藤田令菜の日記2 -変動編-


6月9日火曜日(晴れ)


いつも起きる時間より早く母に起こされました。
私に電話がかかってきたそうです。私なんかに電話をかけるような人物が思い浮かばなかったので不審に思いながらも受話器を手に持ちました。
少し緊張した面持ちで「もしもし?」と声をかけてみると「令菜ちゃんかい?」大好きなおばあちゃんでした!!
「おばあちゃん!!」嬉しくて嬉しくて、つい声のトーンが高くなってしまいます。
私のおばあちゃんは唯一私の本当の言葉を聞いてくれる人だからです。。
泣いている時も何かに後悔している時も、いつもいつもおばあちゃんが慰めてくれました。けど、おばあちゃん家から転勤のため引っ越してをしてから、あんまりおばあちゃんに会えなくなってしまいました。
本当は両親と離れてでもおばあちゃんと一緒に暮らしたかったんだけど、そんな事言えなかったです。
・・・久しぶりに聞いたおばあちゃんの声。前と変わらない優しい声。
・・・あったかいです。
「ごめんよー。こんな早くから起こしちゃってねー。・・・なぜか解らないんだけどね、今、令菜ちゃんに電話をかけなくちゃいけない気がしたんだよ・・・・。なんだろうねぇ?」
おばあちゃんはそう不思議な言葉を残し、次にこう言いました。
「お母さんから聞いたよー、令菜ちゃん、学校の友達に苛められてるんだってねぇ」
お母さんがさっき言ったんだ・・・・。一番知られたくない人だったのに。
そして、おばあちゃんはこう言いました。

「負けちゃ駄目だよ」

「令菜ちゃんは純粋で優しいから、他の子とはどうしても違う光が出ちゃうんだよ。大人になりきれていないまだ子供の優しい光がねぇ。でも決して悪い光なんかじゃないよ。誰にも負けない、誰にも手に入る事ができない素晴らしい物を持っているんだよ」
「だから負けちゃいけないよ。あんたは本当は強い子なんだから、もっと自分に自信をもって勇気を持つんだよ」

涙が溢れ出てきました。次から次へと流れ落ちてきます。
こんなに優しくて、私を励ましてくれる人なんてずっといなかった・・・・。
心の緊張が少しづつ溶けていく気分です。

「おばあ・・ちゃん。ごめんねー、ごめんねー。おばあちゃんからもらった財布とられちゃったんだよー。凄く大切にしてた宝物だったのに・・・」

「いいんだよー。物はいくらだって作れるんだよ、大事なのはお前自身なんだから。・・・・小さな勇気でいい、最初が始まればいくらだって勇気が湧いて出てくるんだよ」
「・・・・・」
「頑張ってみなさい、令菜ちゃん。・・・この世界は令菜ちゃんが考えているものより、ずっとずっと単純で解りやすいんだからね」

おばあちゃんは、それだけ言うと電話を切りました。
私はしばらく受話器を離す事ができませんでした。
溢れ出る涙を拭う事もできず、ただ呆然と立ち尽くしていました。
・・・・・・・小さな勇気でいいんだよ。
おばあちゃんの言葉が胸に響きました。


今日は、学校へ行ってみる事にしました・・・・・・。



何となく、気分が高まっていたので今日は学校に早く来てしまいました。
いつもはギリギリの時間まで教室に入らないのだけど、今日は一番のりです。
・・・・・と、思っていたら、もうすでに一人来ているようです。
その子は私の顔を見るなり明らかに嫌そうな顔をしています。

・・・・・・小さな勇気。

私は大きく深呼吸をしました。
気持ちを整えて、もう一度ゆっくりと息を吸い込みます。

「・・・・おはよう」

足が震えるほど緊張しながら、私はその子に向かってそれだけ言いました。
顔が真っ赤になって、それだけで恥ずかしかったです。
「・・・!!」
すると、その子もまた驚いた表情をし、私と同じくらい顔を真っ赤にしたんです。
そして一瞬だけ頭をペコリと下げ、逃げるように教室からいなくなってしまいました。



『この世界は、令菜ちゃんが考えているものより、ずっとずっと単純で解りやすいんだからね・・・』



・・・・・なぜか知らないけど、笑いが止まらなくなりました。


・・そうなのかもしれない。
私はずっとずっと人は怖くて、私よりもずっと強いって思ってた。
けど、今の子は私と同じ顔をして・・・・私から逃げた。

あはは・・・・。何だろう、本当に嬉しいや。
へんなの。
でも、凄く気持ちいいな。



6月10日水曜日(曇り)



今日も学校へ行きました。
不思議なほど学校へ行くという行為が不安でも恐怖でもなく、むしろ当たり前な感じです。

教室に入ると、クラスの子達が面白そうに私を見て笑っていました
何となく何をやられたのかは見当がついたので、私は特に表情を見せず自分の机へと真っ直ぐに進みました。
自分の机を見ると、机の上には菊が一輪だけさしてある花瓶が置いてありました。
「あれ? 生きてたのー?」「死んだと思ってたよー」「もしかしたら、幽霊?」
色々な雑音が聞こえてきました。
「・・・・・」
いつもの私なら泣きながら逃げ出しているはずでした。
クラスの子達もそうなる事を何よりも望んでいたと思う。
だけどこの時の私はむしろため息が出るほど呆れていました。
だって・・・。
一人だと私から逃げるのに、集団になると皆で私をオモチャにする・・・。
この人たちは、弱いから私を苛める事で自分が優位に立っていると思わせているんだって思ったの。


私は机に置かれている花瓶を手に持ちました。
そして、ゆっくりと自分の頭の上まで持ち上げると、それを勢いよく地面へと叩きつけてみました。
大きな音とともに、花瓶が粉々になり水が辺りに飛び散りました。
その瞬間、一瞬だけ教室の中が静かになりました。皆私の意外な行動を見て絶句してしまったみたいです。

無言で机に座った私に、誰も声をかける人はいませんでした。
すぐ先生が来て、割れた花瓶を他の子達に掃除させていました。

・・・少し、ざまーみろです。



6月11日木曜日(晴れ)



朝、学校へ行くと下駄箱に手紙が入っていました。
雑で読みにくい字だったけど、何とか読めました。
『一階女子トイレにきてください』
この手紙は誰が書いて、誰が下駄箱に入れたのかは見当がつきます。
昨日の事だけで苛めがなくなる訳がない、むしろクラスの子達は今までよりも私を苛めようとやる気になっている筈です。
・・・・・・・・・・・・ここでもし私が逃げたら?
そんな考えが一瞬だけ浮かびました。
でもすぐにそんな感情振り払って、私は勇気を出して女子トイレに行く事にしました。

勿論、苛められるためではなく、戦うためにです。


・・・本当に不思議、以前の私だったらこんな事絶対に考えたりしなかったのに。



女子トイレに行くと、5人のクラスの子が私を待っていました。
その中には、前に挨拶した子や割れた花瓶を掃除をした子達も混ざっていました。
皆、とても怒った表情をしています。
クラスの子の一人は荒い口調でこう言います。「あんた、最近調子にのってるみたいね」
「自分の立場ってもんをわきまえてるの? あんたは便所よ!! 便所は便所らしく大人しく黙って言う事だけ聞いてればいいのよ!!!」
そして、バケツの中にたっぷりと入っていた水を私に向かって思い切りかけました。
皆とても楽しそうに笑ってます。
「便所さん便所さん、汚いゴミは水で綺麗に流しましょうねー。」
「この便所よっぽど汚いみたい、一回流したぐらいじゃ全然綺麗にならないねー」
「うわ、くっさーい!! 最悪ー!!」

様々な笑い声が、トイレ中を飛び交いました。
髪の毛からポタポタとたれる冷たい水を私は決して振り払う事なく、ただじっとその子達の言葉を聞いていました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はっきり言って、腹が立ちました。

今まで恐いとか、不安とか、悲しいとか。
そういう感情ばかりでした。
でも、今日は腹が立ちました。
「・・・・・・・・」


言いたい事はもう決まっています。


「別にいいよ」
私は強く拳を握りしめ、その子達を思い切り睨みます。
「水をかけたいならかければいい・・・、 殴りたいならなぐったっていい・・・その変わり」
私は、これまで出した事がないくらいの大声で言ってやりました。
「私はもうあなた達の言う事も聞かないし、泣いたりもしない!! 逃げもしない!!!水をかければ水をかけてやるし、殴ったら殴り返してやるから、それでも苛めたいんなら、苛めれば!!!」

私は勢いよくバケツを持っている子のバケツを奪い、すぐ近くにあった水道から水を入れました。
そして、その子達をもう一度睨みます。
「便所はあなた達よ!! 汚い便所は洗い流さないとね!!」
思いっきり、水をかけてやりました。


その子達は私の信じられない行動に悲鳴をあげています。
そして、もう一度水をくんでいる私の姿を見て慌ててどこかへ逃げてしまいました。



「・・・・・はは」
辺りが、静かになりました・・・。

足がガタガタと震えていて、それがなぜか笑えます。
手を見ると、手も震えてるみたいです。
体中から不思議なほど緊張が抜けていき、このまま倒れてしまいそうな気分でした。
「おばあ・・ちゃん」無意識にこの言葉が出ました。
この光景を、もし誰かが見ていたのなら真っ先におばあちゃんに教えてほしいです。


言ったよ・・・おばあちゃん。言いたい事をちゃんと言ったよ。
このまま、これで私の苛めが無くなるとは思わないけど。
けど・・・・・・私には戦える勇気があるのだから・・・・。



大丈夫。



6月12日金曜日(雨)



最近の私は、まるで自分が自分ではないような感じ。
変わろうと思えば、どんな事だって出来てしまいそうな気分です。


今日私は、学校の帰りにファッション雑誌というものをコンビニで買いました。
こういう本は私とは無縁でどれも似合うものなどないって、素通りばかりしていたけど何だか、今なら変われるような気がしたんです。
そして眼鏡屋さんに行き、今までの分厚い眼鏡をコンタクトに変えてもらいました。
店員さんに「あなたは眼鏡は似合わなかったみたいですね」そう関心したように言われました。

家に帰ると、今まで後ろに一つだけ縛っていた髪をためしに下げてみました。
そして、瞳が隠れそうなくらい伸びていた前髪を思い切って短く切ってみました。



鏡を見ました。
何だか、自分の顔を真っ直ぐと見たのは久しぶりのような気がします。
私ってこんな顔してたんだっけ? 前はもっと泣きそうな顔してたような気がするんだけどなー・・・。
いつから変わったんだろう?




ああそうだ・・・・、あの日から変わったんだっけ?


・・・・・・『闇の扉』という本に願いをかけてから、私は変わり始めたんだ。



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