<6-2:2004年06月01日〜12月31日<PIM、半隠居>>
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12月27日

04年12月27日:昨日スマトラ沖で大地震・津波発生、バリ行きは実行
 昨日は、天気もよかったので、「千葉真名会」(ゴルフ)に参加した。相変わらず、ゴルフプレイ後の食事後は、胃が張って(心臓が影響しているか否かが判らず)気になる症状が続いているが、バリ島行きは思い切って実行することにした。寒くなってきて心臓のことが気になる場合が増えてきたが、心臓のことを気にするあまり、やりたいことも出来ないようでは仕方がないので、色んなことに思い切って挑戦することにしたい。食後、時間が経過すれば、胃腸の気になる症状も薄らいでくるので、単に食事の取りすぎが原因ということかもしれない。安心感を持てるようにするために、次回の診断のときに、主治医に用相談しておきたい。

 昨日、インドネシアのスマトラ島沖で発生した大地震とそれによる津波の被害が、インドネシアのスマトラ島のアーチェ地区だけでなく、タイ国西岸(プーケット島ほか)、スリランカ、インド、モルジブなど、多くの国に渉って広がりつつある。マグニチュード9.0という想像を絶する大規模の地震で、被害状況がわかるにつれて死者が増えてきており、記録的な被害状況となりそうな気配である。今回の地震の震源とバリ島はかなり離れており、日本で例えれば、北海道のオホーツク側で地震が発生したとしたら、バリ島は沖縄地方に相当しており、バリ島での津波被害はなさそうであり、明日からのバリ島行きは問題なさそうである。

04年12月23日:バリ島行きを控えて、今日はゴルフを止めて休養した!
 例年に比較すると、かなり暖かい日が続いているということであるが、それでも寒い冬の訪れで体調が気になっている。特に、ゴルフの後の食事の後に胃が異常に張って心臓にも負担がかかっているのではという思いに駆られている。28日から1月6日まで、横山弘夫妻、岩上夫妻、郡山君らと、バリ島へ出かけることにしたので、それまで体調を崩すことがないように注意しなければならない。そのことをも気にするためか、この10日間ほど体調が気になって仕方がなかったが、昨日、今日と会社もゴルフも休んで休養したら体調も大分回復したように思う。 この1ヶ月余り、総ての火曜日、木曜日、日曜日(時には土曜日も)にゴルフをやってきたので、疲れが溜まってきていたということも原因していたようにも思う。疲れが蓄積しない程度のゴルフのプレイ回数を心がけたい。

04年12月10日:1年に1回のTEC喜友会(OB会)が開催された!
 喜友会には、会員になる前にも会社側の現役役員として出席していたので、今年で10回目近くになる。毎回、それなりの期待を持って出席していたが、出席者の顔ぶれが代わり映えせず、多少はマンネリ化の嫌いがある。特に、今回は快い興奮も覚えず、会が終わった時も満足感に満たされるということもなく、何となく寂しさを覚えたのはなぜだろうか。ただ、集まって食事と酒をとりながら、三々五々に会話すると言う会の運営方法も見直す時期になっているかも知れない。

喜友会の会員になりながら、会合には参加しないという人達が数多くいるが、この種の人達とは会社時代には親しかったのに、徐々に疎遠になっていくのは致し方ないことであろう。とは思うものの、何故か寂しいものを感じてしまう。

04年12月4日:昨日、五洋建設の加藤社長が自殺してしまった!

 昨日は、横山弘君の会社の創立25周年記念のパーティーが、ホテルニューオオタニで開催されたので、それに参加後は東京で飲んだ時の通例となっている「東京ドームホテル」へ宿泊し、今日朝帰りとなった。そのことで気分が一部晴れたが、昨日は親しい友人加藤君の死、しかも自殺という悲しい出来事に接して、驚きと、悲しみと、無念さと、悔しさなどなど、複雑な気持ちに陥った。死を選ぶほどの苦しみがあったならば、会社(社長職)を辞めればよかったのに、と思うのは他人の考えに過ぎないか!

 会社内の人間関係(一副社長との軋轢)と国土交通省からの圧力が原因というのが今時点の第一の自殺理由となっているが、若くして社長になってしまったための不幸ということもあろう。自ら強く欲していないうちに社長という立場に立たされたことが、当人にとっては不幸な境遇に落とされたということになってしまったようだ。いろいろと書きたいこともあるが、今は胸に仕舞っておくことがよかろう。

<後日記>

 20日に青山葬儀所で、加藤氏の社葬が行われた。今までに出席した葬儀の中で、一番多くの人が集まった葬儀となったが、何故か寂しさを禁じえない葬儀という印象であった。家族の参列は全くなく、会社関係者だけで会葬御礼するということは、家族にとっては「会社に殺された」という思いが強いためだったかも知れない。読経もない(坊さんも牧師も不在)ないなかで、参列者だけが黙々と献花する姿は何とも侘しかった。

 小泉首相、森前首相ほか政財界のトップの数多くの弔電が披露されたが、死んでしまった本人は知ることも出来ないわけで、死ねば何事もそこで終わりということだ!

04年11月28日:今週は全て(3個)のコンペで優勝した!!

 23日は、T&Fのコンペ(CPG カントリー)で、41,43ながら、新ペリヤ競技のために13.2という好ハンディーに恵まれて、春の大会に続いて連続の優勝。残念ながら、2位の水上さんを予想することが出来ず、高額馬券(一口3万円位)は取れなかった。

 27日は、TEC TG会コンペ(総武カントリー印旛コース)で、強風の中で41,36という好スコアで、HC4ながら優勝(当然ながらベストグロス)。アウトは3パット4回という不満のゴルフであったが、インの36は、2ダボながら、パットも良くて4バーディというプロ顔まけのゴルフとなった。ハーフで4バーディは初めての経験と思う。

 28日は、七柔会幹事会のコンペ(真名CC くすのき/こぶし)で、前日の疲れもあり気分も乗らずで5パットもあったりして、45,47という大荒れのゴルフになったが、信じ難いことながら、新ペリヤのHCに恵まれて、またまた優勝。

 ゴルフの出来は各コンペで全く違うものであったが、すべてに優勝とは自分でも驚いてしまった。幸運というしかない。こういう時は宝くじでも買ってみるのがいいかも! 今年は、ひまわり会(千葉銀行主催 鷹の台CC)、T&Fの春の大会を含めて全ての新ペリアの競技で優勝したが、真名のペリアではHCに恵まれず。

04年11月4日:久しぶりにゴルフの連荘!

 土曜日、日曜日と雨でゴルフが出来なかったので、その反動もあったか、昨日と今日は久しぶりにゴルフの連荘をした。昨日は1ヶ月ぶりの千葉国際、今日は何時もの真名で二木会の清水父子と晴天につられて一人で来場していた山中さんの4人でプレイした。このところゴルフの調子は良くないが、コースを回るだけで気分が晴れるので、ゴルフはやはり止められない。

 10月30日にNECのノート型パソコンの最新型を購入した。4年弱前に付属品を入れると50万円をかけて購入したパソコンも今では時代遅れの感があるとのことで、また20数万円をかけることになり、パソコン遊びも安くはないということだ!

 古いパソコンから新機種への各種データの移設が難しくて自分の手には負えないんで、ほとんど娘の手助けを借りることとなった。ここ2,3日で、特に難しかった住所録やメールアドレスの移動も終わって一安心といったところ、これから写真プリントなどのソフトを補足すれば、とりあえずは新パソコンの使用準備は完了ということであろう。娘の力がなければ、如何ともし難い状況を脱し切れなかったであろうと思うと彼女に感謝!これで、パソコン機種変更で一時中断したホームページの作成にも弾みがついていくであろうことを期待したい。

04年10月27日:猛暑、台風に地震、今年は自然災害が多発している!

 20日には、今年10回目の台風の上陸した。例年の台風上陸回数の平均値は2.8回程度で、過去の最大上陸回数は7回であったという。夏は連続真夏日40日間という新記録を出すなど雨不足と暑さに悩まされたが、夏終盤からは台風の上陸と雨に悩まされる天候が続いた。

 加えて、23日には新潟地方に大地震の大きな被害が発生した。23日夕刻6時前に小千谷地方の地下20kmを震源とする震度6強の地震が発生し、その後数多くの余震があって、大きな被害が予想されたものの、夜になったことと通信手段が破壊されたことで被害の状況を掴めずにいたが、一夜明けた24日頃から被害の状況が分かってくるにつれて、その大きさに驚かされている。今時点で死者は25人(26日には31人に増えた。その後さらに増えて38人となった)、不明者も幾人かいるのでもっと増えてきそうである。台風の影響による雨で地盤が緩んでいるところへ、大きな揺れがあって大規模の崖崩れが数多く発生したのが被害を大きくした要因であったようである。新潟新幹線の脱線事故もあり、交通手段は今でも壊滅状態、生活環境の復興(避難所生活者が10万人以上)にはかなりの日時を必要とすることとなろう。

 924日には、約500万円をかけて増改築中であった我が家の隠居部屋の工事も完了して、新しい部屋へ引っ越しての生活がスタートした。非常に快適であり、十分に満足している。当面は、此処に住み着くことになろうという思いが強まってきた。新しい庭の手入れは、雨の影響を受けて未だに終わっていないが、前よりは小さくなったとはいえ、前よりも小奇麗で、見栄えのする庭に仕上がりそうであり、楽しみである。気候も良くなっているので、早く完成させたいと願っている。会社を退いた後でも、ここに住み着くか否か決めかねていたので、増改築を躊躇っていたが、もっと早く決断すればよかったというのが今思う本音である。

 最近は、日記を書くことが少なくなっている。ゴルフをやったあとの疲れが大きいのと、気分が乗らなかったのが原因していると思う。ゴルフの回数も夏頃から幾分か減っているので、時間的にも余裕はあるのだが!

 先週に、IBMのホームぺージビルダーを購入して、これからの老後(?)の生活を楽しむための新しいホームページの作成にかかっているので、これからは日記もまめに書くことにしよう。

04年10月11日:台風22号が9日関東地方へ上陸、今年9個目の上陸!!

今年は、真夏日も連続40日を越して新記録となったが、台風の上陸回数も新記録の9回目(従来は7回が最高)となる22号が10月9日に関東地方へ上陸した。関東地方へ近づくまでは、超大型台風との見方であったが、上陸時点ではかなり衰えており、風も大したことはなく、我が家の柿など被害を受けずも安堵した。ただ、雨が強くて、土砂崩れなどで全国的には10数名の死者が出たり、千葉県でも夷隅川が氾濫するなどの被害が出た。何とも、異常気象の続く今年である。

そのような中でも、相変わらずゴルフに励んでおり、昨日も今日も真名でプレイした。今年は10月3日に開催されたシニア選手権予選で思いもしなかったような悪いスコアで惨敗したが、昨日、今日は回復して、高くて飛距離の出るいいドライバーショットが出来た。

何十年間もゴルフをやっていても、やる度に新しい発見があり、それなりの進歩があるようである。それだけ奥の深いスポーツであるということであろう。それだから、何時まで発っても新鮮で、多少の興奮を伴い、楽しい行為であるということだ!

9月24日には、増改築した2部屋の工事が完成したので、新居(新部屋)へ引越しをした。それから、一気に全面的な片付け作業にかかり、どうにか一通りの片付けも完了して、居心地(住み心地)は非常に良い。庭の模様替えもこれから徐々にやるが、これが終われば素晴らしい住処ということになりそう。これなら、もっと早くやっておけば良かったと思うのは、何時もの習性か。これで、ここに永住する可能性がますます高まってきたということであろう。

04年9月22日:当面会社に残るも、今後はNDICの役員会へは出席しない!
 21日に大石社長と本音で話した。処罰の発想は山口会長から出ているようだ。何ともみみっちく情けない発想である。超ワンマンで誰も反発する人はいなかったと思うが、一人くらいは言いたいことを言える人間がいることを知らしめておいた方よかろうと思い、当方の考え(NDICの企業文化には馴染めないことを含めて)をはっきりと言っておいた。今退任することはしこりを残すことになりそうであるという大石氏の言もあるので、当面は残留するとしても、経営の責任を負うことは徐々に避けていくようにしたい。小生の反応で慌てたようで、処罰の話はなくなったが、当方から自発的に3ヶ月間の減給を申し出ることにした。その上で、今後はNDICの役員会への出席は松浦君に交替させて、自分としては顔を出さないことを決めて、今日の役員会の席上でもその旨表明した。  「腹水盆に戻らず」という言葉が適当か否か、はっきりしないが、とにかく一度切れた気持ち、壊れた感情はなかなか元には戻らない。感情的に走って、あまりにも大人気ない態度は避けるべきとは思うも、毅然とした態度で自分の考えを貫き通すことは重要である。残り3ヶ月(今年内)か、6ヶ月(今期末まで)か、9ヶ月(株主総会まで)かの何れかになろうが、それ以後も現職に留まっているということはない。
04年9月7日:退任の気持ちは変わらない!!

 退任を意識してから早くも10日間が過ぎようとしているが、気持ちは変わらないので、そんなに時を措かずに辞めることになろう。NDICのトップ陣からは遺留されているが、一度切れてしまった気持ちはなかなか元には戻らない。たかだか5億円規模の会社の経営に全身全霊を傾けるほどでもないし、「品質システム」の体制整備などやれば、時間的にも充実した日々とはなるが、それを実施させる社員が不足(むしろ不在というべきか)という感じであり、ボツボツ自分のやるべきことも無くなって来たように思うことも、退任を考える大きな要因である。暫時残るとしても、週に2日間位の非常勤顧問という役割程度にして、経営の責任を負うようなことはやらないことにしたい。

 PIMを経常利益が十分計上できる体質に変換・向上させたので、ここで辞任してもNDICに対しては何ら引け目はないが、PIMの社員に対して申し訳ない気持ちは強い。ただ、上記したような、このようなレベルの役員、社員からなるPIMの経営に疲れたというのも退任を思う一因であることは否定できない。いずれにしろ、21日大阪でじっくりと話し合ってくることにしたい。

04年8月28日:本気で退職を考える時が到来した!

 8月5日にPIMの客先の一つの株式会社 ナガオカが「民事再生手続」に入った。当社の被害額は、12月12日決済予定であった約束手形額面346万円分である。昨年度の鈴幸工業の倒産による被害に続いて大型の被害を蒙ることとなってしまった。

 NDICでは、会長を初めトップが大きく問題視しており、24日の役員会の時に話し合った感触では、減給などの処罰あるべしとの考えのようである。NDICトップの行動は理解し難いことが多いが、今回の件も、年間の利益目標は多少下回っても、赤字になる訳でもなく、むしろ小職が経営を見るようになってから従来よりも大幅に利益率を改善しているのに、なんで減給処罰に繋がるのか?

 金銭に拘るわけではないが、「減給処罰と言うマイナス評価は経営者失格という評価にも繋がるものであり、そのような評価しかされないのであれば、PIMのために尽くそうと言う気持ちを持続することは出来そうにない」し、「お情けで現職に留めてもらうと言う気持ちもさらさらない」ので、本気で退職を考える時が来たように思う。その方向で、行動を開始し、社長へも伝えた。大したことはない我が人生において、今までにマイナス評価を受けた記憶がないので、正直なところ大きな屈辱を味わうことになった。

04年8月19日:体調が少し不安でゴルフは休んだ!!

 連続真夏日40日間以上の新記録をつくった今夏の猛暑も、8月15日の久し振りの雨で一時おさまったが、16日からまた30℃(今日も34℃)以上の気温が続いていて、まだまだ猛暑は終わらない。この猛暑の中でも、週に3回位のペースでゴルフをやっていたが、ここ3,4日間は、体調が多少不安(18日の朝の通勤時には強烈な不安感が襲った)となっており、今日は神庭、吉田、北村氏らと予定していたゴルフは思い切ってキャンセルした。

 体調の不調が、心臓に起因しているのか、食べ過ぎによる胃腸の多少の異変によるものか、全く分からない状態で、もし心臓であれば周りにも多くの迷惑をかけることとなりかねないので、用心することにした。体調不調の原因は、長い間猛暑が続いている中でゴルフのやりすぎであり、しかもオリンピック中のために夜更かしが続いて、疲れも出ているということもあろう。

また、娘夫婦が17日から3日間の信州旅行中で、一人でいるために、万一の時の連絡などに不安が残ることも、ゴルフを思い止まらせた一因であることも事実である。まだまだ、これから先、長い期間にわたって、ゴルフを楽しむためには体調維持が最重要である。これに懲りて、食べ過ぎと猛暑の中でのゴルフのやり過ぎは慎むことにしたい。

 それでも、夕方の多少涼しくなってから、練習場に出かけて2籠打ってみた。心配するような体の異変も感じられなかったので、体調不調は気分的なものが大きかったようである。先ずは安堵したが、これからは無理をしないようにして行きたい。

04年7月20日:東京では、観測史上最高の39.5℃を記録した!
 今日は、本当に、ゴルフに出かけずに良かった、という天候となった。東京で観測史上最高の39.5℃を記録し他、千葉の市原市では40.5℃、千葉市でも37.5℃という記録的な暑さが到来して、100人近い熱中症患者が出たらしい。18日(日曜日で月例競技)の気温も34℃位あって、ゴルフのあとの疲れも酷かったので、19,20日と二日続けてゴルフを控えたのは賢明であったようだ。今日は、天候しだいでは出かけるつもりで起床していたが、気温が高くなりそうな予想でゴルフを諦める決断が出来た。

この二日間で、娘の指導を受けながら、二つの簡易なホームページを作成した。一つはゴルフ仲間用、もう一つは徒然に記録する日記用という設定で、作成してみた。これから、何処まで活用することになるか、まだまだ先行き不明と言ったところであるが、先ずはスタートしてみたといこと。こういうゴルフなしの休日の送り方もあっていい。

<後日談:真名の球道会用に作成したホームページは皆によく活用されるようになった(8月19日記入)>

04年7月15:猛暑続きの中で、空梅雨もあけてしまった!
 台風6号などの襲来もあったりして、または局所的な梅雨前線の活発化があったりして、大雨となって大きな被害が出た地方(一昨日の豪雨でも記録的な大被害が新潟、福島地方に出て、今日もトップニュースで扱われている)もあるが、千葉地方では空梅雨で、しかも30℃をはるかに超える猛暑続きでのなかで、昨日は梅雨明け宣言となった。このような猛暑の中で、しかも周囲の心配を気にもかけず、週に3回程度のペースでゴルフに熱中(昨日は長南CCで新桜会、今日は真名で何時ものメンバーと)している。水分を十分に取ることに注意しながらプレイしているが、このところ自分でも驚くほど元気になってきた。前回の検査でも、血糖値や血圧などの数値が良好で、すっかり健康体を取り戻したように思われてくる。しかし、不注意や慢心は禁物、いつでも体のことには注意しながらゴルフも楽しむこととしたい。

一昨日からは、家の増改築の工事の一部である外構工事が始まった。家の増改築の完成は9月の末頃になりそうであるが、ここまで来れば、その完成が待たれる。特別な、予期せぬ事態が発生しない限り、少なくとの10年位はここで暮らすことになりそうで、その気がようやく固まったのは、ついこの頃である。ここに居る限りにおいては、出来るだけ快適に暮らしていけるよう工夫して行きたいものである。

04年6月24日:理事長杯予選へ向けて練習中だ!
 20日の日曜日は、真名CCの月例競技に参加した後、慌しく大阪に出かけた。21日のNDICの株主総会と役員会へ出席し、その日に千葉へ帰る予定であったが、大型の台風6号が上陸した影響で新幹線が不通となって、再度大阪に泊まる羽目となり、22日に千葉へ帰ってきてそのまま出社した。そのこともあって、今週は昨日と今日を休みとして、今日は来る日曜日の理事長杯の予選の練習を兼ねて真名へ出かけた。神庭、北村両氏は既に吉田氏らと組み合わせが出来ていたので、独りで予約なしで出かけたが、運良く、知り合いの今里顧問、小林健二氏、田坂氏と同伴することができた。理事長杯の予選に向けての練習といっても、予選通過に強く執着しているわけではない(通過しても、過去の経験から2回戦位で負けるであろうし、という気持ちが強い)ので、気楽にやって、上手くいけば幸いという程度の気の入れ方であり、ただプレイを楽しむことが優先ではあるのだが。

 今日の収穫は、平日のゴルフを同伴してくれそうな仲間が確認できたことである。平日にゴルフが出来る人材は限られているので、出来るだけ機会を捕らえて付き合いの幅を広げておきたい。

 老人施設等に移住するにしても、まだ10年先のことになりそうな気もするので、家の増改築を今やることを決心して、東急アメニックスへ電話した。26日(土曜日)には契約をして、早速着工準備に入ってもらうことにしたい。

04年6月13日:11,12日と甲南高校の同窓(同期)会へ出かけた!
 甲南高校の昭和34年卒業の同期会が、11,12の両日、99名(何と鹿児島からも33名)の参加を得て草津温泉で開催された。高校卒業以来、クラス会や関東地方での同期会などへは何回か出席してきたが、この種の全国規模の同期会は、10年前に伊豆で第一回目が開催されて以来2,3年毎に開催されてきたものの、自分としては初参加の同期会となった。今でも時折顔を合わせることが多い柿内、福中、竹永、阿部、崎元の各氏が、全員欠席という状況が解っていたので、些か気が重い参加となったが、現実は何ら気にすることはなかった。陣内、坂本、大脇、宮原、福川ら同じクラスのメンバー8人の他にも2年時のクラスメートなどからも声をかけられて、楽しく旧交を温めることが出来た。

小学、中学、高校、大学時代の友人とは不思議なもので、何十年も会っていなくても、久し振りに顔を合わせると、昨日まで行動を共にしていたかのような錯覚にとらわれる。成人後に、しかも社会人になってから得た友人とは異質の物があるようで、特に幼い時の友人ほどその傾向がある。皆の思いも同じであるようで、だからこそ、卒業後45年経っているのに、卒業生の約20%が遠路はるばる終結することになるのであろう。ただ、残念なのは、参加者のうちの15%〜20%程度しか、面識記憶がないことであった。人生、この先が長いわけではないので、この種の集まりには出来るだけ参加しておきたいものである。

04年6月6日:いよいよ関東地方も今日入梅となった!

 本格的な入梅で終日の雨となったが、千葉真名会のゴルフに出かけた。悪天候で、数名のキャンセルはあったが、寒さもなくなったこともあり、好きものども34名の参加を得て盛会となった。ただ、このようなコンディションでのプレイは体力の消耗が激しいようで、乗用カートを使ったにも拘らず疲れが残った。雨の強い時は無理をしないことか!

 昨日は、家の増改築の見積もり見直しの依頼のために、東急アメックスに出かけた。まだ、終に住処を何処にするか迷いはあるが、家に投資したりすることで徐々にここに落ち着くことになってきそうである。千葉は、寒くもなく暑くもなくほどほどで気候条件的には申し分ないと見られているが、すんなりと決心がつきかねている。ここを拠点として、冬の寒い時期には短期間(2,3ヶ月間)暖かい地方(海外を含めて)に出かけるという生活が、最も現実的ということになりそうである。

 時間が出来ても、なかなか絵をかくことを始めていない。ここ40年くらい全く筆を持っていない。入門書を買ったり、絵の具他の画材を揃えたりと準備は出来ているのに筆を握らないということは、絵をかくことが好きでないということかも知れない。いやいややることもない訳ではあるが!! 最近は、デジカメでの写真も全く撮っていない状態である。何でも飽きっぽく、持続性がないということか!