*****渡辺みゆきの記録*****



『生きる。生きる。生きる。

あの時の私は、必死に生きるという意味を探していました。
生きるという事は自由に飛びまわれる事?
生きるというのは、笑う事?
解らない。
けど、一つだけ解った不安。
それは・・・。
もし私が治ってしまったら、彼が私の前から消えてしまうのではないか?

それだけが、私の恐怖でした』



***3月13日雨***


翌日。
彼は私を不思議な場所へ連れていきました。とても暗くじめじめした階段を下り、重たそうな扉をゆっくりと開ける。するとそこには黒い空間がありました。
まるで吸い込まれて行きそうなほどに真っ黒で、何だかとても恐かったです。
「・・・・・」
私は不安に思い、彼の方へと視線を向けると、彼はある場所を真っ直ぐと見つめていました。
何だろうと思って私も彼の視線の方向を見ると、そこには黒いローブを被った人が立っていました。男性なのか、女性なのかは解らない。けど、それは人の形をしている生き物だという事は解りました。だけどなぜかそれを人と認めてはいけないような気がした。人の形をしている、人ではない何かのような気がしてならなかった・・・。とても嫌な予感を感じました。
彼は言います。「この人が、君を治せるかもしれない人だよ」
「みゆきの不安な気持ちは解る。けど・・・、決断する前にこの人の話を聞いてくれないか?」
彼の表情はとても不安に満ちていました。私の手を握りしめ、どうしようもないくらいの思いを一生懸命隠そうとしていました。

『約束だよ・・、彼女と二人きりにさせてくれないか?』

ふいに黒い人が言葉を発しました。
とても人間の声とは思えない、暗い闇の中から発せられるような奇妙な声。

『心配はいらない。まだ・・・その時は来ていない』

彼はしばし思いつめるような表情で黒い人を見つめ、私を優しい瞳で見ました。
「大丈夫、少し話しを聞くだけだから。俺もすぐ扉の向こうにいるから安心して」
私は心の中で何度も行かないでって叫びました。
だって恐かったから。
彼がいなくなってしまう事も、この暗闇も、この黒い人も皆恐い。
「・・・・・」
だけど・・・、彼は入ってきた扉をもう一度開け外へと出ていってしまいました。



「・・・・・・」
私は彼が出て行ってしまった方向をしばらく見つめ、やがて諦めたように黒い人の方へと視線を向けました。
息がつまるほどの沈黙が、とても辛かったです。
なぜ彼がこんな奇妙な人と交流を持ったのだろう?
考えて見ればおかしい事だらけ。
この黒い人も、この場所も、手術の事だって。
手術で私の体が治るなんて聞いた事もないし、そんな奇跡のような事あるはずがない・・・。
なせ彼は黒い人を信用してしまったの?

私は次々と湧き出る疑問を振り払い、もう一度黒い人を見つめました。
すると黒い人は口を開きました。
『お嬢さん、お初にお目にかかります・・・。いや、二度目だったかな?』
二度目?
私には黒い人の言っている言葉が解りませんでした。こんな人、会った事だって見た事もない。絶対に初対面のはずなのに・・・。
「・・・・・」
困惑する私を見て、黒い人は微かに笑いました。
『これは失礼。彼には念を押されていたのに、つい余計な事を言ってしまう。今の言葉は気にしないでくれ・・・説明するのも理解させるのも面倒だからな』
そう言いながら、黒い人は私の元へとゆっくりと近づいて来ました。

『さて・・・君が再び疑問を考える前に、本題へと入ろうか』

『すでに話は聞いていると思うが、君は私の手術によって以前と何も変わらない姿に戻る事ができるかもしれない。こんな言葉を君がすぐに信じられるとは思ってはいない・・。が、これは君の最後のチャンスでもあるんだよ』
黒い人はゆっくりと私の周りを歩きならが言います。
『なぁに、金なんていらない。私は言わば裏の医師だからね。色々と表じゃできない治療を試してみたいんだ。つまり・・・君には、実験台になってほしいんだよ』
そうはっきりと黒い人は言いました。
驚いたように黒い人を見つめる私を見て、笑います。
『そんな目で見つめるな、憎しみは私に向けるべきじゃない。むしろ・・・・、自分自身じゃないか?この運命をあえて選んだ君自信じゃないのか?』
まるで私の今までの過去をすべて知っているかのように・・・。
いえ、この人はすべてを知っている?
なぜなのか解らないけど、私の過去も思いも迷いも憎しみもすべて知っているような気がしました。

『知っているよ・・・』

私ははっとしたように黒い人を見ました。
『知っている、だからこそ君達を助けてあげたいんだ。この永遠の時から抜け出す、最もな方法を提供してあげたいんだ』
私の心を読んだ?
まさか、そんな事ができる訳ない。そんな事がありえない!
『く、くく。面白い反応だねぇ』
黒い人は腹を抱えて笑い出しました。恐ろしい声で笑う黒い人は・・・そう、まるで死神のようでした。怖い・・・この人、怖いよ・・・・・・・。
『私を死神だと? くく・・・面白い。まさかおまえからその言葉が聞けるとはな。人は面白い、実に面白い。これほど馬鹿で単純な動物は他にはない!』
黒い人は瞳を怪しく細めた。
『そして、試してみたくもなった。人の理解できないほどの溢れる感情とやらの真実をな・・・無駄でゴミのような感情というものをな』
彼は再び私の元へと近寄り、三本の指を立てました。
『三年だ』
「・・・・?」
『金はタダと言ったが、私のような者がそう楽に自由にしてやれると思われては困るな・・・』
黒い人はもう一度にやりと笑う。
『この手術は完璧ではない。手術の成功確立は30%。そして・・・万が一成功したとしても、生きられる時間は3年だ』

黒い人の信じられない言葉に、頭が真っ白になりました。
さん・・・ね・・ん?

『この手術は、3年を残したおまえのすべての命を使わなければいけない。つまり・・・、一生分のエネルギーを3年間の中に押し込むんだ』

私に選べと言うの?
永遠か・・・一瞬か。
それとも死?

「・・・・・」
私ははっとした。
黒い人の言葉に思わず引き込まれそうになった心を振り払った。そんな事ない。そんな事がある筈がない! だいたいこんな治療があるはずがない。こんな事が出来るはずがない! 嘘だ! この人は嘘を言っているんだ! こんな男の話を信じちゃいけない!
そう自分の心に必死に言い聞かせました。
『・・・嘘?』
黒い人は再び私の心を読んでいるかのように、言葉を返しました。
『ふん。まだ私の力を認めないのか? だから面倒なんだ、人間という生き物はくだらない常識とやらでそれ以外の存在は認めようともしない。馬鹿な奴らだ』
そう言いながら、黒い人は私の額に手をあてた。
『私は面倒は嫌いだ。・・・余計な手間はなしだ』
そして黒い人は私からゆっくりと手を離す・・・。

その瞬間。

なぜか・・・私は黒い人は嘘はついていないと思ったんです。
黒い人は真実のみを言っている。
私は黒い人の言葉を信じなければいけないと思いました。
・・・・なぜ?
『悪いがおまえの心を少し書き換えさせてもらったよ』
黒い人の言っている意味が理解出来ませんでした。
だけど私は今、黒い人の言葉を信じています。

あの時の・・・・・そう、黒い手紙が届いた時のように。

黒い人は怪しげな笑みを浮かべた。
『さて、話を戻そうか・・・。この手術の危険性に関してある程度はあの男にも話しておいたが、すべては話していない。彼がすべてを聞けばきっと反対するだろうからな』
『・・・だが君ならば考えると思った。永遠とは長いからな・・・。特に君の永遠は通常の人の何倍にも長く感じられるだろう・・。そして彼もまた同様だ』
黒い人は私の耳元に囁くように言いました。
『このまま永久に彼の負担になり続ける気か? 彼の偽りの笑顔を信じ続けるのか? 憧れだけを幸福に外を見続けるのか?』
「・・・・・」
今まで考えようとしなかった事、考えたくもなかった事。
黒い人は私の心を痛いくらいに見ていました。
聞きたくない・・・。聞きたくない!!



だって、たった三年・・・・だよ?

『そうだ、三年だ。だが生きている実感がある。誰よりもどんな生き物よりも生きている意味がある、存在しようとする思いがある、一秒でも無駄にしようとしない、人間という意味を理解しようとするとても重要な時間だ・・・』






黒い人は最後にこう言いました。

『決断は君の自由だよ。決して振り返る事のない決断をしてくれ・・・』

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