藤田令菜の日記4 〜真相編〜
6月17日水曜日(晴れ) 昨日から私の心臓がおかしいです。 心臓の音が小さくなったり、ゆっくりになったり、まるで止まってしまいそう。 わたしは今、どうしようもないくらいの不安に襲われています。 今まで怖くて考えないようにしてたけど・・・。 ・・・・・・・・・・・これは、『闇の扉』で約束したあの日が近づいているって事? 『あなたの願望、命と引き換えに叶えてみませんか?』 もし『闇の扉』が全部真実だとしたら、私はいつか死んでしまうの?? せっかく変われたのに!! せっかく茂原直樹さんに出会えたのに!! ・・・・・・・・・・・・でも、『闇の扉』があったからこそ今の私なのかもしれない。 あの本に出会わなければ地味で、苛めと戦う事もできなくて、茂原直樹さんに会う事だって出来なかったかもしれない。もしかしたら、もう死んでいたのかもしれない。 いえ、あの時の私は死んでいました。 死んでも構わないから願いを叶えたいって心から思ってた・・・・。 でも今は違う。 私ってズルイのかな?? ・・・・・・・今日は彼の所に行くのは止めます。 彼の所へ行かなければ願いが叶う事はないんだから。 ・・・・・考えて見れば、彼が私を憧れるなんてありっこない。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・だから大丈夫。 大丈夫、だよね? 6月18日(曇り) 心臓がズキズキします。 心臓が痛いってこんなに辛い事だったんだ・・・・・。 私は今日、初めて学校の体育を見学してしまいました。 何だか見てるだけって変な気分です。 他のクラスも体育をやっていて、そのクラスにも一人だけ見学者がいました。 「あなたも見学? もしかしてアレの日?」 あまりに普通に話し掛けられたので最初戸惑ってしまいました。 「え・・・っと、ちょっと風邪ひいちゃって」 「ふうん、そういえばあなた顔色悪いわね。大丈夫?」「う、うん」 そっか・・・。他のクラスの子から見たら私が苛められてるなんて知らないもんね。 でもこういうのって初めてで凄く緊張してしまいます。 「ねえねえ! あなたのクラスのほらあの子!! かっこいーよね。羨ましいな同じクラスで」 「え? そうかな? でも凄く口は悪いんだよ」 その子が指差した子は、私の髪をよくひっぱる子でした。 クラスの中ではリーダー的存在で、いつも私を笑いの対象にしていました。 「え? そうなんー? 意外ー!! 凄く優しそうなんだけどな。やっぱ同じクラスの子に聞くのが一番だね。私の友達にも教えといてあげないと」 少しだけ、ざまーみろとか思っちゃいました。 「ねえ、あなたは?」「え?」「あなたはどの子がいいと思ってるの?」 意外な質問に焦りながらも私は正直に答えます。「ここにはいないよ」 「じゃあ他のクラスの子? それとも他の学年?」「えっと・・・。この学校にいないの。もっと年上の人」 私がそう言った途端、彼女は目をキラキラとさせます。 「え! どんな人!! どこで知り合ったの!! お金持ち? 背は高い? かっこいー??」 彼女のマシンガン的質問に私は戸惑ってしまいます。そして彼女は最後にこう聞きました。 「好きなの??」 考えてしまいました・・・。 「え、う・うーん。見た目は凄くかっこよくて皆から憧れられてて、とても素敵な人なんだけど・・」彼女は真剣に私の言葉を聞いています。 「その人が本当に好きかどうかは解らないの」 「どして?」 「あのね。その人、見た目と違ってスッゴク口が悪いの。それにいっつも自分の事ばかり考えてて、私の事なんか眼中にないって感じで。だからその時はもう二度と話したくない!!って本気で思うんだけど。・・・でも、やっぱりまた話してみたいって思って・・。よくわからないの」 最初はテレビの中だけの憧れだけでした・・・。けど今はよくわからない。 茂原直樹さんはテレビの中の茂原直樹さんじゃなく、ただの人間の茂原直樹さんでした。彼の本当は口が悪くて自己中で・・・・、それでもまた会いたくなる不思議な人。 「ふーん。でもそれって、やっぱり好きなんじゃないの?」 そうはっきりと断言されて、私は思わず口をポカンと開けてしまいます。 「好きじゃなかったら、また話したいなんて思わないもん」 まるで当たり前のようにそう言われ、その子は私の心を見透かしているようでした。 そう思った瞬間、彼女ならどんな事でも答えてくれるって思ったんです。 「でも、でも・・・・。その人は私なんかを好きにならないよ」 「どうしてそう思うの? そんなの、やってみないと解らないじゃない」 彼女はそう当然のように言い、私に「頑張れ!!」と言葉を残しました。 何か、自分の中にあった引っ掛かりが溶けていく感じがします。 ・・・・・・・・・・・・そして、自分の本当の思いにようやく気づく事ができました。 今、初めて決心しました。 今の自分は以前の私と同じ。ただ逃げている自分なんだ。 だから私はもう逃げたくなんかない。 たとえどんな結果が待っていようとも・・・もしあの本が全部本当だったとしても・・・いえ、だからこそ後悔で終わる人生なんて嫌だ! 前を向いて、悔いの残らない私を生きるんだ!!! ・・・・・・・・・・・・・・・・・・絶対に後悔で終わらないために。 6月19日(晴れ) 心臓が痛い・・・・・。 『闇の扉』という本が真実なのか嘘なのか、解りたくないけど解ってきました。 だけど私はもう逃げないって決めたんです。 たとえその結末が『死』だとしても、それでも私は逃げたくない。 ・・勿論、死ぬのは恐いです。 でも、以前の自分のような逃げるという行為だけはしたくない。 茂原直樹さんから逃げるこれからの人生なら、私は『死』を選びます。 今日は学校に父と母が来ました。この前の続きを先生と話し合うそうです。 そして、以前のように両親と先生に取り囲まれ、私が苛められているのではないかと問いただしてきました。 けど、前のような恐怖や不安は全然ありません。 むしろたくさん言いたい事があって、何から言えばいいのか迷ってしまうくらいです。 ・・・・だけど、最初に言う事はもう決まりました。 「私、クラスの子に苛められています」 私は先生に、あの時の正直な気持ちを言いました。 「・・・恐かったんです。誰かに言ったらもっと苛められるかもしれないとか、こんな事言っても見捨てられるだけかもしれないとか。でも・・・」 ・・・でも、わかったんです。 嫌な事は嫌だって言って、助けてもらいたい時は助けてって言わないと何にも始まらないんだって・・。 「先生、私を助けてください」 ・・・これが最初に言う言葉。 先生と両親は私の言葉にとても驚いているようでした。 でもすぐに笑顔に戻り先生はこう言ってくれました。 「ありがとう。勇気を出してくれて・・。」 ・・・・・・・・・・・・・・・・涙が流れました。 久しぶりに三人で並んで帰りました。今までずっとギクシャクしてた家族が今日はとてもあたたかい雰囲気です。 「令菜、この前あなたに酷い事を言ったでしょう? あれは本心なんかじゃないのよ。あの日、私達もちょっとした事で喧嘩しててそれで気がたってて・・つい」 「お父さん、お母さん」 私は母の言葉を遮り、こう聞きました。 「私、強くなれたかな?」 私の言葉に父と母は目を丸くしました。そして笑います。 「そうね。令菜は強くなったわね」 その言葉が妙に嬉しくて、胸に深く染み込みました。 ビルの屋上に行きました。 空には雲ひとつなく、気持ちいいくらい風が通っていました。 私は目を瞑りゆっくりと深呼吸をします。 「令菜!」 初めて私の名前を呼んだ彼は、とても慌てているようでした。その姿が妙に似合わなくて何だか笑えてきました。 「もう来ないのかと思った」 「うん、本当はもう来ないつもりだったよ・・・」 柔らかい私の雰囲気に彼はほっとした表情を見せ、ぺこりと頭を下げました。 「すまなかった・・」 「もう怒ってないから謝らなくてもいいよ」 「いや、謝りたいんだ・・」 そして困った顔をした彼は、こんな事を言いました。 「いつもそうなんだ・・。私は知らないうちに誰かを傷つけている・・・」 「私の母がそう教えたんだ」 「お母さんが?」 彼は苦しそうな表情を見せ、拳を強く握り締めていました。 「聞いてくれないか? 私が死のうとした理由を・・」 なぜ彼が急にこんな事を私に話そうと思ったのかは解りませんでした。 けど、私は頷きました。 彼はいつも立っていた場所まで行き、手すりに寄りかかりました。 そしてどこか苦しげにゆっくりと話し出します。 「私の家族は最初とても温かかった・・・。母は優しく父も子供だった私を心から可愛がってくれた。平凡で変わりのない生活なのに、それ以上望む事のないくらい幸福だった」 「けど・・・。そんな時間はほんの少しだけだった。父は平凡で変化のない生活が似合わない人だった。たった一人の女性だけを愛せるような人じゃなかったんだ・・・。だが、その事にようやく気づいた母には、すべてが遅かった」 「父は同じ会社の女性と関係を持ち、家を出ていってしまった・・。」 「・・・私と母をまるで物のように捨てたんだ」 彼は手すりを強く握りしめました。 まだ幼かった彼が、その時どれだけ傷つき泣いたのか痛いほど伝わってきました。 「母は父が家を出て行ってから変わってしまった・・・。あんなに優しかった母が怒鳴り散らすようになった、話し掛けても何も返してくれなくなった。そして・・・私に人を信用してはいけない、人を傷つけて裏切ってそうやって自分の物を手に入れろと母は狂ったように私に教え続けたんだ」 そういえばこの前聞いた。茂原直樹さんは母親から虐待を受けていたって・・。 きっと、それは私の想像以上に酷く悲しい光景。 「私は母が言う言葉がずっと正しいと思っていた。信じなければいけないと思った。だからずっとその通りにしてた・・。」 「けど・・・病で母が死んでしまった時、気がついたら私の近くにいるものでさえ信用できない苦しい世界になっていたんだ」 「苦しくて苦しくて、呼吸ができる場所を探しても自分を救ってくれる人を探してもどこにも誰にもなかった・・。」 彼は泣き出してしまいそうな、苦しそうな瞳で私を見つめた。 そして絶望したように言います。 「気づいた時には遅かった・・。」 「間違いだらけの機械を作ってしまった私には、どうやっても取り去る事のできな錆がついて身動きがとれなくなってしまったんだ・・」 「・・・・・」 「だから決めた・・・。こんなにも不自由で苦しい世界なら、いっその事死んでしまおうって」 彼の言葉をただ黙って聞いていた私は、ゆっくりと彼にこう問いかけます。 「苦しいから死にたいの?」 「?」 「それじゃあ、前の私みたいだね」 あの本と出会う前の私は、今の彼そのものなのかもしれない。 痛いほど・・・・胸が痛いほど彼の今の気持ちが伝わってくる。 苦しくて苦しくてどうしようもなくて、絶望して、生きる事に未練がなくなってしまう悲しい気持ち。 ・・・・・・だけど、そんな私でさえも変わる事ができた。 「私、苛められてるでしょう? 小さい頃からいっつもそうなの。どんな事にも自身がなくて人が恐くて逃げてばっかりで・・・。だからお父さんもお母さんも疲れちゃったの。皆私の事を何度も何度も励ましてそれでも駄目だったから諦めてしまったの」 彼は、私の言葉を真剣に聞いてくれていました。 「だけどね。・・・きっかけは私の力じゃないんだけど、気づいたの」 「気づいた?」 「私が変われば、周りも変わってくれるって事を」 今まで逃げて逃げて、それでも逃げ場所が見つからなくて、それを繰り返していた私。 けど・・・。たとえ、それが『死』と引き換えだとしても気づかせてくれた。 「私が変わったら。今まで恐かったものがどうでもいい物になったの。助けてって言葉に出して言ってみたら本当に助けてくれたの。笑ってみたら笑顔で返してくれるようになったの」 「・・・・・」 「ねえ、あなたは言葉にした事があるの? 助けてって一緒に行こうって。まだ何にもやってないのに死んじゃうなんてもったいないよ。どんなに苦しい世界だって、あなたが本当に変わりたいって思えば変われるはずだよ」 私は精一杯の笑顔で言いました。 「勇気を持とう」 「・・・・・」 彼は私の言葉にしばらく無言でした。何かを悩むような表情をし、やがて崩れるように笑いました。 「君は本当に・・・信じられないよ」 「?」 彼はさっきの表情を忘れさせるくらい、優しく私を見ました。 「初めて君を見た時、腹がたったんだ・・・・。君がとても強い人間に見えたから」 「私が?」 彼の信じられない言葉に、私は彼を見ました。 「きっと苦労なんて何も知らない、友達もたくさんいる、私が憧れる世界を持った人間なんだって」 憧れる、という言葉に心臓が大きくなりました。 ・・・・・心臓がとても痛い。 「だから腹がたった。嫉妬と・・私を見る目がまるで馬鹿にされているような気がして、凄く嫌だったんだ」 「けど・・。君は私と同じような世界で暮らしていた」 「・・ただ一つ違うのは、心だけだった」 彼は手すりから手を離し、真っ直ぐと立ちました。 「私も変われるだろうか? 君のように」 その時の彼の笑顔は、とても・・・とても温かい笑顔でした。 すべての迷いが途切れ、勇気を持った本当の彼でした。 私は嬉しくて声が出ない代わりに、大きく頷きました。 っっ!! 心臓がまるで何かに締め付けられているような感じです。 痛い・・・・・。 お願い、もう少し。もう少しだけでいいから待って・・・・・。 必ず、約束は守るから。 6月20日(晴れ) 今日はなぜか、クラスの子から何か言われたり何かをされたりしませんでした。 先生が何かを言ったのか、受験勉強でそれ所じゃないのか、私を苛める事に飽きたのかは解りません。ただ苛められなくなった変わりに、私は空気みたいな存在になっていました。 私がまるでいない存在のように、皆私の横を通り抜けていきます。 そんな空気に息苦しさを感じた時、突然教室の外から声をかけられました。 「あ!! ねーねー君!! おはよー!!」 このまえ体育を一緒に見学したあの子でした。 クラス中が一瞬ざわめく中、私は嬉しさいっぱいに立ち上がり大きく手をふりました。 「おはよう!!」 教室の窓から身を乗り出してきた彼女は明るくいいます。 「ね、例の人とはどうなったの?」 「うん、それがねー。一歩前進かな?」 「え!! 嘘!! マジ?? 聞かせて聞かせて!! あ、でももうすぐチャイムなっちゃうね。じゃあ、今日昼一緒に食べようよ!! そんとき聞かせてよ」 「うん、いいよ!!」 彼女は大きく手を振りながら去って行きます。 「ばいばーい!!」 彼女を見送ったあと私はもう一度教室の方を見ました。クラス中の子が私を気にするようにチラチラと見ていました。皆、驚いているみたいです。 そして、一つだけ深呼吸をし私が席につくと、不意に誰かに声をかけられました・・・。 「おまえ・・・変わったな」 驚いて振り向くと、そこには誰もいませんでした。 ・・・誰が言ったのかは解らなかったけど、でも凄く嬉しかった・・・・・。 今日もビルの屋上へ行きました。 彼は決して死のうと思ってそこにいる訳ではなく、ただ私を待つためにそこに立っていました。 彼は私の顔を見るなり、今までにない爽快な笑顔で出迎えてくれました。 「待ってたよ。どうしても君に聞いてもらいたい事があって」 彼はそう嬉しそうに言いました。 「何だか、凄く嬉しそうだね」 私が正直な感想を言うと、彼をそれ以上に笑いました。 「そうだな・・。こんな気持ちは初めてかもしれない」 「今日、会社の皆に提案してみたんだ。個性を活かした、自分が最もいいと思う企画を作り出してほしいって。たとえ今マイナスでも、未来で必ずプラスになると信じられるものなら私にぶつかってほしいって言ったんだ」 「それで? 皆はどうしたの?」 「ああ、確かにそんなやり方会社のためにはならないって反対する奴や、嫌な顔しながらも頷いてる連中もたくさんいた。けど・・・、その中で数人だけ私の提案に賛同してくれた人達がいたんだ。前から温めていた企画を、今までどーしても渡せなかった企画を私に見せてくれた」 彼はその時の光景がまるで目の前にあるように語っていました。 「その企画はとても暖かくて人の事をよく考えているすばらしいものだったんだ。だからそれを正直に言ってあげたら・・・。凄く嬉しそうな顔をしてくれたんだ」 「そっか・・・・」 どうやら彼は、最初の一歩を踏み出せたみたいです。 彼の周りもいつかきっと心から信頼できる人、心から愛せる人で一杯になるはず・・・。 ・・・・・・・・・・・・・・よかった。 あなたには幸せになってほしい。 こんなに心から人の幸せを願うのは初めてかもしれない・・・・。 彼にはずっとずっと笑っていてほしい。暖かい人達に囲まれて堂々と生きてもらいたい。 私の分まで。 彼は最後にこう言ってくれました。 「私は、これからの時間を精一杯生きるって決めたよ」 「決して、後悔しないように・・・・・・・・。」 6月21日(晴れ) 今日、大好きなおばあちゃんに電話をかけました。 別に用事があるとかそういう訳じゃないんだけど、どーしても今の私を知ってもらいたかったんです。 「令菜ちゃんかい! あれからずっと気になってたんだよー、誰かに嫌な事言われたりされたりしてないかい? もしそんな子がいたら、おばあちゃんがガツンとしてあげるからねー!」 おばあちゃんの優しくて元気な声。何度聞いても心があったかくなります。 「大丈夫だよ、おばあちゃん。私はもう全然平気」 「本当かい?」 「うん、あのね。今日はおばあちゃんにお礼が言いたかったの」 「おばあちゃんの言うとおりにしたらね、たくさんの大切な事に気づく事ができたんだよ。生きてる事が凄く幸せで、毎日が楽しいの!!」 私にとって、一分一秒がとても大切な時間。 そしてその一秒が、私の思い出になるのだから。 「そうかい、そうかい。よかったねー。令菜ちゃんは最初の一歩が踏み出せたんだねー」 「うん、おばあちゃんのおかげだよ! ありがとう」 「いいんだよー、お礼なんて。令菜ちゃんが気づいて令菜ちゃんが勇気を出した事なんだよ。私は令菜ちゃんが大好きだから、思ったままを言ってあげただけなんだよ」 とてもとても、温かいあばあちゃん。 ・・・・もしかしたら、もう会えないかもしれないおばあちゃん。 きっと、私が死んだら泣いてしまうおばあちゃん。 「おばあちゃん、大好きだよ」 ごめんね、ごめんね。 大好きだよ。 今日も屋上へ行きました。 青い青い大空。 果てしなく続く青い色は、きっと永久に・・永遠に続くなんて思ってしまいました。 彼は優しい瞳で私を見ました。 「令菜、もしあの時、私が本当にここから飛び降りようとしたら君はどうしてた?」 「私を必死に止めてくれた? それとも勝手にしろって言った?」 そう彼は少しだけ意地悪に聞いてきました。 だから私も意地悪に考えるふりをして、「うーん、どっちかなー?」 って言うと、彼は少しだけ残念そうな顔をします。 「嘘だよ!」 「たぶん、こう言ってた」 私は大きく深呼吸をし、大声で言います。 「あなたが死んだら、私も死んでやるー!!」 その言葉に、彼は唖然とします。 そして、お腹をかかえて大笑いしました。 「あははははは!! 確かに・・それじゃあ死ねないなー!!」 「本当にー?」 「本当だよ、君を死なせる訳にはいかないからね」 彼はそうはっきりと言ってくれました。 「あの時のあなたでも?」 「ああ」 「君は信じられないかもしれないが、これだけは本当だよ。あの時・・・君に嫉妬してたって言っただろう? けど・・嫌いな訳じゃなかった。何て言ったらいいのだろう? 手の届かない所にある物を見てるような感じ、かな? その物はとても綺麗で・・絶対に触れる事ができなくてイライラしてしまうけど・・でも、壊したくはなかった」 彼はそう、少し恥ずかしそうに言ってくれました。 「・・・・・解ってくれた?」 彼の言葉に、私は頷きました。 あの時の彼は、前の私と同じような事を思っていてくれた。 凄く憧れて、会いたくて、声が聞きたいんだけど・・・、彼は手の届かない遠い存在でした。半分諦めて、それでも憧れて、・・・・・・少しだけ、彼の光に嫉妬した。 「解るよ、凄く解る・・・」 「令菜」 「?」 彼は照れくさそうに言いました。 「君にはちゃんと礼をしたいんだ。 だから・・その、明日二人でどこかへ行かないか?」 6月22日(晴れ) 「令菜、ちゃんとハンカチ持った?」 「お母さん、私子供じゃないんだから、そんな事聞かないでよー!!」 「でも、初めての娘のデートで緊張しちゃって〜」 「だからデートじゃないって」 今日の我が家は朝から大騒ぎでした。私が男の人と出かけるって言っただけでこの焦り・・。 でも、こういうのを家族っていうんだよね。 「じゃあ行ってくるね」 「はい、いってらっしゃい」 満面の母の笑み。 嬉しさもあり、悲しさもありました・・・・・。 私の心臓はゆっくり・・・とてもゆっくり動いていました。 私は後少しで、とても大きな親不孝をしてしまいます。 流れ落ちそうな涙を必死でこらえました。 「・・・ごめんね、お母さん」 「え?」 「ううん、何でもない」 母に見送られる背中がとても痛かったです。 商店街で茂原直樹さんを待っています。 ・・いいのかな? 彼は有名人なのにこんな人通りが多い所で待ち合わせしても。 彼は「心配いらないよ」って言ってたけど、ちょっと心配です。 ・・・・・・・そういえば? ここ、あの時の商店街だ。 私が生まれて初めて学校をサボった時の道。 あそこに電気屋さんがあって、そうそうテレビがたくさんあって茂原直樹さんがたくさん映ってたんだ。 今日のテレビには何も映ってないな・・・・。 そして・・・・そうだ!! 『願い書店』がこのすぐ近くに!!! 私ははっとしたように、『願い書店』がある方向を見ました。 「・・・・・・・」 けど、そこには何もありませんでした。 お店どころか建物さえもなく、ただの空き地でした。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 一瞬だけ射した光が、一気に真っ暗になった気分です。 肩が凄く重たい感じで・・・・、私が大きくため息をつこうとした時、ふいに話し掛けられました。 「どした? 令菜」 茂原直樹さんでした。 「何か暗い顔してたけど何かあった?」 何だか少しだけほっとしました。 そだね・・・・・・うん。 「ううん、何でもない。ちょっと緊張して昨日眠れなかったの」 私がそう言うと、彼はほっとしたように微笑みました。 「偶然だな、私も同じだ」 私は何もかも忘れるくらいに茂原直樹さんと色々な所へ行きました。 色んな洋服を着てみたり、映画を見たり、二人で写真撮ったり、大きなアイスを食べたりたくさん楽しい事を話して、たくさん楽しいものを見て、たくさん走り回って笑って、幸せになって、はしゃぎ回って・・・・・・楽しく、楽しく。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・もう少しだけ。 お願い、まだ止まらないで。 最後に、綺麗な夕日が見える丘の公園に行きました。 彼は背伸びをするように手を大きく広げ、満面の笑みを浮かべました。 「ここは私が小さい頃、家族でよく遊びに来た公園なんだ」 「あったかい公園だね」 「ああ。昔はこの公園が大好きだった。日が沈むまで、母が迎えにきてくれるまでずっと遊んでたんだ」 彼はあの頃を思い出すように、どこか遠い目をしていました。 「だけど母と父が離婚してから、ここに来れなくなったんだ・・。恐かったのかもしれない。もし、日が沈んでも母がむかえにこなかったらどうしようって、そんな事を思っていたんだと思う」 「考えてみれば・・・。私はあの頃から逃げていたのかもしれない」 彼は私を見ました。 「ありがとう、令菜。君のおかげで私は変わる事ができた。 ここに来れたのだって、令菜がいてくれたからだよ」 私は首を横に振りました。 「違うよ。茂原さんが変わりたいって思ったから変われたんだよ。ここに来れたのだって私がいたからじゃない・・。あなたが変わったからなんだよ」 私の言葉に、彼はとても嬉しそうに微笑みました。 「君のそういう所、憧れるよ・・・」 ドクン!! っっ!! ・・・・・・・痛い。 「君の強さに少しでも近づけるように、私はこれからも生きていきたい」 そして、彼は私を強く抱きしめてくれました。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ああ、お願い。 まだ・・・・・・・・・・・・・・・・・・。 「令菜、君を・・・・・・・」 ・・・・・・・・・・・。 「・・・?? どうした令菜? 顔色が・・・・・・・令菜!!!!」 遠のいていく頭の中で、彼の声だけが聞こえてきました。 |