(前編よりつづき)
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蓬莱に来て、少し落ちつきを取り戻しつつあったアルベルトは、 |
サッカー部の練習を見に行って驚かされた。 |
− 噂には聞いていたけど、ここまでレベルが高いとは。 − |
ジャッポネーゼのカルチョがレベルアップしているのは、 |
前回のオリンピックや昨年のW杯で知っていた。 |
その中でも蓬莱学園のカルチョは最高峰だと聞いたからこそ、 |
アルベルトは入学する気になったのだ。 |
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ある日の練習でアルベルトは一人のプレイヤーと出会った。 |
− 紫野 梢 − |
自分と同い年の女の子だった。 |
彼女を見て、すぐにミラノにいる従姉妹のエレーナを思い出した。 |
常にひたむきにボールに食らいつき、時にエキサイトし過ぎるその |
プレースタイルはエレーナに良く似ていた。 |
そして、彼女とはプレーの息が妙に合うことが多かった。 |
だからかも、知れない。次第にアルベルトはエレーナに接するような |
気持ちで「ゆかりの」と接するようになっていた。 |
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しかし、ただ一つ、「ゆかりの」とエレーナには決定的な違いがあった。 |
それは「ゆかりの」のスキルレベルの高さだった。 |
2人はお互いをライバルと認め合い、何かにつけ競うようになった。 |
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蓬莱に入って1カ月、8月の終わりに2人は練習で勝負をした。 |
結果は引き分けだったが、アルベルトは心のどこかで、 |
− 勝ちはしなかったが、負けなかった・・・ − |
そのことにホッと安堵の息をもらしていた。 |
− 俺はカルチョの国から来たジョカトーレだ。 |
ジャッポネーゼになど負けるはずがない。負けることはあり得ないんだ。 − |
「ゆかりの」をライバルと認める一方で、そう心に思っていた。 |
いつの間にかイタリアで引き裂かれたはずのエリート意識が |
アルベルトの心に再び宿っていた。 |
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そして今日、2人は2度目の勝負をした。 |
前回とは異なり、3人での勝負になった。 |
もう一人の相手は、フィリッポ・バキーニ。同じイタリアンだ。 |
無論、相手にとって不足はない。彼の技術力の高さは知っていた。 |
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そして、勝負が行われ、ジャッジは下された。 |
2人のイタリアン相手にジャッポネーゼが圧勝した・・・。 |
− こんな、莫迦なコトって・・・ − |
アルベルトの中のエリート意識が、勝負の結果を受け入れるのを拒んでいた。 |
日頃の明るく気さくなアルベルトは、どこかへ消えてしまっていた。 |
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『良い勝負だったね。でも、これでボクの勝ちだよっ』 |
そういって「ゆかりの」は、砂まみれになり両膝をついている彼に |
手をさしのべて来た。 |
肩で息をしながらそれを見上げる。しかしすぐに視線を逸らした。 |
ボロボロのプライドを抱えたアルベルトには、 |
もはや、スポーツマンシップは残っていなかった。 |
アルベルトは死人のように立ち上がると、 |
「ゆかりの」の姿さえ目に入らぬかのようにビーチを去っていった。 |
『アル・・・・』 |
悲しげな「ゆかりの」の呟きは、夕暮れの波の音にかき消されていった。 |
Update 2003/05/25
2003 Masato HIGA / HIGA Planning.