Love Redmeens The World -prologue-


………………その世界では、猫と人の境界線が曖昧だった。



低く、茫洋と広がる空はどこまでも広かった。しかし、どこまでも錆ついていて、どろりと白濁している。そこから降り注いでくる、本来は浄化の化身であろう陽の光も、ただ歪んで落ちるだけ。
電車のレール、公園のベンチ、ポリバケツのゴミ箱、足元の空き缶…あらゆる影、隙間から汚染は進み、ウイルスに侵食される様に病に冒された社会。

それらの中で眠り、起き、働き、生活し続ける世界中の猫達。
その細い瞳には、いつしか本来の意味が失われていた。

即ち、万象に対する自己の価値判断。

今の世界では、例え足元にまだ産毛の残るような幼い仔猫の血のこびりついた死体があっても、邪魔そうに視線を落として踏みつけるだけだろう。

身に纏う柔らかな毛皮も、失った価値と共に落ちぶれていくかのように汚れ、ひたすらくすんでいく。

白にもなれず。
黒にもなれない。






極めて馬鹿げて滑稽な、ある満月の夜のことだ。
表にはけして現れない、しかし最も巨大で華々しい「オークション」に、世界中のビリオネア達が注目するある一人の「白猫」が出品された。
それは、世界に一人。
失われた太陽の光の様に輝く、美しく高潔な白い毛皮を持つ、雄猫。





白猫の名前は「アリス」と言った


でっぷりと太った、あるいはぎょろりと出っ張った瞳をギラつかせた、己の私腹と欲望を肥やすことしか出来ない灰色の猫達は、その神々しいまでの愛らしさに我を忘れ、声を張り上げて国が一つ滅ぼせるだろう金額を怒号し合う。

「………?」

ガラスケースに収まり、光る首輪を身に着けただけのアリスは、ぺたんと床に座りそれらを見上げては、ただただ不思議そうに小首を傾げた。





アリスは30億と言う、およそ現実味の無い値段で、一際身体の大きい一際醜悪なドブ色毛皮のデブ猫に買い取られた。


「おお…アリス…アリス!!なんと美しい…なんと愛らしい…さあ、その柔らかい唇で私の名前を呼んでごらん…アリス!」
「………」


ぬるり、と、老猫の爪が嫌らしく光る。アリスは無意識に首を振りながら後ずさった。

…なんか、いやや、この人…

眉を曇らせ抵抗の意思を見せたアリスに、年を取ってなお気が短くなり続けている老猫は、すぐに激昂した。瞳孔を細め、黄色い牙を剥き出しにすると、アリスの細い顎を強引に鷲掴み鼻先でわめき散らした。

「なんだ、その眼は!いいか、お前はもう私のモノだ!モノに意志などいらん!逆らうなど、愚かしい態度が今後取れると思うな!」

怒鳴るだけ怒鳴ると、乱暴にアリスを壁に叩きつける。そして、後ろで何の感情も無く機械よりも無機質に控えていた部下達に命じた。

「連れて行け!暴れるなら身体にたっぷり刻み込んでやれ。もう、お前に意志などいらないのだと言うことを。ただし毛皮にだけは傷をつけるなよ。毛皮さえ無事なら、片目くらい潰してしまっても一向構わん」

黒いスーツに身を包んだ灰色猫の部下達は小さく頷くと、音も無くアリスに近寄り、まるでレバーでも引くかのように無造作に細い腕を背中でまとめ上げた。

「…ッイ!」

骨が軋み、折れる寸前まで曲げられて、アリスは悲鳴を上げる。しかし5人もの灰色猫達は表情一つ動かさず、そのまま力尽くで車に連れ込もうとした。
その時。

「おっとぉ!その薄汚い手をさっさと離せよ、このドブ鼠ども!!」

いっそ楽しげなと言っていい、響き渡るようなバリトンヴォイスが聞こえてきたかと思ったら、攻撃的なライトと共にボロボロのベンツが猛スピードで突っ込んで来た。


「なっ…!?」

狼狽する老猫。黒スーツ達は一瞬動きを止め、首だけそちらを向いた。アリスは、緩んだ腕にも気付かずきょとんと顔を上げたが、ギラギラ光るヘッドライトに慌ててぎゅっと眼を瞑った。

だ、れ…?

ブォン!!
排気音を轟かせ、ベンツがキュルッと止まる。颯爽とドアが開き、長いシルエットが現れる。
ライトをバックに、カツカツ音を立てて歩いてきた、そいつ。
ド派手な白いコートに身を包み、煌びやかなサングラスをかけた、それはそれは美しい「黒い」猫。



うわぁ…綺麗やなぁ…

アリスはこんなに綺麗な「黒」を初めて見た。
だから思わず状況も忘れじっと見惚れ、にっこりと微笑んだ。
黒猫も、そんなアリスの顔を見るなり、心底うれしそうにきゅうっと唇を上げた。

「待たせたな!俺の仔猫ちゃん」

白猫アリス





黒猫は驚きのあまりまだ立ち直れていないドブ鼠共には一切眼もくれずに、アリスの華奢な腕をさっと引くと、ポケットから無造作に「40億」と書かれた小切手を掴み出した。クッと不敵に笑うと、狼狽するデブ猫の鼻先にそれを押しつける。

「悪いな。子猫ちゃんは俺がお家に連れて帰る」

そして、老獪猫と無機質スーツ達が動く前に、黒猫は白猫を自分の車に押し込み、ちょいっと片手を上げてから居丈高にエンジンを吹かして風のように走り出した。

後ろから怒鳴るような声とエンジン音が聞こえてきた様な気がしたが、アリスが後ろを振り向く前に、ボロボロのベンツはすでに裏から表の世界へ戻ってきていた。

「ここまで来たらもう大丈夫。奴らの世界じゃない」



目を見開いたまま振り向いたアリスに、黒猫はサングラス越しに不器用なウィンクをした。それから、ふっと微笑む。

「助けに行くのが遅くなってすまない。チャンスを狙ってたんだ。おかげで、最高の瞬間だっただろ?」

ぴくぴくと、頭上で動く黒い耳。
煌めく毛先を見つめながら、アリスは小さく呟いた。


「キミ…キミは、黒猫?」
「ああ、そうだよ、子猫ちゃん」

黒猫…
アリスの背中に、何かが過った。ぎゅっと拳を握る。

「俺…俺は、アリス。黒猫さん黒猫さん、お名前は?」

黒猫は、一言「火村」と短く答えた。


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>ブラボー!と声を高らかに叫びたいvvなんて素敵な火村黒猫・アリス白猫なんでしょう…。完全パラレルではありますが、素晴らしい世界観からお話は始まります。プロローグとして鮎子様が書いて下さいました物語に、僭越ながら光陽がお話を書き足させて頂きました。プロローグからエピローグ含め全部で7ページ「愛は世界を救う」という壮大なテーマでお話は進みます。光栄な事に1ページに1枚カットという素晴らしい仕様、頂いたイラストは縮小せず大きいままでご堪能頂けるよう設置させて頂きました。美イラに舌鼓を打ちつつ、めくるめく愛染大使館様の官能世界へとお進みください。EROは半分ずつ担当しております。その辺り含め楽しんでいただけますと幸いです。
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