*****山崎正樹の手紙*****

あの日、俺はひどくイラついていた。明日は大事な結婚式だというのに、それでも自分を抑えきれないほどにイラだっていた・・・。
なぜ、こんなにも俺はイラついているのだろう？
俺は明日、結婚するんだぞ。それも相手は会社の社長令嬢だ。上手く行けば出世間違いなしの運命。俺の人生は、未来は明日ですべて約束されるんだ。

だが・・・、俺にはどうしても喜ぶ気になれない理由があった。

それは、昔から幼馴染だったみゆきの事が気にかかるからだ。友人からの話によると、彼女も明日結婚するらしい・・。その事を知った瞬間、俺は例えようがないほどの複雑な気持ちで、自分がどうにかなってしまいそうな気分になった。
・・・今まで押し隠していた自分の心を改めて知ってしまう。
みゆきをずっと好きだったという事を。
けど、俺はあの時言えなかった。卒業してもずっと一緒にいようって。
ずっと好きで、あまりにも近すぎて一番大切な事が言えなかった。
俺はいつだって後悔ばかり・・・。一番最後になって、あまりにも大切な事が見えてしまうどうしようもない男だ。
そしてきっと、また後悔で終わっていくんだ・・・。

そんな事を考えている時だった・・・。
俺は玄関のポストに入れられた一通の手紙の存在に気づいたんだ。
それは奇妙な黒い手紙だった。宛名も住所も書かれていない明らかに怪しい手紙だった。俺は不審に思いながらもその手紙を開けた。

『どうもお初にお目にかかります。
わたくし、黒い手紙と申します。実はあなたに愛する彼女の事でどうしてもお知らせしたい事がありましたので、こうやって手紙を送らせてもらいました。
今日、12時にあなたの彼女はとても大きな運命の選択をします。もし、今後あなたに用意された幸福を捨てる覚悟があるのならば、どうか・・・彼女の運命を見守っていてください。***黒い手紙より***』

この手紙を読み終わった瞬間、俺は呆れ返った。
運命？　幸福を捨てる？　思わず笑いが漏れるほどに馬鹿らしいと思った。
こんな悪戯な手紙信じる訳がない。きっと近所の誰かが悪さをしたのだろう・・。
ただの悪戯だ。
悪戯に違いない・・・。
そう・・・心から思っていたはずだった。

けど・・・、気が付いたら俺はみゆきの家のすぐ近くまで来ていた。
なぜって？　その理由はおかしなくらいに簡単な事だ。
・・・何でもよかったからだ。
信じるとか信じないとかじゃなく、みゆきと会うきっかけがほしかったからだ。
そう考えたら、また馬鹿らしくなってきた。彼女は明日結婚式だというのに俺が行ってどうする？　余計な混乱を招いて彼女に迷惑をかけるだけだ。
もう止めよう。諦めよう。・・・帰ろう。
俺はそう自分の心に言い聞かせ、重たい足を自分の家の方向へと向けた。

・・・その瞬間だった。

誰かに俺の名前を呼ばれた。
何度も何度も、その声は段々と近づいてきて、すぐに誰の声なのか解った。
みゆきだ！
俺は思わず彼女の名前を叫んだ！　なぜ彼女がここにいるのかも、なぜ彼女が俺の名前を叫んでいるのかも解らない、だけどあの時の俺はみゆきに会えるという事だけで頭がいっぱいだった。
みゆきに会える。みゆきに会えるんだ！
だが、俺の嬉しさとは裏腹に彼女は何かとても必死になっていた。俺の顔を見るなり、みゆきは自分の腕時計を見て焦るように俺の元まで駆け寄る。
そして、俺が声をかける暇もなく彼女は俺を強く突き飛ばしたんだ。
その時に彼女が言った言葉を今でもはっきりと覚えている・・・。
「私は大丈夫だよ」

私は・・・大丈夫？

そして。
彼女は俺の視界から消えてしまったんだ・・・。

俺はその時思った。
ああ・・・これの事だったんだって。
あの黒い手紙はこれを警告していたんだって。

みゆきは俺を守ってくれた。本当は俺が事故に合うはずだったのに、みゆきは俺の変わりにトラックにぶつかってしまった。
みゆきは奇跡的にも目を覚ました。だが・・・その姿は思わず目を塞ぎたいほどに痛々しかった。みゆきが目を覚ました時、瞳以外、何も動かないんだって知った時の彼女の瞳は今でも頭から離れない。絶望と悲しみが入り混じった、胸が張り裂けそうなほどに辛い彼女の涙。
俺はあの時に誓ったんだ。
これからのみゆきの未来は俺が守るんだって・・・。

それから俺達の奇妙な同棲生活は始まった。俺は婚約者ともきちんと別れて仕事は家で出来る仕事に変えてもらった。
不思議とこの暮らしは辛くなかった。もっと苦しいと思っていた、辛くて逃げ出したくなるような気分に襲われるのかと思っていた・・・。だけど俺は大丈夫だ。
なぜだろう？　彼女が傍にいるからかな？
みゆきはいつだって俺の帰りを待っている。俺の話を聞いてくれる。
俺だけはみゆきの言葉が解る・・・。
これは一種の束縛という形なのかもしれない。
彼女を自分だけの物にできるという、もしかしたら俺は幸福を感じていたのかもしれない・・・。
その気持ちが確信ではなかったのは。
彼女の心の奥底の気持ちが解っていたから・・・。それはみゆきが俺を憎んでいるという事・・・。そんな事、当たり前の事だよな。俺はみゆきに酷い事をしてしまった。一生取り返しのつかない、彼女の永遠の幸せを消してしまったんだ。
・・・それが解っていて辛かった。
それだけが辛かった。
いっその事、みゆきが俺を憎む瞳で見つめてくれた方がずっと楽だった・・・。

だけど、彼女の瞳はいつだって優しかったんだ。

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