Love Redmeens The World -1-





訳がわからぬうち、アリスは手から手へと、まるでダンスを踊る様に身を躍らせる。それは美しい毛並みを持って生れてしまったモノへの残酷な宿命で…神が赦した唯一の掟だった。

でも…。

でも、と。押し込められた車内から時折流れていく色鮮やかなネオンを視界の端に捉えながら…アリスは思う。

どうして…。

オレなんだろうかと。

キラキラと輝く、それはまるで宝石箱の様に。
美しく闇を彩るけれど、深い哀しみと不条理に啼くアリスの心は癒せない。

…唯一、微かに抱いた希望。

其れは――――。

対となるべき、“黒猫”の、存在。

そう、咥え煙草で無言のまま。目の前に居る、“火村”という男だけ。

不思議そうに視線を向けるアリスに気がつかない筈はない、無いのに彼は何かを口にする事は無かった。ただ、真っ直ぐに前を見据え大きくて綺麗な掌でステアリングを切るだけで…何かを口にすることはしない。

口の端には…ニヒルな微笑みだけを浮かばせたままで。


どのくらいそうして走っただろう。
沈黙が支配する車内は、思ったよりも居心地が良かった。



『どうだ、この美しさは!』
『ああ、ご覧。どこもかしこも真っ白で…まるで雪の様じゃないか』
『…ほら、何か言ってみなさい。皆様がお気に召す様に…可愛らしく』

『啼いてご覧』


生まれてから、気が付いた時にはそうやって見目に囚われた大人たちにせっつかされる様に生きて来た。だから“声を掛けられない、口を開かなくても良い”という当たり前の自由から、漠然とした安心感を得ていたのかもしれない。


生まれてから…?
ああ、ソレは違う。

誰かに連れてこられてから“見世物”として生活するようになる前の記憶は、ぼんやりと靄がかかった様に曖昧で、そのほとんどを思いだす事が出来ない位アリスは想い出を無くしていた、けれど。

もうずいぶんと前の様な気がするけれど…アリスは確かに、清らかな場所で護られる様にして生きていた気がする。其処から出て、…ガラスに囲まれた檻へと入るまで確かに傍には誰か温かい体温をくれる人が居て…アリスを柔らかく包んでいてくれたのだと思う。

だからと言って…ソレを失ってしまった事への哀しみや憂いといったモノを感じて毎日、悲観して暮らしていたわけでもない。

檻に入ってからも…アリスにその場所が持つ意味はわからなかったからだ。

なぜなら。

纏った毛並みは極上の―白。
明りの下では白銀にも見える、純白の白。

その美しさを纏う代わりに、心までも透き通っていたから。

瞳は汚く醜い者たちを素通りし、視線は見るモノを魅了する。その清らかさ故、自分を取り囲んでいる欲望の意味すら正しく捉えないほど、澄んだ心だったから。もしかしたら、“倖せ”だった頃の記憶を思いだせないのも清らかさを保つための…哀しみに染まってしまわない為の白猫が持つ自衛本能なのかもしれない。想い出に囚われてアリスが哀しくない様に、思いだせない様にさせているのかもしれない。

そうして、毎日与えられるだけの好奇の視線と、漠然とは感じる先の見えない不安感に押しつぶされそうになりながら…空を見上げていたんだ。

青く濁った空。

巣食った闇が…晴れていかない、煤けた空を見て…誰かを、待ってた。

誰か…。
そう。世界を変えて仕舞うだけの衝撃を齎す…誰かを。

黒猫火村白猫アリス




「着いたよ、子猫ちゃん」

ふいに掛けられた声にはっとして意識を黒猫に戻すと、古ぼけた建物の前に駐車したところであった。普通の猫ならば暗闇の中に浮き立つ建物もはっきりとその目に捉える事が出来るだろうが、アリスは白猫ゆえに夜目が利かない。ぼんやりと建物自体から洩れる光りに辛うじてそこが2階建ての小さくこじんまりとした民家なのだと思った。

「…ここ、キミのおうち?」

ふわふわと首を傾げるアリスは小さくシートに収まったままで建物を見つめ…その視線で黒猫を見つめる。その何処までも澄んだ視線にやや苦笑しながら、エンジンを切った黒猫は答える事無く車から降りると、じっと動かないアリスのドアを開け恭しく手を差し出して…にやりと笑った。

「ああ、そう。でもね、子猫ちゃん。俺とキミのおうち、になるんだ」

手をひかれ…暗闇に包まれた先に不意に陰が動いた。一瞬、暗がりが…闇そのものが動いたのかとさえ感じる位、気配を気取らせないその動きに目が慣れないアリスは酷く驚いて、無意識に引かれた手をぎゅう、と握りしめていた。そのアリスの行動に少しだけ微笑んで不安にならないようにと肩を抱く火村の視線の向こうで、建物から洩れる明りにほんのりとしなやかなシルエットが二つ、浮かび上がってくる。


「「おかえりなさいませ」」

見事なユニゾンで聴こえたテノールにきらりと光る瞳を見つけ、ああ、誰か立っているのだ、と気がついてアリスは胸を撫で下ろした。撫で下ろすと同時に考えた事がそのまま、言葉として零れる。

「だあれ?」
「ああ、ウリとコオだ。汚くて嫌なモノからお前を護ってくれる。…おいで、アリス」


そっと背に回された腕に促される様にして佇む二人の間を抜け建物へと導かれると、温かくて柔らかな明りが満ちるどこか懐かしい香りに包まれた室内へと通された。…その室内は、今までアリスが飾られていた処とは全く違う。湧き立つような生活の匂いと、滲み溢れる安定の雰囲気に何故だか酷く安心する。

「…ここ、ええ香りがする」
「ああ、気に入った?アリス、紹介しよう。こっちがモモ、そして…婆ちゃんだ」

それまで見て来たどんな部屋とも違う。豪華な色どりの絨毯に贅の限りを尽くした調度品もない。そのほとんどが煤けた様にくたびれた色合いで統一された室内は、不思議と懐かしさを感じさせるものだった。椅子も…無い。直接床に座り込むのがしきたりらしい、その部屋にはきっちりと前が重なった不思議な服装をした年配の猫と、ピンと張った耳が気の強さを窺わせる若い綺麗な毛並みの猫が共に立ち上がって迎え入れてくれる。

「はい、よろしゅうに…まぁまぁ、なんて綺麗な猫ちゃんでしょう。アリスさん、言わはるの?」
「そうだよ、婆ちゃん。アリスだ。これから宜しく、…モモも、な」
「………」

にこにこと優しい微笑みを湛えた婆ちゃんに比べ、モモと呼ばれた猫はどこか機嫌悪そうに顔をそむけて腕組みしているが、その理由など知る由もないアリスは同じように頭を下げて挨拶をした。…何を言ったらいいのかわからないまま、ただ、頭を垂れるアリスに大きな掌が優しく頭を撫ぜるのに視線を合わせて首を傾げる。

「アリス、ココにいればええの?」
「…ああ、さっき言ったろ?ココが今日からお前のうちだよ、アリス」





BackNext

Author by Ayuko&emi