光石
この日は自宅を早朝に発って、光岳と聖岳登山のベースキャンプになる便ヶ島までクルマで移動する日。
飯田のスーパーマーケットで夕食の弁当を買出し、しらびそ高原と遠山郷かぐらの湯に寄り道して、夕暮れに便ヶ島に到着。広い駐車場に十数台クルマが停まっているが、人影なくひっそりしている。
ここの聖光山荘に駐車と幕営を申し出る。管理料で500円。山荘には泊まり客がいる様子だが、広い芝生の広場にテントを設営したのは自分だけ。平坦ながら砂礫の地でテントを張るペグは深く打ち込めない。
テント設営中に蚊がたくさん寄ってくる。用意した虫除けスプレーが役に立つ。フライシートの内側にもスプレーする。シュラフにもぐり20時過ぎ就寝。少し蒸し暑い感じ。夜半に雨。エアマットが空気漏れ状態、背中に小石が当たって夜中に何度も目が覚めた。
便ヶ島 | 3:50起床 | 5:30発 |
易老渡 | 5:55着 | 6:00発 |
面平の手前 | 6:40着 | 6:50発 |
面平 | 7:15着 | 7:25発 |
標高1700m付近 | 8:05着 | 8:15発 |
標高2100m付近 | 9:00着 | 9:10発 |
易老岳 | 10:00着 | 10:20発 |
三吉平 | 11:10着 | 11:10発 |
静高平 | 12:00着 | 12:10発 |
光岳小屋 | 12:30着 | 12:50発 |
光岳 光石 | 13:05着 | 13:35発 |
光岳小屋 | 13:50着 |
静かな夜明け。秋雨前線の南下で天気は曇り。朝食は簡略に、大きめの“完熟”バナナ2本とコーヒー飲料。これで易老渡から易老岳まで千五百メートルの標高差を登ってみる。
便ヶ島の駐車場
聖光山荘の管理人さんに出発のあいさつ。易老渡までロード。易老渡の駐車場はほぼ満車。1パーティーが出発するところだった。橋を渡るところで記念写真を撮る。面平までしばらく急登が続く。トレーニングを積んだ成果で体力充分、調子に乗って急ぎ足で登り始めたため、大量に汗を流す。休憩してTシャツを脱ぎ、雑巾のように汗水を絞る。
水分補給にスポーツ飲料を1リットルペットボトルに2つ用意し、この1日で飲み切るつもり。
面平から先の道は、登りやすい傾斜。易老岳まで予想した時間で着くように、ゆっくり進む。
“百名山”で知られた光岳らしく、辺鄙な山域ながらここを訪れる登山者をよく見かける。
霧の中の木立 標高1700m付近にて
易老岳の山頂は木立に囲まれた空き地の様。登りきった安堵感か、空腹を覚えたので行動食を頬張り休憩。ここまででスポーツ飲料を1リットル飲み干す。休憩中は濡れたTシャツ1枚ではさすがに肌寒い。ヤッケを重ね着して、Tシャツを着干しする。
主稜線にでて三吉ガレのように少し風に吹かれる箇所もあるが、概ね樹林の中の道を辿るので、動き回っている分には体は冷えない。
三吉平から先は多少歩きにくいガレ場の登り。沢筋の上部に出て開けたところが静高平。水場があるので残りのペットボトルも飲み干して2つとも空にし、小屋での自炊用に水を補給する。
静高平 トリカブトの花咲く水場
センジガ原から先は芝生に木道。先の見えないガスの中を行く。イザルガ岳分岐標識もあるが、また晴れた日に。程なく光岳小屋に着く。
センジガ原の霧の木道
光岳小屋でお茶を振舞われて、素泊まりの手続き。自炊のできる時間と、バイオ処理トイレの使える時間の説明を受ける。
光岳小屋は素泊まり代が4000円で、貸しシュラフが別途1500円。50歳以上の泊まり客には食事サービスもあるらしいが、夏の営業期間以外は食堂部分を除いて小屋は常時開放されているので、管理人さんは素泊まり利用を勧めていた。
県営光岳小屋
西向きの風で、天気が好転する気配はないが、一時ガスが切れ小屋の前から静岡県側に展望が開ける。南アルプスのさらにディープ・サウスな、信濃俣、大根沢山、大無間山が見渡せた(今回の登山では唯一の展望となった)。
光岳小屋の前からの展望
荷を整理して、光岳へ往復。三角点と標柱のある頂上は木立に囲まれ見晴らしは良くないが、少し離れた展望台から光石が見下ろせる。
光石へはしっかりした道が続いているが、加加森山への縦走路は踏み跡さえ定かに見えなかった。
光石 向こう側は断崖絶壁の岩の塊
光石は断崖絶壁の岩の塊で、慎重に登る。加加森山、池口岳の稜線には厚く雲がかかり姿を見せない。
学生の頃、未踏だった光岳を「日本百名山」で読んだ。その中で、パインアップルの罐をあけ、一株の匐松の根元に腰をおろして休んだ
くだりが心に引っ掛かった(なぜ、ここで食べ物の話題が出てくる?)。この山行にあたり、当時気になったことを疑似体験してみようと考えた。
手頃なパイナップル缶を持ってきて、光石の上で腰をおろし深い山渓を渡ってくる風に吹かれながら、パイナップルの輪切りを頬張る。光石の上での話ではなかったろうが、別にかまわない。いつものパイナップルと同じで、ただちょっと贅沢かな?という食後感(ずっと昔、貧乏学生にはパイナップルなど滅多に口に入らない贅沢な(貴重な)果物でしたが…)。
「日本百名山」の作者は、学術的に貴重な「ハイマツの南限」に「“パイン”アップル」を掛けて楽しんで(洒落て)いたのかしら?
“日本百名山”の光岳といえば、パインアップルの罐
光岳小屋に戻り、しばらく横になって休息。それから、午後のティータイム。コーヒー、ココア、緑茶、ポタージュスープ。既にスポーツ飲料の水分補給が足りて、飲み過ぎの感あり。今日は光岳小屋の泊り客は少ないようで、ゆったりと過ごせる。
夕食はインスタントラーメン。自炊を16時30分までに済ませ、お天気も冴えないので早めにシュラフに入ってうたた寝、そのまま消灯。
光岳小屋 | 3:55起床 | 5:10発 |
易老岳 | 6:40着 | 6:50発 |
希望峰 仁田岳分岐 | 8:05着 | 8:15発 |
茶臼岳 | 9:00着 | 9:05発 |
お花畑 | 9:50着 | 9:55発 |
上河内岳の肩 | 10:35着 | 10:45発 |
聖平小屋 | 11:55着 |
夜半に雨。周りの物音に目が覚め起床。外はガスに巻かれ視界なし。手早くアルファ米赤飯と味噌汁で簡単な朝食を済ます。
長袖のTシャツに着替え、泊まり客が出払った後ゆっくりトイレも済ませ、明るくなりヘッドライトが不要になった頃合をみて、気さくに声を掛けていただいた管理人さんにお礼のあいさつをして、小屋を後にする。静高平でペットボトルに水を補給。天候を勘案してスポーツ飲料は1本だけ。
三吉平へ下るガレ場で、先行するパーティーに追いつき、しばらく同行。道すがら聞くところでは、前日深夜0時にレンタカーで大阪を発ち、明けて6時に易老渡から登り始めたそうな。一人では深夜不眠のドライブは真似できない。追い抜かせてもらい、先へ。
西寄りの風が肌寒く、休憩をとらず歩き続ける。一息に着いた易老岳で休んでいると、茶臼方面からの最初の登山客と遭う。希望峰・仁田岳分岐まで起伏の少ない尾根筋の、森林限界に近い明るい林の中の道を行く。
シダに覆われた疎林の間を辿る道
藪漕ぎもなく、程良く踏まれた登山道が快適。光岳周辺は展望の少ない山行ながら、南アルプスらしい静かで落ち着いた縦走が楽しめる(お天気が冴えないので、多少負け惜しみモード)。相変わらずガスが晴れないので仁田岳には寄らず先を行く。
南アルプスらしい樹林の縦走路
仁田池とその周辺は木道が整備されて快適。
仁田池を過ぎたところで雨が降り始める。急ぎ雨具を出して着る。足首まわりもショートスパッツで防水。
木道が整備された仁田池
茶臼岳は、33年前の夏合宿当時と比べ頂上に累積していた岩がほとんど無くなり、歩きやすくなっている。懐旧の思いで、ここからもう一度光岳を望見したかった。
茶臼小屋への分岐周辺は広い尾根で、所々ケルンがある。晴れている日は何とも思わなかったが、ガスで視界の利かない今は心強い道しるべだ。地図上に御花畑と記してあるところは、夏合宿で二度休憩したほど高山植物が百花繚乱する草原だったが、今は所々にオオヤマリンドウが姿を見せているだけ。伊那営林署と記された朽ちかけた看板の傍で、行動食を摂り感慨にふけりながら、休憩する。
上河内岳に向う縦走路の途中に大きな岩が聳えていて、登山道はその間を通っている。
竹内門
誰もいない上河内岳の肩に着くと、そこに雷鳥が3羽。親鳥と大きく育った雛であろうか。早速カメラを取り出し雷鳥を撮る。風雨が容赦なく吹きつける中、レンズを向ける間にも離れていく。デジカメの液晶パネルでは雷鳥の姿を捉えきれず、見当をつけてシャッターを切る。
雷鳥
晴れていれば上河内岳を往復するつもりだったが、パスする。ここから長い下り。下り途中で1パーティー二人と単独行一人とすれ違う。登山道はそこかしこで水溜り。ゴアテックスが売りの軽登山靴を履いているが、5度目8日の山行使用を経て、つま先部分から浸水している(過度の期待はしていないが、一日ともたない防水性能はこんなもの?)。
聖平小屋分岐に差し掛かる頃、向かいの尾根から賑やかな人の声。薊畑から下ってきたパーティーだった。聖平小屋に着いて宿泊手続き。素泊まり5000円で、冬季小屋を案内された。玄関の横になべ、お玉、茶碗とスプーンのセットが置いてあり、宿泊客のもてなしにフルーツポンチのセルフサービスがあった。疲れた身には甘いものが有難く、頂戴する。
小屋についてしばらくは本降りの雨になった。冬季小屋は昔ながらのカイコ棚式。棟が高いので閉塞感はない。上階の一隅は小屋のスタッフ用に占有されている。その下は土間で、乾燥室の代わりに濡れた雨具などの物干し場になっている。ザックカバーで覆ってはいたが、3時間の風雨にさらされザックの中のものはしっかり濡れていた。
冬季小屋の素泊まり客は自分一人だけだったので、今日もゆったりできる。ザックの荷を解いて床に広げ、濡れた衣類などはハンガーを借りて土間に吊り下げる。小屋のトイレは離れにあるバイオ処理トイレ棟。濡れた靴は置いて、サンダルを借りて行き来する。
水は、小屋玄関の外の給水栓蛇口から自由に。一息ついて、午後のティータイム。雨天なので、冬季小屋の中でストーブの使用可とのこと。
小屋の前は、広い幕営地。雨が上がり、テントを設営する登山者もいるが数は少ない。聖平の植生の取り組みについて説明する大きな立て看板があった。中でも目を引いたのが、ニッコウキスゲの群生する“昔の”写真。今では見る影もないそうな。33年前の夏合宿で見たニッコウキスゲの大群落は、もうここに無いと知る。
聖平小屋
インスタントラーメンの夕食を摂って、後は寝るだけ。貸シュラフは羽毛で暖かいが、床板にマット敷きはないので腰にはつらい。
聖平小屋 | 4:00起床 | 5:10発 |
小聖岳 | 6:00着 | 6:05発 |
聖岳 | 6:40着 | 6:45発 |
奥聖岳 | 6:55着 | 7:00発 |
聖岳 | 7:10着 | 発 |
小聖岳 | 7:40着 | 発 |
聖平小屋 | 8:10着 | 8:45発 |
薊畑 | 9:05着 | 9:10発 |
苔平 標高2055m | 9:45着 | 発 |
平坦地 標高1800m | 10:05着 | 10:10発 |
西沢渡 | 11:20着 | 11:25発 |
便ヶ島 | 11:50着 |
山小屋のスタッフの起床の物音で、目が覚める。今日も天気が好転する気配はない。昨日と同じ朝食を済ませ、明るくなってから、サブザックにカメラとペットボトル1本と行動食を携行して出発。雨具を最初から着込む。先行するパーティーを追い抜き、単独トップで聖岳頂上を目指す。
薊畑から上は厚い雲の中。北西よりの風で霧雨。標高を上げるにつれて、気温が下がるのが肌でわかる。冷雨でないからいいものの、長袖Tシャツ1枚の上着で三千メートル峰を目指すには、いささか薄着だった。
小聖岳まで予想した時間で到着。じっと休憩し続けるにはつらい肌寒さ、動いていても体はそれ程温まらない。聖岳の登りは、1歩踏み出して半歩ずり下がる急傾斜の砂礫に難渋した記憶がある。今は良く踏み込まれた道で、荷が軽いこともあって格段に歩きやすく感じた。
誰もいない聖岳の頂上に着く。濃いガスに巻かれ展望なし。霧雨が吹き付ける。風を背に写真だけ撮って、奥聖岳を目指す。
(前)聖岳
奥聖岳まで距離はないが、途中に岩稜のやせ尾根やお花畑の平坦地があって楽しい稜線伝い(悪天候が続き、既に諦観モード)。お花畑は実をつけたチングルマが群生していた。ここだけは風が凪いでいる。
チングルマの群落
誰もいない奥聖岳の頂上に着く。奥聖岳は、三千メートル峰の(前)聖岳より少し標高は低いが、三角点はこちらにある。
33年前の夏合宿でも聖岳の頂上でガスに巻かれた。その先は兎岳〜小兎岳〜中森丸山と続く練成会さながらのルートだったので、奥聖岳の往復は割愛した。大キスリングを背負い、聖岳の登りに一苦労した身には無理もなかったが…。 その後、聖岳の優美な頂稜の姿を見るたびに、奥聖岳の頂上を踏まなかったことが気に掛かっていた。
奥聖岳
行動食を口に入れ、冷えた体にカロリー補充。風を背に写真だけ撮って、早々に引き返す。(前)聖岳の直下で、後続のパーティーとすれ違う。それからも三々五々聖岳を目指す登山者とすれ違う。2時間で登って1時間で下り、聖平小屋に帰着。宿泊客は全て出払った後で、ひっそりとしている。
荷をまとめ、ゆっくりトイレも済ませ、小屋を後にする。薊畑には聖岳に向かったパーティーのザックがデポされている。ここから西沢渡まで標高差千三百メートルの尾根を下る。
深い樹林の中は、苔むした赤レンガ色の岩と数多くの倒木が重なり合い、人の気配もない。下りでもひざに負担のかかる傾斜の急な道が続き、休憩に適した平坦地はあまりない。西沢渡まで予想の2時間より少しかかった。渓流の音が聞こえるあたりまで下ったところで、1パーティー追い抜く。急斜面のつづら折の道に沿って、転落止めのネットがいくつも張ってある。不思議と登りのパーティーは皆無。
西沢渡には資材搬送用の“人力ロープウェイ”が架かっている。渡河する沢は、この2日の雨で勢いを増している。角材を束ねた橋も架けられているが、鉄砲水でもない限り流失する恐れはなさそう。無難に橋を渡る。
西沢渡
後は気楽な林道歩き。遊歩道として整備されているが、土砂崩れで道が埋まっている箇所もある。途中、普通車でも通れそうな立派な丸太橋が2つある。小さなトンネルをくぐって、山裾に沿って回りこむ林道をショートカットして便ヶ島に帰着。
聖光山荘の管理人さんに下山のあいさつすると、林道が土砂崩れで不通との情報。午前中には復旧するらしい。登山者にすれ違わなかったのも、駐車場にクルマが少ないのも頷ける。開通の知らせがあるまで、ここでゆっくり荷の整理をする。
便ヶ島に帰着
昼過ぎに開通の知らせがあり、便ヶ島を後にする。下山した今日は昼神温泉に宿を予約。急ぐこともないので、遠山郷かぐらの湯に再び寄る。山の中での食事は最小限だったので、少しやせた感じ(体重計に乗ると60.0kg、2〜3kg減っている)。
遠山郷かぐらの湯
学生の頃、南アルプスのアプローチの長さ故に、社会人になってからは聖岳に再び登頂する機会はないだろうと思っていた。光岳を望見して、ディープサウスな山岳を(一部でも)踏破するなど思いもよらなかった。後年、NHKテレビ放映も手伝って「日本百名山」が広く知れ渡ったためか、それにつれて環境も様変わりしたように実感した。