*****山崎正樹の手紙2枚目*****



みゆきと生活してほぼ一ヶ月がたった頃だった。
俺の元に、再び黒い手紙が届いた。
俺は最初、この手紙を開けるべきかどうか酷く悩んだ。そもそも俺が事故に合いそうなったのはこの手紙が原因だ。この手紙さえあの日に届かなかったら、俺はみゆきの元へ行こうとはしなかった。
だいたい、この黒い手紙は誰が何のために送って来ているんだ?
様々な疑問が俺の頭の中で浮かび、その度に手紙の中身が気になる・・・。

そして・・・結局、俺はもう一度黒い手紙を開けてしまったんだ。

『お久しぶりです。元気でお過ごしでしょうか?
先日は突然の無礼な手紙、誠に申し訳ございませんでした。
・・・お陰様で私は楽しい物を見させてもらいました。
おっと、こんな事を言ったらあなたに怒られてしまうかもしれませんね。お詫びと言って何ですが、私の元に来てはいただけないでしょうか? もしかしたら、あなたの彼女が治るかもしれませんよ。○△市××158-8。黒い手紙より』

またしても訳の解らない手紙だった。まるで俺達に起こっている事すべて知っているかのような俺達を嘲笑う手紙だった。
俺は手紙を読み終わった瞬間、その手紙を勢いよく破り捨てた。
楽しい物? 俺達を何だと思っているんだ! 俺達はこいつの玩具か?
しかしそう思った瞬間、俺はもう一つの言葉を思っていた。
彼女が治る? そんな事がある筈ないじゃないか! 嘘に決まっている!!
俺は酷く困惑した。怒りの反面黒い手紙の言葉が気になってどうしようもない自分がいる。嘘だと自分の心に強く言い聞かせても、その瞬間にもし本当だったら? という言葉が湧き上がってくる。

悩んで悩んで悩んで、俺はついに決心した。
黒い手紙の元へ行く事を・・・・。


住所が書いてあった場所へと行くと、そこは想像していた場所よりずっと賑やかな商店街だった。もっと暗い裏路地のような場所を想像していたが、どうやら俺の勝手な思い込みだったらしい。最初探すのに苦労した。誰に聞いてもそんな場所知らないと言われ、何人かにはそこは空き地だと言われた。
やはり、ただの悪戯な手紙だったのだろうか?
一日中歩いて歩いて、歩き疲れて俺は不意に足を止めた。
そして大きく溜息をつき、顔を上げた。

その瞬間俺は自分の目を疑った。

今までなぜ気づかなかったのだろう? 自分の目の前に真っ黒などうみても他の店とは異なる奇妙な建物があった。
おかしい・・・ さっきは何度見てもここは空き地だったはずなのに。
いや、気のせいだったのか?
とにかく、俺はここが黒い手紙が住む場所だと確信した。高鳴る心臓を抑え、俺はゆっくりとその扉を開けた。商店街の真ん中にあるとは思えないほどのジメジメした階段を降り、黒い重たい扉をゆっくりと開けた。
中に入ると、そこは想像したもの以上の空間があった。
すべてが黒い恐ろしい空間だった。
そして、俺はその空間に立つ黒い布を被った人を見つけた・・・。
それが黒い手紙だった。
黒い手紙は俺が来た事を笑っているようだった。手紙の言葉とはまるで正反対の口調で、俺を見下すような言葉で挨拶をした。その声は地獄の底から湧き出るような恐ろしい声で思わず息を飲み込んでしまう恐ろしさだった・・。
そして俺は、一番こいつに聞きたかった事。みゆきが治るという事を真っ先に黒い手紙に尋ねた。すると黒い手紙はまた笑う。
『本当だ』
そう、黒い手紙は言ったんだ。どうやって? と俺が聞くと黒い手紙はその内容を詳しく俺に話してくれた。

黒い手紙はどうやら医者らしい。それも実験好きなおかしな奴で表でできないような手術をこうやって裏で、しかも無料で行っているらしい。
黒い手紙が行う手術は、メスなどを入れる普通の手術とは異なり人のエネルギーを使った奇跡に近い現象で人間を治すそうだ。
黒い手紙はこう言った。
『この治療の成功確立は30%だ。そして、おまえの命を使わなければいけない』
と・・・・。
この治療には患者のなるべく近くに存在する物のエネルギーを送りこまなければ治らないらしい。それも俺の3年を残したすべての命をだ。
最初、そんな言葉信じられなかった。いや信じたくはなかった。黒い手紙にも言った、そんな話が信じられる訳がないと。すると黒い手紙は初めて口元から笑みを止め、俺の頭に干からびた恐ろしい手を載せた。
その瞬間だった。
まるで吸い込まれるような不思議な感覚に襲われた・・・。
頭の中がグルグルと回り、突然俺は思ったんだ。
こいつの言っている事は本当だ と・・・。
どういう過程で俺がそう思ったのかは俺自身にも解らなかった。
ただ、黒い手紙が俺にそう思わせたんだって事は解った。

そして次に俺は酷く困惑した。
なぜなら二つの不安が出来てしまったからだ。一つは手術の成功確立は30%という不安。もう一つは俺の三年を残したすべての命を使わなければいけないという不安だった・・・。
三年だって? もし上手く行ったとしても俺はたった三年しか生きられないというのか? 俺は酷く悩んだ。悩んで悩んで、結局その日は決める事ができなかった。
俺はどうすればいい? みゆきを助けたい。みゆきを自由にしてあげたい。だけどもしかしたらみゆきを失ってしまうかもしれない、そしてもし手術に成功しても俺は三年しか生きる事ができない・・・。一度は手術の事を忘れようかと思った。すべてを無かった事にしようとも思ってしまった。

だが・・・、俺の悩みをすべて吹っ飛ばすような出来事が起こったんだ。

それは・・・、見てしまった・・・。彼女の大粒の涙を。浜辺で自由に遊ぶ子供達の姿を見て彼女は一人泣いていた。
俺はその時思ったんだ。
ああ・・・そうだよな、って。
俺は彼女を束縛する義務なんかない。そう、彼女にだって選択する義務はあるんだ。俺は彼女の意思に従おう。彼女がたとえ死の確立が高い手術だとしても、それでも受けると言うのならば俺はみゆきにこの命を捧げようって・・・。
彼女に捧げるのならば、俺は絶対に後悔なんてしないって確信したんだ。

俺は彼女に手術の事を話した。あえて、俺の命に関しての事だけは話さなかった。なぜなら彼女はとても優しいから、きっと無理をしてでも手術は受けないと決めてしまうに違いないからだ。
最初、彼女は俺の話をあまり信じてはいないようだった。だが、黒い手紙の元へと連れて行きみゆきと黒い手紙を二人っきりで話させてから彼女の顔色が変わった。きっと、あの時の俺と同じようにあいつは話したのだろう・・・。
なぜか不思議と信じさせてしまう、黒い手紙の言葉で。
きっと酷い事を言ったに違いない・・・、やっぱり二人きりになんてさせるんじゃなかった。
・・・だが、これが黒い手紙との約束だったんだ。
一度だけ、みゆきと二人きりで話す事がこの手術の条件だった。

翌日。俺はみゆきを海へと連れて行ってあげた。
悩んでいるみゆきの気分転換にと彼女には言ったが、本当は違う理由でここに連れて来た。
それは、彼女にプロポーズする事。
彼女と暮らし始めてから、俺はより一層彼女の事を愛してしまっていた。そして解ったんだ。俺はみゆきじゃないと駄目なんだって・・・。みゆきがいなければきっと俺はこれから先、一日だって生きていけない。
だが、このプロポーズは一種の賭けのような物だった。
彼女は俺の事を憎んでいる。彼女が俺を受け入れてくれるなんて、そんな奇跡のような事がある筈がない。
けど・・・それでもいいから、俺はその奇跡とやらに賭けてみたくなったんだ。

俺は勇気を振り絞って彼女に自分の思いをぶつけた。こんなにも人生で緊張した事があっただろうか? 頭の中が真っ白になって途中から自分でも何を言っているのか解らなくなってしまった。
でも・・・最後に言った言葉だけは覚えている。
「たとえ、この先の未来がどうなっていたとしても、
俺はみゆきの傍にいてもいいか?」
すると、彼女は優しい瞳で答えてくれた。
「いいよ・・・」と。


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