藤田 令菜の日記-逃亡編-
6月1日月曜日(晴れ) 私には何の取り柄もありません。 いくら頑張っても良い成績なんて取れないし、スポーツだって全然できない・・・。 見た目にも自信がないし性格もおとなしくて優柔不断。 クラスの皆は私を見るとイライラすると言います。 イライラするから学校に来ないでくださいって言われた事もあります。 誰も私と話をしたがらないし、誰も私と目を合わせようともしません。 席替えで私の隣になった人は皆泣きだしてしまいます。 私が汚いからだそうです・・・。 ちゃんと毎日お風呂に入ってるし服だって新しいのを着てるのに・・・ 6月2日火曜日(雨) お昼休みになるとクラスの女の子達が私の周りに集まってきました。 色々な食べ物が書いてあるメモ用紙を私に渡すと「悪いけど、買ってきてくれる?」 そう私に笑顔で言いました。 私はその子達が怖かったので、「いいよ」と笑顔で言いました。 お金はくれないみたいです・・・。 私は短い休み時間に間に合わせるために、息が切れるくらいの勢いで学校の外に走りました。 ・・・おにぎり、傘、テッシュ、ジュース、漫画本、口紅、たばこ、ライター、お酒。 走り回ってようやく全部買ってきました・・・。 でも時間内には間に合いませんでした。 慌てて教室に戻ると、もう数学の授業が始まっていました。 先生が「どうした、藤田。今までどこ行ってた」と少し怖い口調で私に問いかけました。 「・・・・」私は怖くて何も言えなくなってしまいました。 するとクラスの子の一人が「藤田さん、昼休み中に学校の外に出て買い物してたみたいですよー。」って言ったんです。 皆がニヤニヤと笑ってます。皆、知ってるみたいです。 先生に怒られました・・・・。 そして買ってきた物全部を取り上げられてしまいました。 ・・・・・・・・・・・買ってきた中身も見られるかもしれません。 6月3日水曜日(晴れ) 昨日、雨の中を走り回ったので何となく風邪気味です。 今日は学校に両親が呼び出されました。 昨日、買い物した中に入っていた煙草やお酒が問題になったからです。 「どうしてあんな物を買ってきたんだ? 誰かに何か言われたんじゃないか?」 両親と先生が私を板挟みにして問いただしてきます。 昨日のあまりに不自然な生徒達の様子を見て、どうやら私が苛められているんじゃないかと疑惑をもったようです。 だけど・・・。 本当の事を言いたいのに口が震えてなかなか言葉になってくれません。 心の中では「クラスの子達に頼まれて買ったんだよ」って言ってるのに実際の声となってくれません。 私のあまりに怯えた状態を見て、話し合いはまた後日という事になりました・・・・。 両親も先生も私を見て呆れています。 「昔はもう少し活発な子供だったのに・・・」そんな声が聞こえました。 ・・・何だか、本当に独りぼっちになってしまった気分です。 とても寂しいです。 寂しいので、自分の部屋に戻ると真っ先にテレビをつけました。 とりあえず音だけ聞こえてれば安心するのでニュースにしておきました。 ・・・とある男の特集をやっていました。 29歳にして一代で大会社を築きあげた社長の特集です。 世界は今、この会社はなくてはならない存在であり、会社もこの男がいなくては成り立たない存在・・・。 不可能を・・・現実とする男。 茂原 直樹。 外を見ました。 大きくて立派なビルが見えました。 知らなかった、あの大きな会社がこんなに若い一人の男性だけで作られたなんて・・・・・。 どんな人なんだろう・・・。 きっと、私が想像も出来ないほど凄い人なんだろうな。 少しだけ、ファンになってしまいました。 6月4日木曜日(晴れ) 今日、朝学校へ登校すると自分の机の椅子が無くなっていました。 教室中どこを探しても見つかりません。 困り果てていると、自分の背後から笑い声が聞こえてきました。 「ねえ、藤田さん。さっき男子が騒いでたわよ。男子トイレに椅子があるんですって」 それを聞いた私は勇気を振り絞って男子トイレに入ってみました。 幸い誰もいなくトイレの中は静まり返っていました。トイレの扉を一個づつ開けて探していると一番奥に壊れた椅子が落ちていました。 泣きたい衝動を必死におさえました。 教室に戻ると、クラスの皆は私を注目していました。 「便所コオロギが来たぞ!!」と一人の男子が叫びました。 「覗き魔だ!あいつ男子トイレ覗いてたんだぜ!」とも聞こえました。 私は怖くなってすぐに教室から逃げだしました。 すると、クラスの数人の男子が私を面白そうに追いかけてきます。 ・・・・私は必死になって逃げました。 涙で前がよく見えなくなっても、ただ走りました。 「っ!!」 けど、途中で髪の毛を鷲掴みにされて後ろに思いきり転びました。 「気持ち悪りぃ!! 便所の髪さわっちまったよ!!」男子はそう言うと手を洗いにどこかへ消えてしまいました。 学校、もういきたくない・・・・ 6月5日金曜日(曇り) 休み時間、いつものように本を読んでいると不意にクラスの女の子達が話している内容が聞こえてきました。 「茂原直樹さんて素敵よねー、あんなにカッコいいのに独身主義なんですって」 どうやら例の大会社の社長の話をしているようです。 茂原直樹さんは若い子の間でもかなり人気があるみたいです。 クールな雰囲気を漂わせて、完璧主義な所が人々の間で憧れられているようです。 「でもー、何かあの人、女嫌いらしーよー。昔、母親に暴力とかされてたみたいで」 ・・・意外な事を聞いてしまった。 あんな完璧で、何も努力なんてしないで才能を発揮できるような人がそんな過去を持っているなんて。 私も、もっと成長したら幸せになれるのかなー? 少し・・・勇気が湧いてきました。 6月6日土曜日(雨) 学校に登校すると、門の前でクラスの女の子達が私を待っていました。 女の子達は私を見るなり「悪いけどさー、お金かしてくれない?」それだけ言いました。 私がどうして?って聞くと、彼女たちは酷く怒りだしました。 「うっさいわねー!! 便所は何も喋らないで大人しく渡せばいいのよ!!」 その、とても怖い迫力に私は思わずお金を渡してしまいました。 財布の中身には二万円入っていて、そのうちの一万円だけ渡そうとしたんだけど財布ごと持っていかれてしまいました。 ・・・あの財布は、去年の誕生日プレゼントにおばあちゃんに買ってもらったのに・・・。 凄く悔しくなりました。 だから今日は思い切って向きを変え、学校を休む事にしました。 ・・・学校なんて嫌い。 皆が学校にいるのに、私だけ町の中を一人で歩いています。 何だか久しぶりに、不思議なほど解放された気分になりました。やっと、深呼吸できたって感じです。 後で両親に怒られてもそんな事関係ない、クラスの子に何を言われたって関係ない、何だかいつもより、気が大きくなってる感じです。 町の商店街の中を歩き回って店を見てまわりました。お金は無いけど、その変わり店員さんに無理やり勧められて買う事もなくかえって楽しいです。 電気屋さんの前を通りました。大きなテレビが何個も置いてあって、そのテレビは全部茂原直樹さんを映していました。 どうやら、茂原さんはCMにも出演しているみたいです。 ・・・茂原直樹さんは、何でも可能にしてしまうんだ。 不可能を可能にする男・・・・・か。 まるで私とは正反対の人。絶対に私なんかじゃ手の届かない人。 きっと、本物を見る事さえも許されない。 こうやってテレビの中から見ている事しかできないんだ・・・・・。 ・・・・・・・・・・・・・・・・ちりん。 不思議な音が聞こえました。 私はテレビの画面から目を逸らし、その方向を見てみました。 『願い書店』 そう書かれた小さなお店がありました。 こんな店、前にはなかったような不思議な感じがしたんだけど、何となくその店の名前が気になってお店の中に入ってみました。 ・・・・・・・・ちりん。 扉を開けると音が聞こえました。 どうやらさっきの音は扉についている鈴の音だったみたいです。 店の中はとても古い雰囲気のする、少し薄汚れた本屋さんでした。 見た事もない大きな本がたくさん並んでいて、一番上の本なんかずーっと上の方にあって全然届きません。 何となくひと通り本の題名だけを見て、ふと一冊の本で興味が沸きました。 『闇の扉』 どういう意味だろう? 私はそれだけの疑問でその本を手にしてみました。 本を開いてみました。 『あなたの願望、命と引き換えに叶えてみませんか?』 本の1ページ目にはそう書いてありました。 そして、2ページ目を見ようとしたその時「いらっしゃい、お嬢さん。その本がお気に入りで?」 不思議な雰囲気を持った一人の男性が私の背後に立っていました。 どうやらこの店の主人のようです。「その本は、君の最も願う事を叶えてくれる本だよ」そう彼が言いました。もちろん、そんな話信じられる訳ないので私は引きつりながらも笑顔を作りこう言いました。 「あの・・でも私今日はお金持ってこなかったから・・」 正直にいらないと言えばいいんだけど、そんな事言える訳ないので一番もっともな事を言った。実際本当の事だし・・・。 すると彼は笑顔を返し「ああ、気に入ってくれたんなら持ってって構わないよ」 私は思わず、え?、と返すと彼は「お金なんていらないよ。その変わり、その本に書いてある約束だけを守ってくれるのならね・・・」 よく分からないけど、本をもらってしまいました。 ・・・・今度ゆっくり読んでみようと思います。 6月7日日曜日(晴れ) 今日は日曜日なので学校はお休みです。久しぶりに何も考えなくていい一日が過ごせるのかと喜んでいたら、両親に居間に来るように呼ばれました。 何を言われるのかは何となく解りました。 私が嫌々居間に行くと、そこには父と母がそろって座って待っています。 母は言いました。「今朝、先生から電話があったのよ。令菜、あなた昨日学校に行ってないんですって?」 思った通りの言葉を母に言われ、私は俯いてしまいました。 父は言いました。「全くおまえは!! どうしてそうやっていつもいつも問題ばかり起こすんだ!! 先生に迷惑がかかるだろう!!」 母が言います。「どうせ、また誰かに苛められているんでしょう? 令菜はそうやっていつも逃げてばっかり。そんなんじゃ、一生苛められるわよ!!」 父が言います。「だいたい、母さんが小さい時に令菜を甘やかすからいけなかったんだ!俺はもっと活発な子になるように、色々な事をさせろって言っただろう!!」 母が言います。「令菜がこんな子に育ったのは私のせいだって言うの!! あなたこそ、令菜には好きな事をさせなさいって言ったじゃない!! ほしがる物なんでも買ってあげちゃって、だから我が儘になったのよ!!」 父が言います。「なんだと!! じゃあ母さんは何も悪くないっていうのか!! おまえが生んだ子供だろう!!ちゃんと最後まで責任もて!!」 「私一人で生んだ子供じゃないわ!!! だいたい私はあんなに子供はいらないって言ってたのに!!」 「俺は無理に頼んだ覚えはないぞ!」 「いいえ、私は生みたくもない子を生んだのよ!! そもそも、あなたなんかの子供だからろくな子に育たなかったのよ!!」 「おまえこそ、何か問題があったんじゃないか?俺の子だったらもっと頭がよくて立派な子に育つはずだ!!」 「あなたこそ・・・」 二人の言い合いが延々と続きました・・・・・・。 頭が痛くなってきて、途中から何を言っているのか解らなくなってきました。 やっと、居間から開放されて私は真っ直ぐ玄関に向かい外へ飛び出しました。 大きく深呼吸を一度すると、家と学校の全く反対の方向に走りました。 こぼれてくる涙を拭いながら一生懸命走ります。少しづつ遠ざかるにつれて気分が楽になっていきました。 重たい、私の存在空間がないあの場所から開放されていきました・・・。 もう大丈夫だろうと思い、走る足を止めました。その時・・・・。 「藤田さん?」突然の自分を呼ぶ声に、声が出そうになるくらい驚きました。 突然声をかけられた事だけじゃなく、その声の人物に恐怖を感じたからです。 「ああ、やっぱり藤田さんだ。昨日は学校休んだよね。なんで来なかったの?」 振り向くと、そこには思った通りクラスの子達がいました。 「具合が・・悪かったから」私のその答えに、「ええ? だって昨日門の所にいたじゃん、もしかして学校サボったの?」「藤田さんも学校サボる時あるんだねー」「あはは! きっと私達の顔みたくなかったんだよねー! 金あげたくないんだってさ!!」 私は一歩づつ後ろへ、後ろへと下がります。 「藤田さん、どこいくのー? せっかくなんだから一緒に遊ぼうよー」「ねーねー、万引きやってみせて」「何かさー、おごってよ」「なぐらせて」 私は逃げました。 遠くの方から、クラスの子達の恐ろしい怒鳴り声が聞こえてきます。 もうやだ!! もういやだよー!! 私の居場所はここにもない・・・。 私はどこにいけばいいの? ふと・・・・、昨日もらった本の事を思い出しました。 『あなたの願望、命と引き換えに叶えてみませんか?』 明日は学校を休む事にしました・・・・・・・・。 6月8日月曜日(雨) 雨の音がザーザー聞こえてきます。 降ったり止んだりして、まるで私の心境のよう。 心が壊れそうなくらいグラグラ不安定で、生きているのが辛いです。 今日は具合が悪いと嘘をつき学校を休んでしまいました。 嘘だって事は母も解っていたと思うけど、特に何もいいませんでした。 きっと私を諦めてしまったのかもしれません。 ・・・・・・今回だけじゃない。私は母の言っていた通り、生まれてからずっとずっと逃げてばかり。逃げる生活が当たり前になってしまった・・・・。 きっと母も父も疲れてしまったんだ。 私という、どうしようもない人間に。 目の前に置いてある本を見つめました。青い色をしていて、真ん中に不思議なマークがついています。薄くて軽い本です。 題名は『闇の扉』 願い書店という不思議な名前のお店でもらった本です。 別にあの店の主人が言った言葉を信じた訳じゃないけど、私はこの本に最後の希望を託している。 ・・・・・・・あはは、ついにおかしくなっちゃったのかな。 私はあきれ顔で1ページ目をめくってみました。 『あなたの願望、命と引き換えに叶えてみませんか?』 この前、読んだ通りの言葉が書いてありました。 ・・・・・・命。 私にとって、自分の命というのはそんなに大きな物でも大切な大事な物でもない。 ただ機械のように動いていて、いつ止まっても別に何の後悔もない。 むしろ楽に死ねるのなら、いっその事今すぐにでも死んでしまいたい気分です。 次のページを開いてみました。 『ご心配にはおよびません。十分に満足いただけるサービスを提供させていただきます』 『もし、このサービスをご利用頂けるのでしたら、次のページに願いごとを一つだけお書きください。その変わり、書いて頂いた願いを終了した時点であなたの命を料金としてお支払いお願いします。なお、一度書いてしまった願いごとは消す事ができないのでご注意を・・・』 私は震える鼓動を抑えながら次のページをめくってみました。 そこには、真っ白でただ四角い枠線のみが書かれていました。 ここに願いごとを書けば、命と引き換えに願いが叶う? ・・・・まさかそんな事が。 私はペンを取りました。 別に信じた訳じゃないのだけど、もし・・・もしこれが本当なら、私の願いを叶えてほしい。 自分が変われるのなら、命なんてなくなっても何の後悔もしない。 どうしようもない、誰にも救いようがない私を変えてほしい・・・・。 呼吸のできる私の居場所がほしい。 逃げなくてもいいくらい強くなりたい。 自分に自信がつく、何かがほしい。 色々な言葉が私の頭の中をぐるぐるとまわっています。願いがありすぎて、何を書いたらいいのか解らなくなってきました。 ・・・でも、どの願いも本当は同じなんだ。 窓の外を見ると、あの大きなビルが見えました。 ・・・・・あのビルの中に、茂原直樹さんがいる・・・・・・・。 決して不可能などありえない、完璧な人。 不可能を可能という言葉に変えてしまう、不思議な人。 私はもう一度ペンを取りました。そして・・・・。 『茂原直樹さんが、憧れるような女性になりたい』 きっと、茂原直樹さんが憧れる女性は素晴らしいはずです。 完璧で何事にも揺るがない、素晴らしい女性のはず・・・。 そして、この願いが今私が一番望んでいる事だと思います。 全部書き終え、最後に自分の名前を書きました。 そして、ドキドキしながら次のページをめくると、そこには真っ白で何も書かれていませんでした。 少しガッカリしました。 次に、自分の姿を映しに鏡に向かいました。 けど、何も変わっていないようです・・・・・・・。 数学や国語の教科書を見ても、解らない問題ばかり。 ・・・・・・・・・やっぱり、あの本は嘘だったみたいです。 馬鹿らしくなったので、今日は早く寝ます。 |