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99年6月29日:上京の兄を交えて郷里出身の友と飲む! | ||
兄 洋一の上京の知らせが弘君からあり、久し振りに赤阪で飲んだ。愛司、喬両君と高崎氏を交えて、3時間が瞬く間に過ぎた。いろんな友達がいるが、幼友達が一番遠慮もなく打ち解けられるのは事実のようだ。本当に楽しい時間が持てた。愛司君は後1年で会社を退き、郷里へ帰ることを決めたとのこと、彼の決断に敬意を表したい。 |
今日も小生の再婚の話しが話題となった。郷里の連中と会う度に話しが出るが、真面目に考えるべきかどうか?娘がいることで、不自由を感じていないためか、再婚の気持ちが如何しても湧いてこない。退職まで、早ければ1年、遅くとも3年しかないことだし。 |
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99年6月27日:習志野会での入賞は常連となった! | ||
昨日の第65回習志野会のゴルフ・コンペは、一打差の準優勝、ベスト・グロス(荒井氏と3打差、菊地氏と5打差)、ドラコンと順調であったが、今日は寄せとパットがどうしようもなく悪かった。悪いときに、練習で手直しすることをしないので、帰国してからスコアはよくない。考え直さねばなるまい。それにしても、昨夜は夜1時半までウィンブルドンでの全英テニスのテレビ放送を見てしまい、今朝は5時から全米女子ゴルフのテレビ放映を見たので、体調も不充分であったことが影響していることもあろう。 |
この2日で確認出来たこと(何回も繰り返しているが)もあった。 ・ドライバーも8分の力で振るだけで、十分に飛距離(誰にも負けないくらい)が出て方向も安定する ・アイアンも多少ハンド・ダウンにして打ち込むとボールもよく上がる(幾分短めに持ったほうが安定するか) |
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99年6月25日:新しい席へ荷物も移動を始めた! | ||
調達本部長の兼務辞令は今日付けであったので、5年間住み慣れた10階の席の片付けを終わらせて、取り敢えず荷物は9階の調達本部へ移動した。多少後ろ髪を引かれる気分であったが、当面工事部門とはお別れである。新場所での新任務を早く軌道に乗せねばならないが、荷物の整理は、追い追いやればよかろう。 |
佐藤、保坂、山下、山地、柳、古賀、親方の面々で歓送会をしてくれた。楽しい時間が過ごせて有意義であった。来週は工計の女性陣を夕食に招待して、感謝の念を示しておきたい。5年間もかいがいしく世話してもらった。有り難いことである。 |
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99年6月23日:好きでない宴会もレンチャンだ! | ||
3夜連続で宴会であった。 21日は郷里の先輩の「勲2等」叙勲のお祝いに、兄の代理として参加した。小人数の集まりで、多くの人と名士交換が出来て、意義の在るパーテーあった。妹の家族がお世話になっている村山弁護士とも、十分に話す時間が持てて、宴会参加の目的を果すことができた。 22日は調達本部での歓迎会。月曜日の午後に社長から、25日付けで調達本部長も兼務することを申し付けられたばかりであるが、内示は既に2月に出ており、ようやく具体化したという思いである。 |
調達は小職が入社以来最も遠い世界であったが、この職を拝命したからには、任務を十分に果たさねばならない。調達本部は、予想以上に女性が多く活躍しており、職場の雰囲気も今までに経験しない状況のようである。慌てずゆっくりと取り組んで行きたい。 今日は、前調達本部長に対してのプロジェクト・計画センター部長職以上での歓送会をもった。同氏との引継ぎもほぼ終わっており、いよいよ新任務の開始となった。席の移動も25日と決めたので、明日は暇を見つけて、片付けをやらねばならない。ここ1週間は、慌しいことが予想されるので、インドネシア出張は7月5日出発で予定することにした。 |
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99年6月19日:休日出勤で意見交換会! | ||
昨日は、会長と1時間半ほどパイトン・プロジェクトのコスト落ち着き見こみについて話した。パイトンの成り行きには大いに責任を感じておられる様子であるが、代表権の無い会長職となると日頃の情報が少ないのか、寂しさが漂う感じがするのは小生の思い過ごしか。会社は「社長を中心に動いている」という事実が実感される状況である。当方から接触して、話す機会を増やすようにして行きたい。 帰国して初めての休日出勤であった。プロジェクト計画センターとプロポーザルとの、部長クラス以上での意見交換会を実施したが、30人という多人数のため全員参加という雰囲気は少なかったのが残念であった。 |
月に一度か2ヶ月に一度位の間隔で、このような機会を持つことは有意義なことであると思われる。1年半近く日本を留守にしていたが、会社の実情は何も変っていないという感じが強かった。喜んで良いのか、悲しむべきか、複雑な気持ちである。 入梅は凡そ10日も前に宣言されているが、なかなか雨が降らない状態が続いていて、水不足が心配され始めていた。今日は、朝から梅雨らしい小雨が降り続いて、木々にもタップリと水の滋養が与えられたと言う感じがする。帰国後初めてゴルフなしの土曜日であったが、幸運にも雨で諦めも出来た。 |
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99年6月17日:主要な取引先の挨拶回りは終わった! | ||
昨日でベンダーの挨拶回りは、取り敢えず終了した。後は時期を見て、散発的に訪問することで良さそうである。 社内にいると会議の連続で、あっという間に一日が終わってしまう。今日も三つの会議をこなしたが、二つは調達本部に関連するものであり、少しづつ新役職に入って来たと感じがある。ただ、新しい受注が少ないので、調達業務も忙しくないようであり、幸か不幸か、複雑な気持ちである。昨日、社長と1時間余りパイトン・プロジェクトの状況を話し合った時にも、受注不振に対する社長の焦りを強く感じたが、社内全般にも新規受注に対する願望が渦巻いていると言えよう。早く期待が叶えられる日が来る事を祈らざるを得ない。 |
早く帰宅したので、帰国後2回目のゴルフの練習をした。50分位で2籠を一気に打って、疲れが残らない程度で引き上げた。先に気付いたチェック・ポイント(グリップでの右手の親指、スタンスで右足を開かない)を中心に確かめながらスイングしたが、結果は可もなく不可もなしと云ったところか。シングルは遥か彼方で、道程は遠いということだ。 |
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99年6月15日:挨拶回りの途中で枇杷の実を見出し気和む! | ||
昨日、今日とも4社を挨拶回りした。明日で約30社を回り終える予定である。 東京も浜松町、品川、大森、大崎あたりを何回も訪問することになったが、電車の車窓から、民家の庭先に熟した実をたわわにつけた枇杷の木を幾つも見かけたのが印象的であった。房総半島の館山近傍が枇杷の名産地でるというが、関東地方の気候は枇杷の栽培に適しているということであろう。東京で見かける事が出来る数少ない(唯一というに近い)果樹ではなかろうか。郷里の鹿児島でも桜島が枇杷の名産地であり、郷愁から自宅の庭にも枇杷の木を植え込んでその実を味わっているが、東京で見た枇杷には心和むものを感じた。熟した実をつけた今の時期をおいては、見過ごしてしまってであろう。 |
今朝、1ヶ月振りに病院に行った。先月に実施した検査の結果も非常に良好とのことで、安堵した。大して気を使った食事でもないが、このところ検査結果は悪くない。週末のゴルフが効果的であるのだろうか、何はともあれ喜ばしいことである。週末のゴルフの疲れが完全にとれるのに2日はかかるが、続けてやることが良いことであると思われる。 |
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99年6月13日:腰痛あっても週末のゴルフはレンチャンだ! | ||
昨日(習志野)、今日(松尾)ともOB(昨日は2回、今日は4回)が多くて不満の残るゴルフであった。キャロウェイの7番Wは相変わらず調子よいが、ドライバー・ショットで左足の膝の痛みを気にして左足が逃げた時に引っ掛けボールのミスが出てしまう。強く打つ必要もないので、両足が動かない程度のショットを心掛けたい。練習で確かめる時間をつくれないので、なかなか改善しないが慌てることもあるまい。 |
当初、12日は休むつもりであったが、メンバー不足で強く誘われたので断れきれなかった。19日は帰国後初めて休むことにしたい(プロポーザル本部との会議で出社の可能性もあるが)。ゴルフの練習だけでなく、いろいろやるべきことも多いので。 |
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99年6月11日:人事担当の身勝手さには腹が立つ! | ||
10日は荏原、日立の2社を訪問、今日は外出をやめて社内での業務処理とした。 午前中は、人事とリストラの中間打ち合わせをやったが、腹立たしいことばかりであった。役割上やむを得ない面もあろうが、人事のメンバーには希望退職を勧告される人に対する思いやりが感じられないのは、寂しい限りである。小職としては、少なくとも、会社のために大きな犠牲を払うことになる人達への感謝の気持ちは失いたくないものである。リストラの裏方を務める人事のトップも、模範となって辞職する(数年前日本IBMの人事部長は自ら辞職した)くらいの覚悟はしておいて欲しいものである。 |
午後は、一時帰国中の保里君とパイトン・プロジェクトのコスト落ち着き見込みに関して話し合った。予想以上にリスクの額が大きく、頭が痛い。すぐにも社長への報告が必要であるが、2,3日冷却期間をおいて話すことにした。当プロジェクトが会社の今期決算に悪影響を及ぼすことがないように、最善の努力をしなければならないが、一部に諦めの雰囲気があるのが残念である。西PMへは、15日前後に社長への報告をするのでもう少し整理しておくように、との依頼はしておいた。 |
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99年6月9日:本部長交代の挨拶廻りを始めた! | ||
月曜日に3社、火曜日に4社、そして今日4社を挨拶回りした。毎日11時か12時頃に出かけての3,4社であり、本当に慌しい。昨夜は銀座日航ホテルに泊り込んだが、慣れない歩き回りで、3日目になって多少は疲れた感じは否めない。明日と来週はまた月曜日から、同じ日課をこなさなければならない。一時期にかなり多くの人に会うことになって、殆どの人が名前と顔が一致しない状況だが、やむを得ないと思う。会社にいるうちは、会議か来客の相手で、当面は忙しい状況が続くことになりそうである。 |
どの会社に行っても、不況の話ばかりで明るい話題は皆目聞かれない。何時になったら、好転するのか日本の経済!何時になったら、好転するのかエンジ業界! 今週もゴルフの練習は出来そうにない。コースに出た時に少しでも練習するよう心掛けるしかない。今度の土曜日も予定に反して、またコースに出ることになりそうである。 |
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99年6月6日:レンチャンゴルフも疲れは知らず! | ||
千葉國際では、4週連続で最終ホールでベストで5点という離れ技をやった。今日の竹の18番はドラコン、バーデーで堂々の「5枚オール」という幸運もあった。 初めてキャロウェイの7Wを本格的に使ってみて、些か驚いた。ミズノ・プロの5Wよりも飛距離が出ることが分った(以前からかなり飛びそうなことは分っていたが正確に確認したことがなかった)。ランが良く出るので210ヤード位は楽に出るようだ。竹の2番ホールで、7Wで打った2打目はグリーンを遥かに越えてOBとなったこと、15番ホールの2打目(残り210ヤード)もグリーンオーバーとなってしまったことは、7Wの飛距離を掴んでいなかったためであり、良い勉強となった。4番と18番では、7Wの2打目がグリーン横まで届き楽にバーデーをとれたように、非常に強い武器になりそうで楽しみである。 |
もっと早くに試してみれば良かったのにと悔やまれる。何とかキャロウェイの5W(ミズノの3Wよりも飛びそうに思われる)も購入して試してみたいという心境である。7W同様に上手く打てるかどうかは分らないが。 5月2日に帰国してから1ヶ月少々で12回もコースに出た。多少遣り過ぎのきらいがあるが、疲れも溜まっておらず体調もよいので、このペースでやっても良さそうであるが、他の事が何も出来ないので、こらからは月に2回位は休みを入れることにしたい。1回目の休みは次の土曜日(12日)に決めた。 明日からは、ベンダーへの挨拶回りを開始するので、体調を最善に保っておくために早めにベッドに入ることにした。 |
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99年6月5日:久しぶりに皐月の植え替え! | ||
つまらないミスがあるが、全般的には良くなって来ている傾向はある。特にアイアンが良くなって来たように思う。もう少し日本の雰囲気に慣れればスコアも改善されてくるであろう。Dは練習ではスライスが多いが、コースに出ればフックも多く出るという不安定な状態がまだ続いている。もう暫くの我慢か。今日のスコアは42.41であったが、最近は習志野のキングではアウトよりもインがスコアが良い。基本的にはアウトが易しいと思うが、つまらぬミスが多いということであろう。「握り」もアウトではなく、インで稼いでいるという結果がはっきりしている。 |
帰ってからしばらく休んだ後、皐月の植え替えを3鉢ほどやった。1年以上の水不足のために、半死状態になっており、痛々しいが、何とか元気を取り戻して欲しいものである。老後の趣味の貴重な材料でもあるし、30年間も育て続けた皐月であり愛着は強い。これから、2,3年の内に回復させたいが、上手く行くだろうか。ただ、盆栽は家を長期間空けられないため、長期に海外に出かけるとしたら考え直さないといけないだろうが。それは、その時になってから考えれば良かろう。 |
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99年6月4日:退任後の生活に気が向くこの頃! | ||
パイトン・プロジェクトでの小職の役割は大方終わったとみて良かろうか。これからは益々関わりを減らさざるを得ないので、ここらで徐々に手を抜いていくことになろう。最終的に、どんな結末になるか不安は残ったままである。 シルバー層が海外で長期(といっても1,2ヶ月)滞在してボランチア活動している事例が増えてきているという新聞記事が出ていた。パック旅行よりも安上がりであるということも影響しているようであるが、小生にとっても何よりの情報であった。希望者を手助けする団体も出来ているようで、早めに一度情報を入手してみたい。 |
いろいろ考えても現状から判断して少なくとも1年間は会社を辞められないであろうし、急ぐことではないが、情報は早いほうがよい。シルバー・ライフも選択の幅が広がって迷いも大きくなってしまう。その時が来ないといろいろ夢ばかりが先行することになってしまう。それも楽しみの一つかもしれない。 週末のゴルフも誘いが多くなって来つつあり、調達に移れば益々増える事になるのであろうか。遊びは気心の知れた仲間でやるのが一番楽しいが、付き合いも無視は出来ないだろうし、忙しいことになりそうだ。 |
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99年6月3日:旧友が久しぶりに来訪! | ||
午前中は社長も入れて、パイトンの落ち着き予想を討議した。相手があってのことで、こちらの思惑通りには行かないことが多くて、本当にどのように落ち着くかいまだに不透明と言わざるを得ない。手強い相手で簡単ではないことは事実であるが力を結集して追加を獲得しなければ!。 会社の中期計画(リストラ)は、55歳以上については、限定された人以外は退職を勧告することが狙いであるということが判った。小職のいままでの理解は甘かったということのようだ。 |
大学時代の親友、伊倉君が会社を訪ねてきた。妻良子が死去した時に悔やみに来てくれて以来、3年余振りの再会であった。井上君と共に会ったが、彼の勤務するフジタもリストラの最中で、話題は不景気に関することばかりで、お互いに明るい話題に乏しく、久し振りの再会も明るい雰囲気とはいい難い状況であった。お互いに30年以上も働いてきたのだから、嫌な雰囲気のなかで仕事を続けるよりも、この辺でのんびりするのも良かろうと思うが、経済的な面で決断が出来ないと言うことであろう。童顔であった伊倉君も年相応に老け込んできたという感じが強かった。これからは会う機会を増やしていきたいものだ。 |
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99年6月2日:パイトンからまだまだ抜けられない! | ||
阪上、西両氏が帰国して、明日の社長を交えての会議の事前確認を行った。パイトンの先行きは未だに不透明な部分が多いと言わざるを得ない状況。如何に決着して行くか、先が読めず頭が痛い。明日の会議で何処まで方針が決められるか、全く解らないと云ってよい。会社全体の経営に大きな影響を与えるだけに、十分に討議することが重要である。小職も何時までこれに係るか、近日中に方針を決めねばなるまい(完全に抜けることは出来ないだろうが)。 1年ぶりか、それ以上経っていると思うが、久し振りにゴルフの練習に行って、2籠打った。調子はまずまずといったところ。今や完全にスライス打ちになっていることを痛感した。それをわきまえてコースにでれば、それなりの成績は出せるだろう。 |
少なくとも集に1回(出来ればノー残業日の水曜日が良い)は練習したいものだが、実行出来るか些か疑問ではある。コースに出るだけでは、悪いところを治すチャンスがないということだ。 夜は、野球中継や推理ドラマを見てしまい、日記をつけるのがやっとで、他の書き物がさっぱり進まない。7月からは忙しい中でも、何とか時間の遣り繰りをしなければ、瞬く間に退職の時が来てしまいそうである。こんな反省を何回か書いたように思う。週2回のゴルフを1回にするのが、一番と思うが実行出来るか? |
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99年6月1日:気候も良く日本も住みやすい! | ||
帰国して1ヶ月、湿度が低くて爽やかな気候が続いている。日本でも、こんな爽やかな気候が長期に続くことがあるとは、思っていなかった。今は晩春か、初夏か、春のけだるさもなく、夏の暑さもない、何れにしろ素晴らしい天気が喜ばしい。こんな気候が1年の大半を占めるのであれば、日本も本当に住みやすい国ということになるのだが。 今日は忙しくなく、今後の予定をいろいろ検討した。来週月曜日から2週間にわたって、ベンダーへの挨拶回りをすることにした。これで、いよいよ調達本部長としても始動し始めることになり、余分なことを考える時間もなくなるだろう。兎に角、会社が上向いて来るまで、早期退職など考えずに微力を尽くさねばなるまいという気分になってきた。 |
7月からは新担当部署で全速力で走るためには、6月中に、もう1度パイトン現場にも出かけておいたほうがよかろうとも思う。 巨人が3連勝した。気分がいい。このところ、体調も頗る良い。足の痺れも無く、糖尿も状態が良さそうだ。ゴルフの練習をしようと思いながら、夜になるとその気がなくなってしまうのは、多少の疲れが在るかもしれないが、以前よりかなり良いことは間違いない。明日は気合を入れて、本格的な練習場で1年ぶりに練習をやることにしよう。 |
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