私たちは色に囲まれた世界に暮らしています。
そのわりに、色の意味については知られていないようです。
色のもつパワーについて、さまざまなケースをみてみましょう。
色で表わされる感情や知能の状態
私たちが子供の頃から何気なく描いてきた色彩を使った絵には、その時々の心理状態や問題点が映し出されていたことを漠然と知ったのは、私がまだ小学生の頃でした。私には2才半年下の弟がいます。小学校1年生になっても、自分の名前すら言えず、汽車は「ポッポ」、自動車は「ブーブー」と幼児語だけで話す弟を心配した母親が、某国立大学病院の教育心理学部の専門医師を訪ねた時のことです。そこで弟はクレヨンを使って絵を描くように指示されました。医師はその絵を診ながら母親に向かって厳しい口調で言いました。「この子は祖父母にでも育てられたのですか。お母さん、覚悟して下さい。この子は精神薄弱児です」
それを聞いた母親は大変ショックを受け、それ以来、弟の将来を案じる日々が続きました。医師の説明によると、その日、弟が描いた絵の中に、まっ黒にぬり潰した太陽や、紫色をした人物、その他、全体的に寒色系の傾向が強かったなどという理由があげられたそうです。その時、初めて「色」は人間の感情表現や知能的な状態まで表わすのかと、子どもながらにとても興味を抱いた記憶があります。しかしながら、母親の頼りない話の内容だけでは、その診断についてはよく分かりませんでしたが、少なくとも現代なら、「あなたのお子さんは精薄です」という、まるで救いのないような乱暴な言い方はされずにすんだかもしれません。
40年前の日本では、カラーセラピー(色彩療法)の研究情報は一般的にはほとんど知られてはいませんでした。一方、私にとってこの弟の一件は、色彩が人間の心の内側(感情など)を語る言葉であると同時に、さまざまなセッションワークを通して色彩に心を癒す力が潜んでいることに気づく大切なきっかけとなりました。その後、私の弟は、幸運にも小学3・4年生の時の担任の先生のさまざまな励ましと見守りのお陰で、見違えるほどに元気と勇気を取り戻し、何とか人前でも喋れるようになっていきました。今、当時を振り返ってみると、弟の絵の内容はまさに当時の両親、特に何も自分の気持ちを表現できない母親の苦しい心の内側を投影した姿を、色彩で表わしたものであったと感じます。
その弟も、やがて自我の目芽えとともに、唯一、自分を表現できる陸上スポーツでエネルギーを発散していくうちに、それなりに普通に話せるようになっていきました。そして、28才で会社を興し、今でも経営者としての道を歩んでいます。しかし、そこに至るまでの母親の心労、苦労は大変なものでした。このような身近な経験から、たとえ心理学的に厳しい病名をつけられても、決して諦めることはないと思えるのです。その後の生き方や周囲の人々の温かい励ましや、時には静かに見守ることなどで、どんな人も必ず立ち直れるものと確信しているからです。そして、色彩の持つエネルギーを使ったカラーセラピーが、学校や病院そして日常生活の中で、もっと身近に誰にでも使えるようになる必要があります。
心と身体に作用する色のエネルギー
ところで、一体色彩の持つエネルギーとはどんなものなのでしょうか。実際、太陽光の発する「光」にはどんな秘密が隠されているのか簡単にみてみましょう。雨上がり、大空に弧を描いた美しい七色の虹に、色の原点を探したくなる人もいるでしょう。実際は、太陽光線から発せられる可視光線の異なる光が、虹色のスペクトルとして映し出されたものです。したがって「色は光」であり、「光は色」として見えたり、感じ取れるものでもあるわけです。
私たちが「色」を感じるのは、物体が反射した光の波長を目でとらえ、色として判断するからです。たとえば樹木の葉が緑色に見えるのは、植物が光合成のためにつくり出す葉緑素(緑色)が、赤と青のスペクトルに反応する代わりに、自らの色である、反応しない緑色を反射して放射するために、私たちの目には植物が反射した「緑色」だけが映るからです。また「赤い色」だけを反射し、他の色を吸収してしまう花は、私たちの目には「赤い花」に映ります。
しかし、私たちも周囲のさまざまな色を自然に利用して、生命を維持したり活性させて、常に自然界の中でバランスを取っていこうとする本能を備えています。特に「色」のエネルギーは人間の感情に作用したり、また一方では、心と身体を癒す強烈な治癒力をもっていたことに気づけば気づくほど、生きることが何倍も楽しくなるに違いありません。色は本当に奥が深く、無限の利用可能な世界が広がっているように感じます。
私たちはまず、胎児の頃からすでに「色彩」を感じて過ごします。幼児期は「色」からさまざまに連想することを通して「物体」を意識するようになり、さらに成長すると、色についての経験に感情や記憶と意味が結びつけられ、色は潜在意識における重要な要素となるわけです。そして、特定の色に関して、「楽しい」「悲しい」「恐ろしい」なそ、いろいろな経験が連想されるようになると、それによって色の好みが形づくられるというわけです。
私たちの感情や記憶には「色」がついており、同時に色から肉体的、生理的に強い影響を受けています。また、心理的、感情的、精神的にも大きく左右されているのです。たとえば、赤い服やエプロンを着た母親が幼児に大声で怒鳴ったり、暴力的行為におよんだ場合、後々、その子は赤い服を見ただけで、その時の恐怖心が思い出され、突然、逃げ出したくなったり、狂暴になったりすることがあります。
また四方を真白い壁に覆われた色彩のない部屋に、ずっと寝かされて育った赤ん坊の脳は未発達で、感情表現もできなくなってしまうのです。また親子で身につける服装の色も、原色(赤・青・黄など)ばかりの色使いでは、子どもは落ち着いて独り遊びに集中したり、安心して行動できなくなることがあります。色はあらゆる用途に応じて、バランスよく使いたいものです。
色のコーディネイトでダイエットに成功した未亡人のケース
ある日、70代の未亡人が杖をつきながら私を訪ねてきました。彼女は当時、身長150cm、体重73kgという貫禄で、体重の重圧で足腰の痛みやむくみを訴え、歩行困難になっていました。「先生、私、そんなに食べているわけじゃないのに、2年前、夫を亡くした頃から太りだしちゃってねぇ、整形外科に通ってもあまりよくならないんです。今では、私を一人置いて逝った夫を恨みたい気持ちです。毎日、仏壇の前で、『お父ちゃん、早く私を迎えに来てよ!』って手を合わせては涙を流すばかりです」とションボリする姿に、私も何か力になれたらと思いました。
この方には、まず具体的な提案が必要でした。そこで最も気になっていた服の色を変えることから始めました。黒とこげ茶とグレーの無彩色で固まっていましたから、体重に加えて「色」の重さも加わり、見るほうも重苦しい雰囲気になります。「Aさんは、どんな色が着てみたいですか」と私がたずねると、「さあ、昔からこんな色しか着たことがありませんから……。ちょっと分かりません」
そして、私がその日着ていた柔らかいピンク色のセーターを指差して、「私も若い頃に一度くらい、こんなピンクを着ればよかったわ。残念です」と肩を落とすのでした。そこで、私は「とんでもない、Aさんが今必要としているのは、このピンク色なんですよ。自分が一番必要な色に目がいったんです。人間の心は、その時々において、無意識に自分自身を癒したい色を探そうとするんです。似合う色を考えるより、今欲しい色を使ってみましょう」と誘ってみました。
最初は「恥ずかしい」と、抵抗を示したAさんも、その1ヵ月後から、上着の下にピンク色の半袖を着始め、徐々に、持ち物にもパステルカラーが登場するようになりました。さらに、髪型を変える頃から、声に力が出てきました。それから、積極的に、自ら体重減量を意識してダイエットに挑戦。1年後、とうとう13kgの減量に成功した暁には、杖の要らない脚まで取り戻し、周囲も驚くほど元気になりました。
「最近では、『お父ちゃん、私のことは心配いらないから、すぐには迎えに来ないでね』と言ってるんです。アハハ」と娘家族と行った海外旅行のお土産を、わざわざ届けにきてくれました。こうして、数ある色の中から、まず心を癒すパステルカラーを生活の一部に取り入れることで、人生を変えることに成功したのです。その他にも、パステルカラーは病院などで働く看護士さんのユニフォームにも使われていますね。
特にピンク色は痛みや恐怖心を緩和させる効果があります。淡いピンク色には自分も他人も優しく包んであげたくなるようなエネルギー作用があります。いつも、自分に「がまん」ばかりさせている人は、一度、どこかに「ピンク色」を使ってみてはいかがでしょうか。また、特に心や身体の疲れが気になる人には、この自然界のグリーンが何よりの「癒し」となることは周知の事実です。
生きるエネルギーが感じられる色彩を取り入れた前田医院のケース
7年前に、長崎県島原市の中心地に色彩のエネルギー効果を熟慮した、きわめて理想的な病院である前田医院が建てられました。今から19年前、当時医師であった現理事長のご主人は、まだ学齢期の子どもたち5人を残して、ガンでこの世を去ったのでした。生前から、「患者さんにはもっと広い、快適な所で透析をさせてあげたい」と口癖のように言っていた夫の遺志を継いで、夫人である理事長は何とか、病院を建て直したいとの想いだけで、昼夜、不休で働き続けました。
平成2年に火山噴火した、普賢岳がまだ完全に収まらない平成6年1月の終わりに、現病院が落成しました。その間、周囲の人の中には、「こんな時期に新築なんて」と中傷する者もいました。いくつもの難問題を抱え、不安と苦しみの中で毎日を送っておられた理事長に、「だいじょうぶですよ。ご主人の遺志を継がれると同時に、ご自身のライフワークとして、子どもたち、そして、地域医療向上のためにも、ここでがんばりましょうよ。今までにないスタイルで、病院で働く人たちの要望も採用した、コミュニケーションを大切にする病院にしませんか。
患者さんはもちろん、この病院に来た人たちが、自分の考え方や人生が変わったと思えるような優しい病院がいいですね。それには、ぜひ、心が癒されるような色調で室内をインテリアコーディネイトなさることをお勧めします。特に、将来の不安を抱え、自己表現や行動を制限しやすい腎臓系の疾患を抱えた方々には、各々に効力を持つ色彩があります……」とアドバイスいたしました。また、さまざまな研究の結果、多くのアイデアを活用しました。長時間過ごす病院内は、呼吸しやすいグリーン系を基調に選びました。特にパステルグリーンには、いらだつ神経を鎮静化する作用があります。
自分以外の人とも繋がっていきたくなるような、心の広がりを感じるエネルギーです。「緑色」は生命の本来の色なので、誰もが求める色彩です。この病院の玄関や待合室などには、おもにグリーン系が使われています。また、病院内の通路や病室、各階のラウンジやコミュニケーション棟は、色彩のバランスを取るためのギャラリーを兼ねた絵が掛けられています。特に、広々とした透析室の隣には、ブルー系とオレンジ系の大きな絵が飾られた素敵なラウンジがあります。ブルー系には細胞の免疫力を高める効果があり、オレンジ系には低血圧を改善し、やる気を誘う効果があります。
私が今回訪れた7月の終わりは、外気摂氏34度という猛暑でしたが、病院の裏側に広がる蓮池には、白やピンクの大輪の蓮の花が咲き始めたところでした。爽やかな風が、円形窓に掛けられたお洒落なレースのカーテンをくぐりぬけ、グリーンの薫りが部屋いっぱいに広がります。初めて訪れる人は、その優しいベージュピンクの受付カウンターに迎えられ、心和む音楽と、水と太陽光、そして、いたる所に配置された花や緑から、「生きる」ことをサポートしてくれる力強い開放されたエネルギーを感じることでしょう。
時おり、「うわぁー、まるでホテルみたいね」と囁く声が聞こえてきます。「これでは、病院から退院したくなくなりますねぇ」と言っては大笑い、設計の段階から、理事長の前田タヨ子さんが細かく気を配った箇所が随所に見られましたが、中でも、病棟通路の片側の天井をガラス張りにして、自然の太陽光をふんだんに摂り入れる工夫が施され、私も思わずスキップしたくなりました。
病室の戸口には、それぞれ楽しい絵が飾られ、従来の無機的な冷たい病院の印象はどこにもありません。病棟通路の窓から外に目を転じると、目の前の樹木の葉が青空の下で風にゆれています。よく見ると、吹き抜けになった1階の中庭から勢いよく伸びた枝に小鳥が巣をつくり、そこで休憩しているのか、時おりこちらをチラリと見ています。
こんな恵まれた環境で心も身体も治せる医療が、一日でも早く日本中で、いえ、世界中で施行される日が待ち遠しいばかりです。泌尿器科・皮膚科・血液透析・内科・リハビリテーション科と多岐にわたる専科を抱える病院を支え、理事長の母親を助けているのが女医さんとして、患者さんたちの信頼を集める次女の由紀さん。7年ぶりにお会いしたお二人と、積もる話に花が咲いたのは言うまでもありません。かつての子どもたちは、4人が医師、末っ子は医者の卵として将来を期待されています。
さて、次回はカラフルな絵を使いながら、それぞれの色彩エネルギーの使い方や応用の仕方についてお話してみたいと思います。
<次回 第13章 イメージングと色彩療法>