと思った、という感想をくださった方が結構いる。この言葉、この上なくありがたく、最高の褒め言葉ではないかと思う。よくスポーツが人にできること、とか、音楽が人に与えられること、などと言うが、感動させるのはもちろん、人を元気付けられる、勇気付けられることができるのが、スポーツ・芸術の究極の役割なのではないか、と思っている。遠藤さんは小柄だがパワフルでなにか発光するような力を持っていて、舞台に立ったその時点でもはやお客さんはその光に包まれているように見える。それでいて確かなテクニックに裏打ちされたよい演奏ができるのだから言うことなしである。その上まだ若い。今彼女はオーケストラや室内楽でより頑張っているが、これからはソリストとしての機会も増やして、自分の持ち味を全面出し、人々に感動とパワーを与えていってほしいと思う。

2003/9/13 sat
 この7月、私とIBMS事務局のアドレス宛に、エドワルド・テリシェフスキーと言うブラジル人からEメイルが送られてきた。英語がへたですみません、と始まり、マルチヌーのギルガメシュ叙事詩、泉開き、ジャガイモ焼きの煙の伝説、奇跡のマリア、シンフォニーが好きです、おめでとう!サンキュー!ワンダフル!と書かれていた。なぜブラジル人なのにスラヴ系の苗字?という興味もあって、マルチヌーのヴァイオリン・ソナタ1番を共演して下さったヴァイオリニスト(時津英裕さん:2000年秋の例会)が、ジョアン・ジルベルト(ボサ・ノヴァの神様といわれる)が好きで、この9月の来日公演に誘ってくれた、という話を返信すると、エドワルドは、日本の好きなところ……しょう油や作曲家の名前……を挙げ、そして祖母はユダヤ系ポーランド人で、大戦中に脱出してブラジルに逃げてきた、祖母は東洋人みたいな面立ちをしているので、自分も日本人には親近感がある、ユダヤ、ポーランド、東洋、ブラジル、民族のメドレー、というようなことを書いてきた。マルチヌーと同じように……もっと事態は深刻だったかもしれない……ナチの毒牙を逃れて遠く南米まで来たのだ、と思うとなにか感慨深いものがあって、悲運と強運を同時に握った一族の末裔が、日本の裏側からマルチヌーが好きだ、とEメイルを送ってくれたことに、おめでとう!サンキュー!マルチヌー万歳!と叫びたい気持ちになった。

 で、そのボサ・ノヴァの神様ジョアン・ジルベルトの公演を聴いてきた。
国際フォーラムA。チケットには出演者の都合で開演時間が遅れることがあります、とあったがその予告通り、開演時間が1時間ちょっと遅れた。ゲートから会場までとホールへ入るまでの長時間の立ちんぼうと人いきれのために、足は棒だし頭はくらくら。。

 5000席ほどが満席。41列目のほぼセンターではあるが、上には2階席の裏側がかぶっている。どんな音響なのか興味津々だった。ジョアンは音響にすごくこだわる人で、徹底できないとコンサートをキャンセルすることもあるほどの気難し屋だと聞いていたから。しかし彼の登場を待っている間、ゆったりしたドレープをデザインしたような天井を見ながら、美しくはあるけれど何本もの湾曲したラインが不気味に思えてきて、本当に期待できるのかと心配にもなってきた。やがてジョアンが出てきた。熱狂的な拍手、そして静まり返り、歌が始った。驚き! なんと私のために歌ってくれてるのか、と思うような聞こえ方なのだ。スポットライトの中から、静かな優しい声で歌声とギターの爪弾く音が、遠くから静かに響く浅瀬のさざ波のように、森のささやきのように聞こえ、窓辺で聞くセレナードとはこんなものか知れない、と思った。声は柔らかいながらもハスキーで、ややざらついているところもまた心地よく、テレビで聞いたことのある、胎児が聞く母親の心臓の鼓動のようだった。

 森の中に入って行くと、なにか頭の上からさーっと木々の霊気が降りてきてひんやりした心地よさを感じるが、そんなでもあった。C.W.ニコルさんが、ブナなどが茂る原生林に入って行くと、教会に入ったときに神の気配がさーっと降りてきて、清められる気持ちがするのとそっくりだ、と言っていたが、なるほどだからジョアンはボサ・ノヴァの神様と言われるのかもしれない。

 「音、沈黙と測りあえるほどに」という武満徹の著作のタイトルを思い出したが、コンサートのプログラムの4ページ目(本文の始まり)には、ジョアンの言葉だろう、「最終的に、静寂もまた音楽なのだ」と書かれている。納得。私はこれだけで充分満足し、他のページを読んでいない。

 柔らかさ、心地よさをあらわす言葉はいろいろあるけれど、ジョアン・ジルベルトの持ち味というのは、そのすべての表現の代名詞といえそうだ。そして彼はその自分の特性をよく知っていて、それを人々に披露するためにはあらゆる部分が完璧でなくてはならないことを心得ているのだ。ちょっとでも聞こえ辛かったり、耳にうるさかったりしてはいけない。会場に集まる人々のたった一人にでも不都合があってはならないのだろう。私は、彼は気難しいのではなく、真の快楽主義者であり、博愛精神の厚い人なのだ、と思った。だから音響には徹底的に気を使う。ボサ・ノヴァというのは本来なら、小さなスペースで歌って聴かせるものであり、一度に大人数に聴かせるものではないのでは、と思うが、ホールなのでPAを使う。それをいかに小さなスペースで身近な場所で歌っているように聴かせるか。その調整にかかる時間の長さはホールの大きさに比例するのではないだろうか。

 クラシックの演奏家も、そんな風な融通が利かないようなことがあってもいいのだと思う。以前にはミケランジェリなんかもそうだった。もうすでに開演しているというのに、調子悪いからすみませんやめます、なんて舞台の上で肩を落としてお辞儀していたけれど、実際わざわざ時間を割いて行って席に座っているのにそんなだとさすがにいい気分はしないが、芸術家なのだ。どうしようもないときは、あると思う。

 エージェンシーなどとの関係でわがままを言えないでいる演奏家もずいぶんいて、プロなのだからヘマは許されない、プロなんだからなんとかせねば、というわきまえを持たされすぎるのではないか、と思うことが、そうしょっちゅうではないがあるにはある。というか、そんな話は裏では結構聞く。どの分野でも苦しみはあるが、絵画や小説などと違い、ある決まった日に絶対的にすべてのコンディションを合わせて全力投球しなければならないというのは、きびしいといえばきびしい話である。場所も移動するし、使う楽器や機材が自分の物ではないし、アコースティックな楽器の場合、気候に左右されるからだ。

 まあ、とにかくそんなで会場に入るまでの苦労がいっぺんで吹き飛び、このコンサートを紹介してくれた時津さんが熱狂する理由がよくわかった。
アルファー波に洗われて気持ちが落ち着いているはずなのに、あまりの完璧な音響のため……こんなに完璧な音響のコンサートは生まれて初めてくらいだと思う……家に帰り着いても興奮は冷めやらず、ふとんに入ってからも悶々と天井を眺めていたが、暑苦しいこともあって西側の窓を開けると月の光が白く美しく、庭の梢を渡ってくる風がすーっと肌に心地よく、ああジョアン・ジルベルトみたい、と思ったのだった。

 あ、そうそう。その前(8月の末)に、マヌーシュ・スィングなるもののギター・アンサンブルを聴きに行ってきた。これもまたすばらしかった!
 マヌーシュとは、フランス中部からベルギーにかけて住んでいるロマの人々のことである。ロマ音楽とスィング・ジャズとが融合したのがマヌーシュ・スィングで、ジャンゴ・ラインハルトという伝説になりつつあるギタリストが生み出した。その後継者といわれるチャボロ・シュミットというギタリストがいるカルテットの演奏会だった。ちょっと聞きにはポップスのよくわからない私などには、クロス・オーヴァーみたいに聞き逃してしまいそうな音楽なのだが、それと知って聴くと、神業的なテクニックとすばらしい和音の使い方に度肝を抜かれた。

 ロマの起源から現代までを旅を通して描いた音楽ドキュメンタリー映画『ラチョ・ドロム』、父の持っていたロマの歌のテープを手に、ルーマニアのロマの村へ行きロマの人々の生活を体験するフランス人青年を描いた『ガッジョ・ディーロ』など、秀作を作り続いているロマ出身の映画監督トニー・ガトリフの最新作『僕のスィング゙』(2002)で、少年にギターを教える、という役でチャボロ・シュミットが登場し、音楽も聴かせる。それで一躍有名になり、各地で演奏会を開くようになったのだそうだ。

 もう全国のほとんどで上映が終了したらしいが『僕のスィング゙』は、フランス人少年とロマの少女の淡い初恋物語を通して、現代に生きるロマの人々……過ぎ去る過去は振り返ることなく捨ててしまう彼ら……だからこのままいけば彼らの伝統は必ず消滅してしまう……というメッセージを込めながら(……ロマの人々は、だからユダヤ人と同様に収容所に連れていかれた記憶も決して話さないが、監督の強い意志から、老婆にホロコースト(収容所だけで50万人ものロマが虐殺されたのだそうだ)を語らせている……)、チャボロ・シュミットのギター演奏、ギターという楽器を通して次の世代に音楽を伝えていく様子や、ユダヤ人アラブ人との音楽セッションなど、エキサイティッドな音楽シーンが満載された、お勧め映画である。

 さてそのときに音響は。最初はどうなることか、と思うくらいバランスが悪くぎざぎざしていたが、演奏しながらリーダー格のギタリストが、音響室の方向に指を向けて、左から何番目もうちょと上、とか指示を出し、よければOKとまたサインを出し……ということをやっているうちに、ホール全体にノリノリの音楽が満ち、いい感じになってきた。そのやり方はリラックスしながらも妥協を許さないロマの人々らしかった。彼らの弦の音程もなんというか、かっちりしたものでなくて、ばらららん、と緩やかな音程に調弦されていて、私がいつもお願いするベーゼンドルファーの調律師さんのピアノの調律と似ている、と思った。いつも同じいいまわしになってしまうのであるが、着物の衿をきっちり締めて着るのではなくて、年輩の女性が衿を後ろについて(開けて)ざっくりと着ている感じなのだ。いいものというのは、似通っているのだろうか。