室根山のふもと |
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昨年11月、岩手県高等学校教職員組合の第61次教育研究集会が花巻温泉で行われました。私は「自治的諸活動と生徒指導」分科会の共同研究者として招かれたのですが、その時持参した資料をご紹介します。 私は2009年から3年間、岩手大学で高校教師をめざす学生たちに講座「特別活動の理論と方法」を講義しました。授業の終わり際に毎回質問・感想・意見を書いてもらったのですが、以下はそれからの抜粋です。いまの学生の置かれている状況や、授業を通して彼らが考えたことの一端がうかがえます。 学 生 の 感 想 か ら<「自分ダメ日本突出」・「孤独だと感じる15歳の子どもの割合突出」を読んで>・ 私は進学校の出身ですが、高校の時には学力の高い人が優秀で低い人はダメというような価値観 が形成されたように思います。そして、自分は成績不振者で、常に再テストや補習ばかりをやっていたので、勉強が嫌いになりました。生まれ変わりたいと思うようにもなりました。未だに優秀な人=学力の高い人という考え方が頭の中から離れず、困っています。 ・ 3年間の進学校での高校生活で、偏差値が高い=良い生徒、良い人間という考えが頭の中に染みついてしまった。だが、先生の「人間は学力や偏差値で見たら不幸になる」という言葉が心に響いた。自分は高校では順位は下の方で、どうせやってもどうにもならないとあきらめ、授業態度が悪く恐れられていた。 … 競争によって意欲が低下し、自己肯定感が剥奪され、荒れてしまう人と同じような気がした。しかし、そのような生徒にどのように対処したり、声をかけたらよいか、よく分からない。だから、自分自身のことからよく考えてみたい。 ・ 自信のない子どもは日本人が圧倒的に多いというデータを見て、そこまでとは思っていなかった ので衝撃的だった。そして同時にはっとした。まさに自分もその中に含まれていると思った。 孤立化に関しては体験していないが、そういった孤独感や、自信喪失といったものは、教育の競争下の中で無意識的に生み出されてしまったのだと感じた。高校時代、受験のためだけの勉強に反抗心、不信感を抱きながらも、流れに乗り、勉強するしかなかった頃の自分を思い出して苦しくなった。 ・ 「トラブルの無い学校は成長しない」という言葉が印象に残った。トラブルの発生をただおそれ るだけでは、今よりも成長はできない。これは、どのような場面でも言えるだろう。
< 人間観・価値観・能力について >・ 受験に対する考え方や、大学での勉強についてなど昔と今とで価値観の違いに驚きました。自分 のため、勉強したいから大学に進学したが、社会のために進学と考えたことがありませんでした。深く考えてみると、あたりまえだと感じてきたことの本質に疑問が出て来ました。同時に、あたりまえだと考えてしまっていることは、実はこわいことではないかと感じました。 ・ 特別活動がいかに重要な意味をもつか、この講義を受けるまで私は気付かず、「ただの受験の息 抜き」程度にしかとらえていなかったため、学校の活動の考えの深さに感心している。また、生徒それぞれの価値・評価は勉強の出来・不出来によらず、それぞれの個性が重要と気付いてきた。 ・ 「学力は数ある能力の中の一つでしかない」という箇所がとても印象に残った。心底そう思える ようになることが理想だと私も考えるが、現実の社会を見ると、とてもそう思えるようになりそうな気はせず、残念に感じる。 ・ 自分が教師になったら、点数や偏差値の数値で生徒を見ることは、絶対にしないようにしなけれ ばならないと思った。… それにしても自分の頭の中にこびりついていた学力が高い=よい人間だという観念が強烈だと思う。 ・ 「職業に貴賎は無い」ということを、心の底から信じることができない自分が情けなく感じた。 高校時代に、有名な大学に入って給料のよい職業に就くのがよい人生だという価値観が形成されたような気がするが、今後、それを改めていこうと思う。 ・ 小さいころから勉強ができることが一番大切だと思っていたので、今になって成績よりも大切な ことがあると実感して少しかなしい。 ・ 「どうせ」は衰退の始まり、「やらなければならない」と思った時が爆発的に力が伸びるチャン スであるという話が印象的でした。やらなければならない、変わらなければならないと生徒に思わせる事ができる教員になって生徒の力を伸ばしていきたいと思いました。 ・ 「やろうと思った時が再出発」という言葉が心に残った。現在塾講師のアルバイトをしていて、 生徒に「どうせ…」とばかり言ってなかなか取り組まない中学生がいる。… やる気を出させるために熱く語りかけてみようと思った。 ・ 生徒の素質を見抜く≠ニいうことは、生徒と一緒に活動して初めて言えることだ、という言葉 が私の胸を打った。初対面の人だって、パッと見で受けた人格の印象と本来の人格は違うもので、そのギャップはその人とある程度一緒に活動してこそ見えるものである。教師である前に一人の大人として生徒の人格を決めつけないように常に意識していたいと思った。
< イジメについて >・ イジメを経験した人がこんなにたくさんいたのは驚きでした。(そういったものをピックアップ したにせよ)。でもみんながある程度認知しているので、あれば先生になったとき、よい理解者になれると思います。 ・ 先週のレポートの抜粋を読んで、(自分自身の経験も含めて)いじめとは決して珍しいことでな く、身近な所にある大きな問題なのだと感じました。土居先生のいじめ問題への指導はとてもすばらしいと思いました。加害者の子も被害者の子も、両方をしっかりと尊重する姿勢というのは教師にとって大切なことなのだとわかりました。 ・ 学校でのイジメはもちろんなくすべきものだが、今回の授業で、イジメを解決しようとすること が子どもたちの成長に繋がることもあるということを知った。もし自分が教師としてイジメに直面したらどうすべきなのか、常に考えていきたい。 ・ 指導の際には「ああしろ! こうしなさい!」などと直接的に言ったものは伝わらないのだと感 じた。なぜ、生徒がそのような行動をするのか、どうしたらやめられるかを考えたうえで、生徒自身が考え変わるような機会を与えなければ、伝えたいことは伝わらないのだろう。 ・ 教師というのは、権威主義的な人が多く正しさを押しつけてくることが多い。人間は感情的な生 き物であるのでそれでは解決しない。生徒の目線に立って指導しようと思った。 ・ 授業(教科)案を作るときは、事前に考えて、その流れのようにやっていくのが普通だが、LH Rでの話し合いは、そうはいかないので教師の人間性が大事なのだとわかった。 人間として成長していなければ、教師という仕事はできないと思った。
< 問題行動に対する指導 >・ 「閉ざされた生徒の心を開く」を読み、問題行動に対する教師の指導は、「罰を与える」すなわ ち善悪に分け「裁く」という姿勢ではダメだと思った。… 共感能力・応答能力が必要とされることも良く理解できた。 ・ 指導については、「罰」としてではなく、「どうやったら生徒が今の状態から抜け出せるか」を 考えて行うことが大切だと感じた。 ・ キレた生徒の指導においては、間合いの取り方が重要であることが分かった。生徒を指導する際 には、生徒の立場に立ちながら指導のあり方を探っていくことが大切なのだと思った。 ・ 生徒が教師に対して反発したり、問題行動を起こした時に、そのような態度をした生徒の気持ち を理解しようとすることが重要であると感じた。頭ごなしに生徒の非を怒鳴りつけても、それは生徒の起こした行動の表面だけしか見れていない事になる。行動の裏にある心意を察することが求められるように思う。そのためには日頃から生徒と対話を十分にし家庭事情や学校での様子を把握する必要があると感じる。 ・ 生徒の目線に立って、生徒の気持ちを考えた言動をする。最初、生徒に合わせているようで理解 できなかったが、よく考えたら、私は小さい頃から親に「人の気持ちを考え、その人の立場に立って言動するように」と言われて、私もそう心がけていた。そう接することは人として@ヌくなる接し方だと思う。教師は人間性がよくなきゃだめなの(か?)だと思った。 ・ 生徒のことを理解するには、こちらが理解しようという心と生徒と向き合って対話するというこ とが重要だと感じました。また、生徒を大人扱いする、ということにとても共感しました。私自身教師に信用されていなかったので、教師不信になってしまったこともありました。
< リーダーについて >・ 「意欲が人をつくり、道をひらく」という言葉が印象的だった。リーダーになるということは、 他の人よりも苦労することだから、やりたがらない人が多いが、それは成長のチャンスを無駄にする、本当にもったいないことだ。自分の成長のために、自らリーダーに立候補する人が増えれば、この世の中はもっと良くなると思うので、そのことを子供たちに教育することは大切なことだと思った。 ・ リーダーという役割が才能や学力によらずやる気があるかどうかによるということが一番印象に 残った。学校における生徒会の重要性がわかった。クラス単位でなく、学校全体で議論するとき、生徒の主体性が重要であると感じた。 ・ 「能力の違いはせいぜい2倍だが、意欲の違いは10倍にも100倍にもなる」という言葉は、大 学入学以来最も授業数が多く、かつ頭がいいわけでも要領がよいわけでもなくて苦しんでいる(た)今の私にとって励まされるもので、思わず涙が出そうになりました。生徒にも意欲的に取りくむことの大切さを伝えてあげられたらと思います。
< 特別支援教育について >・ 今回の大きなテーマは「特別支援教育」であったが、根本となる「教育」の芯は、今までの講義で学んだ芯と全く同じだと思った。障害児であるとか問題児であるとレッテルを貼って見下すのではなく、1人の人間として真っ直ぐ向き合うことが重要であると再認識した。確かに生徒と接して嫌悪感を抱くこともあると思う。しかし、その嫌悪感を吹き飛ばせるくらいに前向きな意識を持ち、その生徒のよさを認めることが大切だと思った。 ・ 「特別支援教育とは学校教育の原点に他ならない」という言葉に、なるほどなと思った。 色々な生徒がいる中で、学校では全生徒に一律に指導しがちだが、一人ひとりのそれぞれの個性を尊重して対応することが大切なのだと感じた。 ・ 特別支援教育を通じて、教師の側が学ぶことも多いのだろうなと思いました。教師にとって「困 った生徒」は、その生徒自身が困っているということに、納得できました。確かにその通りだと思いました。
< 教師論 >・ この授業を受けていると、授業の内容は知識や技術というよりも、人格形成的な要素が多いと思 う。このように、他者との関係を意識させること、また人間としてのあり方を問うこと、自分のこれまでを反省すること、をやることが特別活動にも求められているのかな、と思う。教師は熱意や意欲が重要だとくり返し言われてきたが、向上心、と言い換えることができるな、と思いました。 ・ 私は教師の事を良くも悪くも「一人の人間」だと思っていた。 (中略) 両親が教育熱心だったため、私は中学校入学の段階で志望校が決まっていた。授業もある程度自力でなんとかなっていたし、当時の私にとって先生とは内申書を書いてくれる人という思いがあった。進路についての二者面談も「じゃあがんばって」くらいしか言われなかった。 また、私の通っていた中学校は一部の生徒が荒れている状態で、連日学年集会や持ち物服装検査があった。しかし本当に荒れている生徒はそのような集会に来るはずがなく、私は先生に対しての信頼をだんだんなくしていった。 そして上記の考えにいたったのである。 自分とは全く違う意見を言われても、先生だって人間なんだから仕方ない、そのように考えて反発しない。しかし応援されてもアドバイスされてもその内容にほとんど期待していなかった。 そんな中、私にとっての理想の教師像は「勉強は教えるが他のことには干渉しない」というとても歪んだものになってしまった。 しかし、この講義を聞いているうちに私は考えを改めざるを得なくなった。 授業に登場する生徒たちは勉強以前の、勉強なんかよりもっと大事なことでものすごく悩み苦しんでいた。彼らは先生に本気でぶつかっていくし、本気で慕っていく。その姿に私は衝撃を受けた。 教師だって一人の人間だから、できることに限りがある。だから生徒という一人の人間に向き合うために教師は全力を尽くさなければならないのだと今の私は考える。 ・ 先生と生徒は共に生きていく関係にあるべきということ、もし孤島にいたら自分はどう生徒たち と向きあっていくかを考えるということ、とても大切なことを学んだ。 <以上> なお、講座の目標は次のように定めました。 いま高校生はどうなっているのか、高校における特別活動の現状と課題を探求する。とりわけ教科教育と異なる特別活動の意義を考え、指導方法を探る。いじめなど集団内でのトラブルや、不登校などの背景も考え、指導のあり方を考える。
目標通りにいったかは自信ないのですが、学生は真摯に取り組んでくれました。おかげで私も充実した3年間を過ごせ、楽しかったです。
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徳川幕府によるキリスト教弾圧で、1639年大籠の信者300人余りが殉教しました。
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