そんな森下的騒動があった翌日。
事態は森下の思わぬ方向へと突き進んでしまう。
「アリス」こと、有栖川さんを伴って火村先生は現れたのに、だ。
本人が目の前に居るのだから、
彼女たちの誤解も解けただろうと思ったのに、
森下の当然とも言うべき思惑は通用せず。
有栖川さんの姿を見て誤解を解くどころか
彼女たちは勘違いをさらに助長してしまったのだ。
何故か。
「あれ、有栖川さん。具合よくなられたんですか」
「あ゛〜、ぼでじださん〜、どうぼ〜」
廊下で二人を見つけた森下はその背に声を掛けた。
けれど、
振り返ったのは有栖川だけで、
火村はというと一瞥もくれず軽く手をあげ足早に行ってしまった。
そっけなくも思える態度だが、昨日も一昨日も顔を合わせているからか、
いや、そもそもべったりの関係では無いからと森下は気にしない。
そんな事より、残った有栖川の発した声の方がはるかに気になる。
「あ、有栖川さん?声、凄いです…よ。大丈夫なんですか?」
「だいじょうぶ〜です。声が出ぇへんだげで…」
「ああ、ええですよ、無理にしゃべらんでも」
有栖川さんは首までをしっかりと覆い、いつもより
厚めに着こんだ姿で顔には半分ほどのマスクをしていた。
声が枯れて辛いのだろう、返事は首を縦に振り頷くだけだ。
白い顔はやや血色良く…というか、頬だけが不自然に紅いから
もしかしたら微熱くらいはあるのかもしれない。
良く見れば瞳だってぽたんとしていて…どこか色っぽくさえ…。
ごほん。
森下は軽く咳払いし、激しく脱線した思考回路を無理やり戻した。
こんなこと、考えてはいけないのだ。
いかんいかんと自責する森下を怪訝そうにアリスが見ている。
この森下という男、見た目はジャニーズ系で身に纏うものも
気を使っているというのにどうにも三枚目を抜けだせないのは
ひとえに考えていることが周囲にだだ漏れだからだろうか。
あまつさえ、身振り手振りまでつけるあたり茶目の極みだ。
「有栖川さんの参戦はとても心強いですが
くれぐれも無理だけはしないでくださいね」
およそ刑事らしからぬ風体で、心底心配だという
森下の気遣いに、アリスはうんうんと大きく頷いてみせた。
出ない声を無理に出しても森下の心配を煽るだけだから。
そうしてアリスは森下に軽く会釈をしてその場を立ち去った。
なんか危なっかしい足取りや、と森下は思った。
心なしか背中を丸め火村先生の後を追いかける有栖川さんは
きっとずいぶんと無理をしているに違いない。
それでも来たのは、ひとえに火村先生の為なんだろう。
これまでも火村先生が現場にひとりでいらっしゃることは
あったけれど、どこか本調子ではない気がしていた。
いや、何がと言う訳ではない。
相変わらずその洞察力は素晴らしいものであるし
等しく得た情報から導き出される推理には脱帽する。
ただ、なんとなく…そう。
「トップギア」では無い気がする。
それはあくまでも森下個人の見解であるのだが――。
今回の事件では有栖川さんに電話する回数だって多かったし。
いつも二人でいる時は有栖川さんの保護者か、と思われる事が
多い火村先生だが、独りになると途端に立場は逆転するようだ。
「いや…保護者って言うよりは…ん?」
ぶつぶつと独りごちながら廊下を歩いているとその先に見えるのは
昨日自分がされていたのと同じ状態、つまりは制服私服入り乱れた
女性たちに囲まれ辟易しているであろう有栖川さんだ。
「大丈夫ですか?…アリスがわさん、ですよね?」
「あ゛あ゛、ぞうでず〜。いづも火村がおぜわになっでまず〜」
「いえいえ、お風邪ですか?大変そう…」
大変そうなどと言いながらも有栖川さんを取り囲んだ彼女たちは
追撃の手を緩めようとはしない。
このままでは矢継ぎ早に質問攻めに遭い、
結果…考えるのも恐ろしい事態を引き起こすに違いない。
森下は慌てて彼女たちと有栖川さんの間に割って入った。
「ちょ、何しとるんですか。行きましょ、有栖川さん」
「お大事に〜」
オーディエンスの声を背負いながらもニコニコとする
有栖川さんをひっぱりながら森下は続ける。
「だいたい、こない身体で現場に来るなんて…そもそも、
火村先生も良く呼びましたよね…」
「森下さん。それは誤解です。私は来るなと言ったんですよ」
「っ、…火村先生」
ついうらみがましく森下が言うとタイミングよく火村先生が顔を出した。
その火村の言葉に有栖川さんはまた大きく頷いている。
何だかよくわからなかったけれど、やれやれだ。
そこから火村先生の猛チャージが始まった。
昨日まで難航していた捜査も天啓を授かったかのように進み
とんとん拍子で事件解決。
結局有栖川さんは何をしに来たんだろう的な空気もなんのその。
「じゃあ帰ります。ほら、アリス。行くぞ」
有栖川さんをいざない本部を後にする火村先生は颯爽とすらしていて
それを見た例の彼女たちは黄色い悲鳴を無音であげていた。
「やっぱりかっこええわぁ、火村先生」
「そんで奥さん、モデルさんみたいなスタイルやねぇ」
「風邪ひいた言うてすっぴんやったけど、きれいやったし」
「声が枯れてて辛そうやったけど、それもまたハスキーで素敵やね」
「お似合いの二人やないの〜」
ええ?!
小耳に挟んだ鮫山が怪訝そうな顔をしていたけれど
それにも気がつかないほど森下は驚いていた。
奥さんだって勘違いしたままやないか!
確かにちょっと分かり難かったかもしれないけれど
それにしたって…それは無いだろう。
無いのだろう…か?
確かに、夫婦みたいな二人やけど。
そして盛大に溜息を吐くと隣に立つ眼鏡の恋人を見た。
「鮫山さん…」
「どないした、森下」
「オレ、がんばります」
「?おお、頑張れ」
いつかお似合いの二人と言われる事を夢見ているけれど
そもそもの前提が違っている事には気がつかないまま。
「うし」
あこがれの「イイ夫婦」目指して気合いを入れるのであった。
がんばれ、森下くん。
え〜、火村先生と有栖川さんは付き合ってません(^^;)
火村先生が現場からアリスに電話をしまくっていたのは
アリスの具合が心配だったからで、
アリスが無理を押してでも現場に来たのは
火村に早く事件解決をしてもらって
ゆっくりしたかったから
…とかだったら嫌だなぁ←自分で書いておきながら。
で、結果イイ夫婦の日に掛けたのは…まさかの森鮫でした。
で、ちょっとだけ続いたりしてます。Author by emi