イイ夫婦の日

所轄警察の廊下――。


そこに、困り顔の森下が居た。


「森下さん、知っとるでしょ?」


捜査本部入口から離れた廊下ではあるが、
本部の刑事達に見つからないかとひやひやする。

周りを妙齢の女性警官たちに囲まれているとなれば
何を言われるかわかったもんじゃない。

だからこそ、こんな場面を見られる前に
早々に立ち去りたいのだが、詰め寄る彼女たちを
うまくかわす事が出来ず森下は益々オタつくばかりだ。

「だから〜、何度も言うとるやないですか。
警察の人間やないんですって。個人情報に関する質問には
簡単にお答えするなんて出来ません」

「そこを何とか、な、森下さん」



事の起こりは昨日。


大阪府警の管轄で起こった事件は当初から難航するであろうと予想されていた。

そこで火村先生にお声かけをして御足労頂いたわけだが
本部が設置された所轄署で初めて見る「あの男性は誰か」と
女性警官たちが盛り上がってしまったのだ。

『火村先生って呼ばれてた』とか、
『府警の刑事やないみたい』とか。

果ては

『電話しとったで!妙に優しい声で「具合は大丈夫か」
って言うてた!アレ、きっと奥さんやって』

などと、根も葉も…ある噂が飛び交う飛び交う。


そして『噂』に焦れた彼女たちは問題解決の為の
白羽の矢を森下にたてたと言う訳だ。


『火村先生って何しとる人なん?』
『奥さんどんな人なん?』
『子供さんはおるんかな?』


答えるのは簡単なのだが、部外者としてあくまで極秘に
捜査に参加している以上、余計な事を漏らして
波風を立てたくない、もとい喋ったのが森下だとわかれば
鮫山さんに大目玉を食らうのは必至。

だからこそ森下はそれこそ必死で質問攻めから逃れようとしているのだ。


「やから、無理ですって。はい、この話は終わり!」

そう宣言して立ち去ろうと身をよじって逃げの姿勢。

明らかな拒否を見せているのにどうして彼女たちは
強気でいられるのだろうか。森下にはもはや謎でしかない。


「じゃ、一個だけ教えて!な、コレ聞いたら諦めるし。
アリス、言わはるんが火村先生の奥さんなんよね?」


「あ〜…、有栖川さんねぇ…」

電話で話してる時に聞こえたのだと言うその名前を出して
彼女たちは目をらんらんと輝かせている。

これに答えたら…解放される…。


一瞬の躊躇。

甘い誘惑に黙った森下の態度をどう解釈したのか、それを見て
うんうんと頷いて彼女たちは霧散して行った。

「やっぱりなぁ…あない優しい顔して話とるんや、よほど
大切にしとるんやな。しゃあない、諦めるし」
「あはは!諦めるも何も見込みすらないやないの〜」
「言えとる、そもそもが無理やって」
「え〜?」


あまりのあっけなさに森下はお口がぽかん、だ。

まだ刑事としても駆け出し、初々しい森下が困り果てる様子に
彼女たちが手心をくわえた結果でもあるのだが、
笑い声を上げながら嵐が過ぎて行くのを森下は複雑な顔をして見送った。

大丈夫…やよな?

オレが何かを言ったわけではないし、肯定をしたわけでもない。
情報を漏らしたのではないから…問題ない…よな?

それに。

風邪をひいて不参加だった有栖川さんも明日には出て来るみたいな
事を火村先生が言っていたから実際に本人を目にすれば勘違いにも
気がつくだろう。火村先生のことだ。現場以外でも「アリスアリス」と
連呼するから「有栖川さん」が件の「アリス」なのだと誰にでもわかる。

そうすればおのずと勘違いにも気がつくだろう。

「…なら、ええか」

包囲網から解放された事への安堵から森下は都合よく考える事にして
資料を手に本部へと向かった。


翌日、同じ光景を見ることになるとは知らずに。

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11/22はイイ夫婦の日だって言うから、つい。

Author by emi