言葉を紡ぎ、愛を育てる -1-



いつも、この時間。
変わりない、時刻。


その人は、やってくる。




ただ、通り過ぎるだけのその出会いを。

出会いと言っていいのかすらわからないけれど、
それでも、確かに私は心待ちにしていた。


朝、ほんの一瞬の邂逅を。


胸を躍らせ、胸を高鳴らせ。

俯いたまま、だったけれど―・・・。





それは、その想いは、とても歯痒いもので、
とても、あたたかいもので、それでいて優しい。



いつから、だろうか。

意識などしないのに、じわじわと浸み出してくる水のように。


染みついて落ちない・・・。









向こうの通りを手前の信号で渡ってすぐ。


その店はある。


もともとは伯父が経営していた店だったが、
生涯を独身ですごした伯父には後を継ぐ子供が居なかった。


その伯父の早すぎる死別を経てアリスはここに居る。

アリス自身、店を閉めてしまっても構わないと思っていた。
事実、伯父が生きていたころは特別な思いなどなかった店。

ただ、無くしてしまうには・・・忍びなかった。
小さな頃から店に入り浸っては手伝いをしていたこともあり、
他に異論を唱える者もなく、アリスは自然と後を継ぐことになった。


・・・規模は小さいながらも贔屓にしてくれる客は多く、
これまでなんとかやってこれたのだと思う。


アリスの大切な、自慢の店。


ひとりで切り盛りするにも慣れて来たある冬の日。
いつもよりも寒い気温のためか店はいつに無く暇で
アリスはぼおっと外を眺めていた。


と、通りの向こうを長身の男が歩いているのが目に入った。

ああ、いつもの、彼や。


その人はいつも同じ時間に歩いていく。
往来を歩く人々よりも頭ひとつ抜きん出たその男は
雨の日も、晴れの日も、決まった時刻にあの道を通る。

不思議なもので意識しているわけではないのだが、
アリスもまた、その時刻は

早朝からの仕入れの作業がひと段落して
掃除をし終えブランクで、外を眺めていることが多かった。

だから、その時間いつも通り過ぎる男のことを無意識ながらに
覚えていたのかもしれない。
きっちりとした身なりで颯爽と歩くその姿は、
いつも自信に満ち溢れているようで
まっすぐに前を見据えた姿勢の良い背中が
見えなくなるまで目で追っていた。


その背筋の伸びた後姿に憧れにも似た眼差しを向けて。


その、彼が。

今日は、通りのこちら側を歩いているからちょっと驚いた。


時刻はいつもと違う、夕刻。
寒そうに首を竦め身を縮めて歩く人の波の中で、
黒いコートの襟を立てて颯爽と歩く姿は
やっぱりしゃんとしていて目立つ。

その姿は、およそうちの店には似つかわしくない、
大人の男といったところで。


だから、声を上げそうになるくらい驚いた。
迷う事無く真っ直ぐに、アリスの店に入ってきたから。

「・・・あ、いらっしゃい、ませ」
「・・・・・・・」

見た目どおりの寡黙な男なのだろうか、
条件反射で口をついて出た挨拶にも返す事無く
店内を見渡すとふっと顔を上げてアリスを見つめる。

その視線に戸惑ってしまったのはアリスの方だ。

吸いこまれそうな漆黒の瞳。
涼しげな目許には意志の強さを感じる。

逸らされず、ただ只管真っ直ぐな眼差しに
飲み込まれてしまいそうだ。

「・・・あの、・・・?」
「ああ、すまないが、適当に見繕ってくれないか?」

なんて、なんて心地よい声。

首を傾げたアリスに苦笑して見せた彼が話すのは
綺麗な標準語だった。低くそれでいて厭味が無い。
決して大きな声ではなかったものの、良く通る。



「・・・え、っと。どんな感じで纏めましょうか?」

いそいそと用意をしつつも尋ねてみると、
少し困ったようなはにかんだ笑顔で笑った。

いつも無表情でただ通りをゆくだけの彼しか
知らなかったアリスにとってはとても新鮮な笑顔で、
同性ながら見惚れてしまいそうになって顔を伏せた。

このまま見つめていたら、それだけでどうにかなってしまいそうで。

そんなアリスを訝しむ様子も無く男は少し首を傾げて呟いた。


「・・・君の感性にお任せしよう。あまり、派手にならない方がいいな」



「あ、あの・・・・。贈り物、ですよね?」
「ん?まぁ、そんなところだ。・・・誕生日でね、何も持たずに帰ると煩いんだ」


そうだ。

そうだったのだ。簡単な事。
いつもと違う、この時間に来たということは 誰かの為の・・・それ以外、考えられない。

だって、うちの店は・・・。

「・・・花屋になど、初めて入ったものだからな。
勝手が分からなくて」
「・・・そうなんですか。ほんなら、
派手になら無い様に見繕わせてもらいますね」


そうだ。
うちは花屋。


そこかしこにはアリスが選んで仕入れてきた
彩取り取りの花達が処狭しと並べられている。

むせ返るような花の香りにも、存在を主張する花の色も。
黒尽くめの長身の男にはあまりにも似合わない。


贈り物、だと言っていた。

だから、きっと恋人に贈るのだろう。

そう思った。


そして、花束を作ろうと伏せた目線の先に見えた、
綺麗に咲いたカーネーション。


ああ、確か・・・・。

淡い桃色をしたそれを束で取ると、
カスミソウと共に綺麗に纏めていく。

少し迷ったものの、濃いフクシアの包装は止めて
淡い空の色を選んで包んでいった。

・・・アリスの好きな、空の色。


それに白いリボンをかけて仕上げる。


「・・・鮮やかなものだな」

「ああ、そうですね。赤のカーネーションは
母の日のイメージが強いですが、
本来この花は愛を伝える華ですから・・・。
多い花弁も華やかで、色も鮮やかなんですよ」


だから、きっと恋人も喜ぶ。
そう思ってこの華を選んだ。



この人の選んだ人ならば、どんなに素敵な女性だろうか。
その人の前ではこの華も霞んで見えるのだろうか。

きっと、ふわふわとした綺麗な女性に違いない。


少しだけ、哀しくなって目線は伏せたまま、
御代を貰って花束を渡した。

「どうもありがとうございました・・・・」
「ああ、ありがとう。・・・・・また、来るよ」


頭の上に降ってきた優しいヴァリトンに思わず顔を上げて彼を見た。
すると、少し驚いたように、彼もまた微笑みを返してくれる。
ソレを見てアリスにも自然と笑みが零れた。


ああ、また逢いたい。

そう思ってしまった。

・・・でも。


「また、お待ちしてますね・・・・」

うまく、笑えただろうか。

彼は小さくああ、と呟くと冷たい風の吹く通りへと消えていった。


その手には、空と雲と、そして愛を持って。


サルベージリク頂きありがとうございました。准教授×花屋アリスのパラレルです。お久しぶりの方もはじめましての方も気を長くしてお付き合いいただけますと幸いです。

Author by emi