10th Sweet Night -2-



「被害者は30代の会社員、第一発見者は…交際をしていたらしい20代の学生です」
「同時に容疑者でもあるわけや」

事件が発生したのは未だ早い時間だったにしろ、夕方暗くなり始めていた事もあって展望室にはそれなりの客が溢れかえっていたそうだが、実際に事が起こる前に事件自体を目撃していた人間は居なかったらしい。それが、彼女を足止めしている大きな要因であり、…もし、無実なのだとしたら、彼女がこうむった最大の悲劇であり不運であろう。

「第一発見者というよりは、刃物を胸に突き立てられていた男性に、攫まれていたのが彼女だったというべきでしょうかね。彼女は悲鳴も上げずただ、呆然とへたり込んでいただけで、実際に発見し通報したのはフロアを巡回していた警備員ですよ」

大阪駅からも近いという事で展望室や観覧席を設けた近未来的なこの建物は若者を中心としたデートスポットとなっているらしく、フロアは人で溢れかえっていた。にも関わらず目撃者が居なかったのは皆一様に二人だけの世界に浸っていたから、という事だろう。少なくともわざわざ今日という日にこんな所へ出向くカップルが求めているのはロマンチックな状況だけで、他の誰かが何をしていようが気にする余地も無い。

「…交際をしていたらしい、というのは?」

あっさり聞き逃してしまった言葉の端を拾い上げた准教授はスタンドカラーのコートを嫌みなく着こなし、被害者が倒れていた付近で腕組みをしている。

「ここへ来たのは別々だった事が監視カメラに残された映像から判明しています。同時に彼女の証言から被害者とは今日の昼過ぎまで一緒に居た事が確認されています」
「つまり?」
「彼女は別の男性と昼過ぎに待ち合わせをしてここへ来たそうです。つまりは、二股かけてたっちゅう話ですよ」

「…二股?」

いまどきの女の子が二股を掛けるなんて話は珍しくないだろう。それでも、一日のうちにデートをハシゴするという大それた事をする子が居るとは思いもよらなかった。
それも、同じ市内で?…思いきった事をする。私には到底出来そうにない。


「殺された方の彼氏は、彼女が高校生の時に家庭教師をしていた事が縁で付き合い始めたらしいんですな、勿論家族も顔見知りで被害者の男性の母親が言うには来年にでも結婚するつもりだと話していたそうです。一方、今日ここへ来たもう一人の彼氏についてですが、本人いわく、夏に知り合って10月頃から付き合う様になったと。なんでも、彼の父親は大手の化粧品メーカーの重役だそうで、彼自身も卒業と同時に同社への入社が決まっているそうです。俗に言う御曹司ってやつですか」
「…もしかして、さっきすれ違った彼やないですか?」

「ああ、ほっそい成りした若い子ですか、森下が休ませにフロアを移動させてます」
「…彼女の傍に、居てやらんといいんですか?」

現場となった場所のちょうど反対側、カフェなどが設えられた部分でソファに掛けている女性が見えるがおそらくソレが第一発見者であり容疑者でもある彼女なのだろうと分かる。遠目に見ても目鼻立ちのはっきりとした女性で、辛うじて座ってはいるが蒼白な顔面が事件の与えたショックを色濃く滲ませている。
…きっと、心細いだろうに。

「ああ、それが…。事件が起こったのは彼女が二股を掛けていたからだと、憤慨してまして、金輪際顔も見たくないと大層憤って仕舞いには口論まで始めるもんで、フロアを一旦別々に移したというわけです。ショックだったんやないでしょうか、彼にしてみても。こんな日に彼女の別の一面をこれ以上ない衝撃的な出来事を経て知ってしまったんですから」

今日の昼過ぎに待ち合わせて…おそらくは夜までいっしょに過ごす約束をしていたのだろう。手始めに冬の空を彩る宝石の様な夜景を眺めて…レストランで食事をして。甘い夢の様な一夜が約束されていた筈なのに、夢は終わりを告げ…残酷な現実が牙をむいたのだ。


「被害者は何故ここにいたのか…、という点が目下のところ最大の謎ですが先ほどから確認しているこの付近の管理カメラの映像から、待ち合わせ場所へと向かう彼女の後を付ける様にして辿る被害者の姿が残されていました。おそらくは、夜まで一緒に居られないという彼女の素行を気にした被害者が一旦別れた振りをして付けていたと思われます」
「凶器は?」

「コレです。刃が収納式になっている飾りナイフの様なもんですが、切れ味はメーカーのお墨付きです」

そう言って鮫山が差し出したビニールの中にはおよそ“ナイフ”とは思えない煌びやかな光を纏った小さな固まりが収められている。大きさにして10センチほどだろうか、長方形のソレは一面をキラキラと輝く宝石に覆われたモノで、刃が収納されていたとしたら一見しただけでは何だかわからないだろう。装飾を施された絵の先には可愛らしいキーチャームが揺れている。

「持ち主は…もしかして彼女ですか?」
「ええ、この先の部分が彼女のバックに繋がって…まあ、キーホルダーとでも言うのでしょうか、ぶら下がったままで被害者の胸のあたりを貫いていたんです。洗浄が未だなので分かりにくいですが、柄に埋め込まれた装飾は中央が本物のダイヤで周りはスワロなんとかちゅう高い石らしいですよ。殺された被害者が彼女へ贈った特注のプレゼントらしいです。値段は…まあ、ナイフにしたらえらい高額ですね」

確かに。一体いくらくらいになるのか知識の無い私には想像すらできないが、本物の宝石に合わせて有名なメーカーへの特注とくれば目が飛び出るくらいには高いのだと分かる。それにしたってなんだってこんな贈り物をしたのだろう。

「ああ、私たちも何故このナイフをプレゼントにしたのかは謎だったんですけどね、なんて事はない、護身用にと渡されていたらしいですよ。なんでも、二股をかけ始めた頃、被害者が彼女の自宅に居る時に浮気相手の御曹司から電話がかかってきた事があったらしいんですよ。その時に彼女が誤魔化した言い訳ちゅうのが、ストーカーみたいな男に付き纏われているというものでして、心配した被害者が用意したらしいですよ」
「わざわざ、特注までして?」

「ああ、こうしておけばキーホルダの様に何時でも携帯するだろうから、ということらしいですね。どうも、彼女に首ったけだったらしく何をするにも彼女が中心だったという事ですよ。それなのに…」

それなのに、彼女の方は新しく見つけた御曹司とよろしくやっていたという訳か。そして悲劇は起こってしまったのだろうか。先ほどから質問役を私に任せたままで火村はじっと凶器のナイフを見つめたままで唇をなぞっている。

「とっかかりでも見えたんか、先生?」
「いや…」

脇に立つ火村に耳打ちをしても返ってきたのは曖昧な返事だけで、答えの代りに組みなおした腕をまた覗いている。門限のあるお嬢さんじゃあるまいし、やけに時間を気にするヤツだ。

「何故、彼女が容疑者になったんでしょう」

ぽつりと漏らした火村の言葉にシルバーのフレームを指で押し上げた鮫山が…少し困惑した様な面持ちで応えるのに私は視線を彼女へと向けたまま聴いていた。

「実際に刺殺される現場を目撃していた者は居なかったんですが、そこから少し離れた場所で言い争う二人の声を聴いていた人物がおりまして…。そこのカウンターに座っていた係員なんですが、激昂する彼女を宥める彼氏、といった様子で彼女の方がキラキラした携帯をかざして怪我したくなければ帰れ、という内容を口にしていたと証言しています。もっとも、その係員はキラキラとした携帯とおぼしきモノがナイフであるとは思わなかった様ですが」

なんという皮肉だろうか、自分が彼女の保身のためを思って贈ったナイフが…自分を脅かす凶器となるなんて。さぞかし哀しかっただろうに。そんなアイロニーを抱えて、結局刺されて命を落としてしまうなんて。

新しく脳内にインプットされた情報をもとに改めて見ると、初めに感じたよりも更にきつく気の強い女性にすら見えるから人間の心理というものは単純で流されやすいモノだと思う。

「争う二人…ということは、その間もう一方の御曹司は何をしていたんでしょうか」

先ほどから私が聞き流して仕舞っている事ばかりを拾い集めて質問をする火村は、じっと壁に寄りかかったままで何かを考えている様だ。その脳内でどんな思考と論理が肩を並べているのかはうかがい知れないが、表情に何時にない焦りが滲んでいる…様に見えるのは、私の気のせいだろうか。
空調の管理が徹底された展望室では…もとい、最近パブリックスペースではほとんどか禁煙ということもあって、そろそろニコチン切れでも起こしているのだろう。が、その表情はあくまでもいつも通り。ほんの僅かな変化が周囲に伝わる筈も無く淡々とした面持ちのまま説明は続けられ、満足のいく答えを手に入れた火村は壁から背を離すと、真実を撃ち落とすために足先を向け、踵を返して歩き出した。


クリスマスイヴなのに…この殺伐とした空気はどうなんだ?何故よりによってこの場面がイヴなんだろうか。それは単に事件モノを書いてしまった管理人の選話ミスだと思います。皆様、ロマンティックな夜をいかがお過ごしでしょうか。そんな夜に贈る素敵な殺人事件をご堪能いただけましたら幸いです(イヤ、無理だって)

Author by emi