■「一座建立」を示唆した「コレクション展2011」への想い     平成23年4月23日

 私は、2011年3月2日から3月22日まで開催を予定されていたコレクション展「建築・土木のある風景」に「鑑賞サポータ」としてボランテイア活動に参加しました。今回は、油彩、日本画に加え「横浜開港120周年記念横浜百景」(1979年)で発表された地域の画家による素描作品が特集され、この特集に出品作品の解説パネルを作ると云うものでした。1月14日に説明を受けて以来、横浜市生まれの富岡克雄画伯のデッサン≪横浜駅東口改築の現場≫に惹かれ、画家や作品についてインターネットや図書館の蔵書で調査をしながら本作品の解説パネルを作ることに取り組みました。

 展覧会は予定通り3月2日に開催されましたが、東日本を襲った未曾有の大地震・大津波による大災害の影響を受けたため止む無く3月11日に中止となってしまいました。大変好調な出だしで成功が予想されていただけに、短期間に終わったことは残念に尽きますが、天の啓示でもあったかのように、充実した展開活動がこの期間に凝縮されていたように思われてなりません。

 私は、解説パネルを作り始めたときから、展覧会々場で4日間のサポート活動を終えるまで大変貴重な経験をさせて頂きました。そしてその経験を通じて、「鑑賞サポータ」としての在り方について新たな知見を得たように思います。今般この活動を通じて得たこと、感じたことを、これからの私のアートサポート活動の縁(よすが)に出きればとの思いから、「本コレクション展への想い」として思いつくまま書き留めることとした次第です。

■新たな交流の灯がともった瞬間
■「成功の予感」と「市民ギャラリーに求められる役割」
■所詮は独り善がりの「自己満足」
■「一座建立」を示唆した熱き交流
■「触媒」が暗示する「鑑賞サポータ」のあるべき役割



■新たな交流の灯がともった瞬間
 雪のそぼ降る2月11日に行われた事前研修会(最終の原稿発表会)は各自のキャプション原稿を発表する熱気に溢れ、高揚した気分がみなぎっていました。そしてその午後に、有志によって本コレクション展を我々の手でもっと良くしようとする熱意の籠った試みが話し合われ実行に移されました。誰かに言われたわけでも、指示をされたわけでもなく、ひたすら仲間を信じて、共感する目標に向けた利他へのコラボレートはとりわけ眩しく貴く見えました。

 なぜこのような無償の行為にモチベートされたのか、そこに我々を突き動かし、未知への挑戦へ誘(いざな)い続けた不思議なエネルギーの作用を感じました。そのエネルギーがスパークし始めたときに、有志ボランテイアとの間に新たな交流の灯がともったことを実感しました。そしてそれはまた、絶対に本展覧会を成功させようとの阿吽の呼吸を交わす点灯でもありました。このような仲間の一員に連ねられた幸運な巡り合わせに感謝するしかありません。

 3月2日に内覧会が催されました。今回キャプションを執筆したサポータ達はキュレータの説明ももどかしげに、自分の書いたキャプションの前に一目散。

 白のパネルに書かれた自分の解説文を「矯(た)めつ、眇(すが)めつ」眺めながら、各人感慨にふけっていた様はちょっとした見ものであったに違いありません。思った以上の出来栄えにうっとりとしつつも、明日から始まる本展覧会を何としてでも成功させたいとの思いに駆られた内覧会となりました。


■「成功の予感」と「市民ギャラリーに求められる役割」
 本展覧会は途中で中止となってしまい、限られた時間しか活動できませんでしたが、本コレクション展から受けた大きな印象は、来館者が大変多いということでした。これはこういった作品の鑑賞が、時代のおかれている状況を反映し多くの市民に支持されたからなのではないか、そんな気がしてなりません。

 それは、少し強引な言い方になりますが、リーマン・ショックが引き金となった世界同時不況は、我が国が遭遇していた「失われた20年」に更なる追い打ちをかけました。その充満する閉そく感の中で、過去の成功体験への憧れや、人間臭さが色濃く残る町並みや建設物の風景にノスタルジーを覚えたのは自然な成り行きだと思ったからです。

 こういうことを意図されたかどうかは知りませんが、所蔵コレクション作品が訴求するであろう力を見抜き、「この時」に「このテーマ」で本展覧会を開催しようとした企画は卓越していたと思います。そして来館者が日一日毎に増えていったことに素晴らしい成功を予感しました。

 しかしながら、来館者の多くは年輩の方達に偏っていたように思います。これは先述の背景が支持されればそれなりに納得のいくことかもしれません。20,30代の方達にもより多く来館して欲しいとの思いがしましたが、彼らに成功体験が乏しいことが躊躇させたのかもしれません。秀逸な作品といわれても心を動かす動機がないと行動には結び付かないのではないかそんな気がしましたが、一方で芸術品が保持している本当の魅力に気付いていないのかもしれないとの思いもいたしました。

 こういった魅力を気付させていくところに、本市民ギャラリーの注力すべき役割が窺えます。若い世代をもっと巻き込んでいくことがこのギャラリーに求められていることを、本展覧会から強く示唆されていたように思いました。


■所詮は独り善がりの「自己満足」
 さて、多くの来館者で上々の出だしとなった本展覧会が成功をおさめるに違いないとサポータの誰もが予感しましたが、何と言っても我々が一番気になっていたことは、自分の書いたキャプションのことでした。会場に入って来館者の行動を観察していると、キャプションをじっくり見られる方が思いのほか少なく、「これではなかったはず」と落胆する思いがしました。

 とりわけ自分の作成したキャプションの前を通り過ぎてしまう方がいると、「なんでやねん!」と思わず引きとめてしまいたくなるような衝動に駆られてしまいました。後で聞くところによれば、キャプションそのものを芸術鑑賞の妨げになる、と言われる鑑賞者も多いとのことを知り、芸術鑑賞の多様性を思い知らされましたが、「そうは言っても」との気持ちを捨て切るには少し ばかり時間を要することになりました。

 時間をかけ、調べに調べ尽して作成した門外漢の自負心が、芸術鑑賞の常識を上回っていたということになるのでしょうが、素人の一念ほど怖いものはないとの見本だったかもしれません。キュレータのアドバイスに「独り善がりの思い上がり」を恥ずかしく思いました。

 そのような中で、私のキャプションをじっくり見て下さる方を見つけたときにはひとしおの感動を覚えました。どう感じられたかは分かりませんが、頭の動き加減がうなずきに見えたときには「やったー」とほくそ笑み、自己満足の世界を彷徨していました。


■「一座建立」を示唆した熱き交流
 なんといってもこの展覧会で最も感動したことは、大勢の来館者と素晴らしい交流が出来たことに尽きます。 なかでも多くのプロの先生方(出品作家の友人や後輩、さらにはお弟子さんといった多彩な関係にある先生が多かった)から思い入れの作品や作家について熱のこもった解説を頂いた時に、かつてない感動を覚えました。

 もっとも先生方にも、30年の時空を超えた作品を前にしたときに頭の中を駆け巡ったと思われる懐古の思いを、誰かに話さずには居られなかったのではないか、そんな節が窺えました。それは、私に質問をさせる暇(いとま)も惜しまれるように、滔々と語り続け、私を共感者に仕立て上げようとする熱い交流に象徴されていたように思えたからかもしれません。

 さらに、横浜を知り尽した方や横浜という郷土を心から愛してやまない方々との熱い交流が続きました。彼らの「街の歴史」に関する解説は魅力に溢れ私を圧倒しました。 そして、私が質問を繰り出し掛け合う中で、ヒートアップして昂じた彼らの意気が作品に投影された時、作品から改めて作家の郷土に対する「熱い息吹」を感じました。

 このような芸術を愛する方々や郷土を愛してやまない訪問者との交流は、主客が転倒していたかもしれませんが、客と向かい合う場が互いに感応しあう場に昇華し、そのことで一体感が高まり、共感を誘発させていったのだろうと思います。

 芸術的素養やセンスを全く持ちあわせていない私が、なぜこのように思えたのか。それは、先生方や郷土を愛する熱き訪問者との素晴らしい交流に尽きるのですが、その交流が茶道の世界で言う「一座建立(いちざこんりゅう)」が具現化された場に感じられたからかも知れません。

 書物には、一座建立とは茶道においてそれを招いた人がどんなに努力してもそこに居合わせる客人全員がお互いに尊重し合い、心を通じ合い、座を盛り上げようと協力し合う姿勢がなければ茶会は成功しないという意味の解説がなされています。要するに、茶会(展覧会)は招待者(作家・ギャラリー/サポータ)と、客(来館者)が協力し合い一体となって作り上げていくのであって、招待者(ホスト側)の一方的なおもてなしではないと云うことが分かります。

 改めてこの意味に触れたとき、本展覧会を統べた根底に「一座建立」の精神が流れていたに違いないと思いました。それは本展覧会の場に参会者との間で確かな共鳴が生じ、一体感を醸成していったことが、その書の説く意味を具現していたように見えたからです。もっといえば、この言葉が芸術の世界にも当て嵌る普遍の真理かも知れないと気付かされたからかもしれません。

 それは裏を返せば、「一座建立(主客一体)」に欠ける展覧会は素晴らしい芸術鑑賞にはならず、成功しないことを意味していることにほかなりません。そこに、一座に在る「鑑賞サポータ」のあるべき役割に貴重な示唆が暗示されていることを思い知りました。


■「触媒」が暗示する「鑑賞サポータ」のあるべき役割
 敢て、勘違いを承知の上でこの暗示されていることについて私見を述べ、本感想文を総括することといたします。

 サポータはホスト側ではあるが主人ではない。ゲスト側との間に入った微妙な関係にあるが、双方に気取られず「主客一体」の創造を幇助する者といえます。即ち、主客の間に入(在)ることで作品(芸術)に対する共鳴が起こる。そのような媒介を出来る者が「鑑賞サポータ」なのではないかということです。

 茶会で言えば、庭に咲く一輪の花であったり、鳥の声や風の音であったり、月の光であったりといった所謂「花鳥風月」の媒介がなくては「主客一体」は覚束ないものになってしまうに違いありません。さらに言えば、もの言わぬ庭の小石であっても、足下に与える感触に主人の心を伝えているように見える様は、「主客一体」を醸す最も気高い媒介なのだろうと思います。

 そしてそれらの媒介が「明る過ぎても暗すぎても」、「煩(うるさ)過ぎても静かすぎても」、「出過ぎても出なさすぎても」共感は起こらないと思います。であれば、一体感の醸成やその反応を一層高めるのに丁度いい加減の媒介を求めていくことにほかなりません。

 そう思いついた時、化学の世界で言う「触媒」の働きを思い出し、この化学反応を支える役割が、我々が果たさなければならないに役割に極めて近似していることに気がつきました。ウイキペデ゙イアによれば“「触媒」とは、特定の化学反応の反応速度を速める物質で、自分は反応の前後で変化しないものをいう。適切な触媒を用いれば、通常では反応に参加しないような活性の低い分子を反応させることができる”ということです。

 この意味から、「一座建立」の創造を期待されている「鑑賞サポータ」のあるべき役割が「触媒」に収斂していると解釈しても、あながち荒唐無稽な解釈だとは思えません。であれば、我々「鑑賞サポータ」のあるべき役割は、「触媒」に徹しきっていくことであり、それを拠り所とした活動に傾注していくことである。私の到達した結論です。

 本展覧会のボランテイア活動を通じて、芸術鑑賞に対する新たな発見が出来たことは大きな収穫でした。とりわけ「鑑賞サポータ」のあるべき役割を考査できたことは今後の活動に大変貴重な示唆となりました。このことを仲間と語り合い共有しながら、横浜市民ギャラリーの「鑑賞サポータ」の活動に活かし、市民の皆さん方と共に芸術鑑賞の「一座建立」を創造していければと思っているところです。

 本件について、温かいアドバイスを掛け続けてくれたキュレータ及びギャラリーの方々、そして、悩みを共有しながら励ましてくれたボランテイアの仲間の方々に心からの感謝の気持ちをお伝えしながら、本文を締めくくりたいと思います。

以上


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