2012.11.24
今年最後のイベント参加となった1車中泊2日の呉・江田島遠征ですが、初日に予定していた見学箇所
を一通り見て回り、いよいよ今遠征の裏メニューとでもいうべき神原湯へ向かいます。潜水艦桟橋前から
バスに乗り込み、長い坂道をどんどん上って行くとすぐに子規句碑前停留所に到着。
目の前には広大なIHIマリンユナイテッドの敷地が広がり、クレーンが立ち並ぶ巨大なドックでは大きな
船が建造されている真っ最中。かの戦艦大和もここで産声を上げたのですが、流石に凄いスケールです。
歩道橋を渡った所には歴史の見える丘という公園があり、そこから山の方に向かう坂道を上って行きま
す。夕暮れというにはまだ早い冬の16時過ぎ、海軍と造船所の歴史が刻まれたこの呉ならではの、独特
の雰囲気。海の見える坂道のある町って、本当に絵になります。
本日お目当ての神原湯(かんばらゆ)、呉付近の銭湯をネットで探していてたまたま見つけたのですが、
相当雰囲気のある銭湯らしいのですごく楽しみにしていたのでした。
だらだらと続く坂道を上り、大きなお寺の門を過ぎたあたりに左手に折れる路地があり、その奥にありま
した!神原湯の看板です!
うーん、流石に実物を目の前にするとちょっとした感動ですね。古びた赤レンガの外塀、湿った埃の香り
がしそうな木造家屋、重そうな屋根瓦、錆びたドラム缶・・・ああ、30年ぐらい前に、こんなお風呂屋さんに
入った記憶があるなあ。全体的にすごく古めかしい外観ですが、温泉に入っているクマのカラフルな暖簾
が妙にカワイイ。
正直言って一見さんを寄せ付けないオーラが漂っているのですが、先任海曹室に呼び出しをくらった新
米海士の気分になって、一呼吸整えてから思い切って男湯のドアをあけます。
内部はその外観が醸し出している雰囲気を決して裏切らず、ドアをくぐった瞬間に戦前にタイムスリップ
したかのような錯覚に襲われました。すごい、今どきこんな空気の銭湯が残っているとは・・・。
入口わきの番台には妙齢のご婦人が座っていて、400円払って中に入ります。うーん、番台に誰かが
いる銭湯も、もの凄く久しぶり。
それにしても靴箱が見当たりません。そのまま玄関に置いておいていいのかな?でもかなり狭いので、
後から来る人の迷惑になりそうな。番台のご婦人に尋ねてみると、脱衣所右側のフタつきの棚に入れて下
さいとの事。ははあ、これだったんですね。
しかし小さい靴箱だなあ。26.5pという、特に大きくもない私の靴を入れるともうフタが閉まりません。
まあカギも無いので、無理に閉める必要はないか。どうやら男湯は私が一番乗りらしいので、堂々と『壱』
の箱に入れさせて貰いましょう。
古武術道場の様な木の板を張った床はあちこちデコボコで、歩くとミシミシと音がします。脱衣所の片隅
にはサビサビになった重そうな体重計が、その隣には揉み毬が突き出たこれまたもの凄く古びたマッサー
ジチェアが。革の破れた所を黒ビニテで補修してあるのも、実に味わい深い。
しかもその奥にあるのは火鉢!これぞまさしく昭和の風呂屋!という感じです。予想していたよりも遥か
に素晴らしい味わいに満ちていたので、不躾かと思いましたが室内の撮影について番台のご婦人に尋ね
ると、
「ええ、いいですよ」
との事。お礼を言って、あちこち撮影させて頂きました。
そうそう、他の誰かが入って来る前に、浴室の方も撮影させて頂きましょう。浴室は白を基調としたタイ
ル張りで、ここもなかなか古びてはいますが、採光がよいのでとても明るく清潔な雰囲気。冷たいタイルの
感触、湿った木材とガラスの冷たい匂い。返す返すも素晴らし過ぎる・・・。
やや小さめの湯船にはお湯がなみなみと湛えられ、その奥の方にも、木のフタをした小さな湯船があり
ます。何だか古井戸の様な怪しい雰囲気に満ちていたので、恐る恐る中を覗いてみると、予備の風呂桶
や清掃道具が入れてありました。
壁面には少しサビの浮いた看板があり、これもまたいい味を出してるなあ。冷え症神や経痛等に効果が
ある入浴剤を作っている会社の広告みたいですが、このロイマチスってのはなんだろう。
さて、あまり感動して撮影ばかりしていても仕方ありません。さっそくこの体で神原湯の一番風呂を体感
するとしましょう。
すぱっと服を脱ぎ、再び浴室へ。先ずはイスとケロリン桶を確保して体を洗いますが、この浴室、流した
お湯が足元の側溝を伝って排水されるのではなく、浴室の床全体に僅かな傾斜がかかっっていて、お湯
は背後の排水溝に流れていく形状になっています。
言わば浴室全体がごく緩やかなすり鉢状になっていて、カランの前に座ると微妙に後方に引っ張られる
ような感じ。普段よりも腹筋を駆使し、やや前のめりの体勢を維持しながら体幹を安定させて体を洗って
いきます。
しかしおしりを洗うと今度は石鹸のぬるぬるでイスから滑り落ちそうになり、さらに姿勢の維持が困難に。
ちょっと油断すると全裸一人バックドロップという、人間の尊厳にかかわる状態になってしまいそう・・・。
しばし思い悩んだ挙句、カランと鏡のある壁に背を向けて、通常とは反対の方向を向いて体を洗うとよう
やく姿勢が安定しました。しかし我ながらシュールな光景だなあ、これは。
体と頭をキレイに洗って髭を剃り、さて湯船へ。お湯の温度は丁度いい塩梅で、ゆったりと手足を伸ばす
と自然に「ア〜」とか「ヴ〜」とか声が出ます。いやあ、夜中に自宅を出発して400q車を走らせ、今日一
日あちこち見て歩いた疲労が、お湯の中にじんわりと溶けだしていく様。ア〜。
ちなみにこの神原湯の建物ですが、戦前に建てられてそのままの状態で営業を続けているそうです。と
なると、昔は呉の造船所の人達が仕事帰りにひとっ風呂浴びに寄ったり、呉市内に下宿をとっていた若手
海軍士官の人達が、辛い艦隊勤務の疲れを癒しにやって来たりしたんでしょうか。
そんな歴史の積み重ねそのものの様なこの銭湯に、今私が入っているというのがすごく感慨深いですね。
首までお湯につかってじっと目をつぶっていると、この神原湯の色んな時代の色んな風景が、まぶたの裏
に次々と浮かんできました。
いやあ、あまりの快適さに、普段の倍ぐらいの時間をかけて入ってしまいました。体の隅々までさっぱり
した上に冷えた体がほこほこに温まり、実にイイ気分で浴室を出ます。
浴室入口のマットの部分が脱衣所の床から一段高くなっていて、ここであやうくずっこけそうに。普通は
水が脱衣所に流れていかない様に、この部分は一段低くなっているものですが・・・これも味わいのうちで
あります。
脱衣所の壁には何故か沢山の車のイラストが飾られていますが、どれもいわゆる旧車なのがこれまた
雰囲気だなあ。銭湯の組合が配布したと思われる銭湯カレンダーも吊るされていて、いかにも銭湯らしい
銭湯の写真が使われていましたが、どう考えても存在感ではこの神原湯に及びません。
またよく見ると、海上自衛隊のポスターカレンダーもありました。この辺りは、海軍と共に長い歴史を歩
んできた呉ならではだなあ。
靴箱の上には、地元のガイドブックと一緒に漫画本が並んでいますが、そのラインナップは『ゴルゴ13』、
『ブッダ』、『釣りバカ日誌』、『F-1伝説』!うぬぬ、渋い!渋すぎです!
脱衣所のあちこちにはお風呂用具一式を入れた風呂桶が並んでいて、これはどうやら常連さんのマイキ
ープらしいですね。結構数があったので、地元の固定客の憩いの場なんでしょう。今日は早い時間だった
ので私一人のみでしたが、地元の人達で賑わっている時間にも入ってみたいなあ。
その後は番台のご婦人にお話を伺っていると、ここのご主人と思われる男性がやって来ました。大阪か
ら来たと言うと驚いておられましたが、以前は東京から入りに来た人もいたそうで、銭湯マニアの世界もか
なりディープなんですねえ。
私がこの神原湯にいたく感動した様子を見て嬉しく思われたのか、色々とお話を聞かせて頂きました。ま
た、脱衣所の隅にあったステレオも見せて頂きました。ええっ?これ、ステレオだったの?
丈夫そうな木のフタを開けると、成程レコードのターンテーブルがあり、由紀さおりの『手紙』のシングルレ
コードが乗っていました。
スイッチを入れると『プン』という小さな音を立てて、操作盤のあちこちがほんのりと点灯。今どきのステ
レオやi−Pod等では絶対に出せないこの雰囲気、たまらないなあ。
「これ、真空管で動いていますので、温まるまでしばらくかかるんですよ」
おおお、真空管とな!もうこの銭湯に相応し過ぎます!残念ながらステレオの調子が悪くレコードを聴く
事は出来なかったのですが、この脱衣所で聴く由紀さおりは心に染みただろうなあ。演歌のえの字も知ら
ない私ですが、味わってみたかったなですね。
私は所謂携帯音楽プレーヤーというものを持たないのですが、今どきの若者みたいに、このステレオを
背負って歩いたり自転車に乗ったりしながら音楽を聞きたいものであります。
番台の前には飲み物の冷蔵庫があり、ラムネ、コーラ、カルピス、オロナミンC、リポビタンDといった定
番どころが揃っています。中でもこの『げんまい乳』というのがちょっと楽しみだったのですが、どうやら近
所でこのげんまい乳を作っていた社長が先日お亡くなりになり、それ以降入荷が途絶えてしまったとの事。
ああ、残念だなあ。それにしてもげんまい乳、どんな味だったのでしょうか。
という訳で、残ったラインナップの中からもっともこの場に相応しそうなオロナミンCをチョイス。あー、こ
れを飲むのも何年ぶりだろう。
いろいろとお話を聞かせて頂いて結局2時間も長居してしまい、神原湯を出た時には外はとっぷりと日
が暮れていました。真っ暗な路地の中にポツンと浮かんだ看板がなんとももの寂しい雰囲気でしたが、神
原湯には是非とも末永く営業を続けて頂きたいものですね。
軍港と共に歩んできた呉の歴史のほんのひと欠片ではありますが、とても貴重なひと欠片でもある神原
湯。お陰さまで今年最後の遠征に、素晴らしい深みと余韻を残してくれました。なにぶんしょっちゅう訪れる
と言う訳にはいかない距離ですが、呉に来た時は絶対に立ち寄りたいですね。
ほっこりと温まった体で、すっかり暗くなった坂道を歩いて行きます。遠くの空の端にはほんの少し夕焼
けの色が残っていて、実にいい雰囲気。食べ物は美味しいし艦艇は沢山見れるし、呉は本当にいいところ
だなあ。
その後は暗い道路をホテホテと歩き、アレイからすこじまの駐車場へ。さて、この後は少し離れた道の駅
たけはらに移動して、お楽しみの車中泊です。明日はスカッと晴れたらいいなあ・・・と思いつつ、竹原市に
向けて車を走らせました。
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