大学を卒業すれば自然と切れていってしまう、友人関係とはそういった希薄ものだと思う。大学という囲いの中で授業という決められたパターンが友人同士をタイミング良く繋いでいるに過ぎないのかもしれない。囲っていた檻の様な世界が無くなってしまえば疎遠になっていく事は否めない。そう、自らその希薄な関係が切れてしまわぬ様に、繋がって居ようと思わなければ。
アリスにとってソレが当たり前に出来る事なのだと知っていたつもりだ。俺と違って人当たりのいいアリスには、名前を呼び挨拶を交わす事の出来る友人といえる連中がいつだって傍に居た。他愛の無い事を笑いあってふざけ合っていられる気楽に付き合える友人が。それでも、一見すると仲のよさそうな態度を取っていても決して見せない部分があることもまた、知っていたからこそ…そんな一線を引いているアリスが見せる本質の様な部分に酷く安堵したものだ。
誰とでも仲良くできる、誰にでも笑えるアリスが俺だけに見せる誰にも見せない部分に、今思えば優越感にも似た浅ましい感情を抱いていたのだろう。人当たりも良く無い。基本的に排他的なスタンスをとる自分に対しても、辛辣なモノ言いで情など微塵も感じさせないであろう自分のうわべだけでなく、隠している深層までも受け入れようとするアリスの優しさにホッとしていたんだと思う。
安心、していられる場所だった。
気が付けばいつしか、適当に相手をしていた女性達にすら「親友」なのだと言われるほど、近い位置にアリスが居た。アリスを介して友人も増えた。
そもそも、が。
そうして誰かれに構われる有栖川有栖という人間に興味が湧いて偶然見かけた授業で隣に座ったのがきっかけだったりする。
我ながら聊か不自然な出逢い、だったかもしれないと思うくらいには強引だった。
晴れて親友というこれ以上ないポジションを手にした俺は、自分に対してアリスが見せてくれる献身的ともいえる友情に、果たしてどのくらいの想いを返してやることが出来ただろう。それはきっと比べ物に等ならない次元の違う話なのかもしれない。他の誰にも見せない出来たての新作を嬉しそうに、誇らしそうに読ませてくれるアリスの全面的に寄せられる剥き出しの感情とは違い、自らを曝け出す事すら出来ない、弱さをどうしても見せる事が出来ない俺に対してアリスが何を感じていたのかまでは計り知れないが、親しくなってからも依然として踏み込ませることをしない俺のスタンスすら受け入れてくれるアリスの懐の深さにいつだって感謝していたんだ。
連絡すら、自分から取る事すら出来ないほど臆病にも似た自分に…途切れる事の無い次への約束をくれるお前に俺は堪らない感情を抱いていたよ。
知っているか、アリス。
これでも、努力はしてきたつもりだ。
このまま、アリスから連絡が途切れたら?そう思うと、恐怖にすら似た焦燥感に駆られていたのは紛れもない真実。
もちろん、大学に残った自分にとって友人と言える人間が居ない訳ではないけれど、その人間が親友に昇格する可能性は限りなくゼロに近い。自らが歩み寄る事をよしとしない俺にとって既に特別はアリスだけで、その他はどうでもいい、そう思える人間だったからだ。
アリスが特別だったから?
いや。特別といえる場所に居たのが「アリス」だったから他には何も要らないと思っていたのかもしれない。
だからこそ、必死で次に繋がりそうな話題を探してはアリスの前に並べて、それを見間違うことなく…時には強引とも思える様な理由をつけて俺にかまってくれるアリスに益々依存していってしまったのは…俺自身が持つ弱さゆえ、だったのだろう。
よほどの事がない限り、アリスからの誘いを断った事は一度も無い。
断るすべを俺はもたない。
何が二人をそうさせたのかは分からない。
どうして其処まで深く繋がっていったのかも、分かる由も無い。
ただひとつ、確かに言えるのは少なくとも俺にとってのアリスが特別な存在であり大切な人間だと言う事。
それは、こうなってしまった今となっても変わらない事だ。
関係が変わってしまっても、共に過ごしてきた時間は変わる事が無いし思い出は消えていくことがないから。
だから…お前との関係をはっきりさせたくて、お前の気持ちを聞きたくて、俺らしからぬ一歩踏み込んだ会話をしようと試みた事だってある。
時折見せる辛そうな表情とは別に、絡まなくなった視線とは別に…抱かれている時に見せる全てを預けてくれる様な、そんな風に俺を求めるお前の態度に…一抹の希望を抱いていたからだ。
それでも。
離れて仕舞った心と、身体すら繋いでいない状態では…会話すら、不自然なまでにかわされてしまう。堪らなく不安を感じる位には、お前の意思が見える…そんな強引さすら感じる回避に、俺たちの関係は「身体」だけなのだと知らされている様で辛かった。
こころまで、繋ぎたいわけではないのだと…言葉をはぐらかし会話を回避するアリスの態度に、嫌でも気が付いてしまった。
だからこそ、余計にその手を離せなかった。
心が離れてしまった今となっては、辛うじて繋がっていられる躰を離してしまったら…俺はきっと有栖川有栖という人間そのものを失うことになるだろうから。
そしてその頃にはすでに、お前なしの人生など…考えられないほど依存してしまっていた。たとえ、うわべだけでも心まで手に入らなくても…傍に居てくれればいいと。
けれど、もしかしたら、と。酷く見当違いな期待をしていたのも間違いない。労わる様に包みこむ様なあの微笑みで俺を受け止めて…受け入れて、そして優しく抱き返してくれるかもしれない。寄せた口付けを拒んでくれればいい、そう思う否定的な自虐的な自分と、どうか拒まないで欲しいと願う都合のよい考えに縋る自分が既に壊滅的にあった思考の片隅で葛藤を繰り広げていた。実際には、伸ばした掌は止まる事をしなかったし、寄せた唇はあっけない位簡単にアリスから言葉を奪って居たのに。
留まる事を知らない熱はまるで毒の様にアリスへと広がり、逐情したアリスが縋りつく様に背中に回してきた腕の熱さに目眩さえ覚えた。
その仕草に、自分が受け入れられたのだと…甘い錯覚に溺れていたかった。
その錯覚は、アリスの心を失ってからもずっと続いている。
視線すら合わせてくれないアリスが、確かな熱をもった俺の手を振り払わない事に…都合のよい解釈すらして、諦めようと思えば思うほどその身を合わせた。熱を交わしている間は確かに、合わされる視線や離したくないという様に背中に回されるアリスの腕が絶ちきれない仄かな希望をもたらしていたから。
甘く淫らに名前を呼んでくれるアリスの声に、堪らないといったように背中に立てる爪の感覚さえ甘美な傷痕となって全身を蝕んて行く。まるで、麻薬のような依存性に囚われていく。
互いに想いを通わせ合った恋人なのだと、誰よりも求めあえる大切なただ一人の人なのだと…思わせてくれる、夢の様な一時に。
どうして自ら終止符が打てるだろうか。
夢である、と。わかっていたのに…夢はいつか覚める時が来るのだと知っていたのに。
それら全てに気が付いていたのなら…本当にアリスの事を想うのならば。
その手を、離すべきだったのは確かな事なのだ。
[The author:Emi] [2010年 03月30日]